33 サラ、本当の理由を知る
誤字脱字報告ありがとうございます。
「そもそも私が今日ここに来たのはこのデータを取り返すためだ」
カツィルに手渡された書類を持ちながら、カリクスは淡々と話す。手元の書類に、カリクスは視線を移した。
「これを素直に返すのならば、全ての罪を不問にしても良いとマグダットから確約を得ていた。それと──今後一切サラに関わらないと誓うならば、他国で土地と爵位を与えて何不自由ない生活を、と考えていたが」
「「「!?」」」
信じられないと言いたげな表情の三人だったが、いち早く冷静さを取り戻したのは男だった。
男は小刻みに頭を振りながら、カリクスにとぼとぼと近付いてくる。
「そんな……嘘だ……いくら貴方にもそれは」
「いいや、出来る。さっきも言っただろう。出来るんだ私なら。交渉事に嘘を持ち込むほど私は愚かじゃない。それに、それくらいのことでサラが笑っていられるならば、容易いことだ」
他国で何か大きな手柄を上げたとでっち上げれば、新たな領地と爵位を承ったとしてもそれ程おかしな話ではない。ファンデッド伯爵家は新たな土地で新たな生活を手に入れることが出来ただろう。
ファンデッド領地に関しては持て余すくらいなら国が管理するはずだ。直ぐに新しい領主が任命され、今より悪い状況になることなんて稀なこと。
サラは今まで通り伯爵家の娘として立場上貴族でいられるし、もちろん犯罪者の娘になることもない。
いくら自分にとっては迷惑極まりない義家族だったとしても、サラにとってはあれでも家族だ。
カリクスは、義家族さえも不幸にならないような配慮をするつもりだった。
「──だが、いくらなんでもやりすぎた。私に対して薬を盛ることもそうだが、サラに対しての暴力は何をおいても許されるものではない」
「カリクス様…………」
それに、未だサラを睨み付ける目。ここで少しはしおらしい態度でも見せるならまだしも、カリクスではなくサラを睨み続ける3人。
どうにか家族間の修復が出来ればとも考えていたカリクスだったが、どうやら無理らしい。
カリクスは『悪人公爵』の名の通り、冷酷な瞳を宿して義家族を見下ろした。
「貴様らは罪人だ。一生陽の光を浴びることなく地下牢で過ごすといい。サラに対しての己たちの所業を後悔しながらな」
「そんなの貴殿の独断で決めやれることでは──」
「だから何回も言っているだろう。出来るんだ、私なら。その耳は飾りか、伯爵」
確証はない、だがどうしても嘘だと思えない。カリクスの歴然たる態度に男はストンと膝をついた。
女はもう終わりなのだと両手で顔を覆い肩を震わせると、隣のミナリーが嗚咽を漏らしたことでバッと顔を上げる。
「ミナリー、泣かないで……?」
「いやっ、いやよお母様ぁ……! 私悪いことなんてしてないもん……!! 牢屋だなんて酷いよぉ……!!」
ポロポロと涙しながら訴えるミナリーに、男は立ち上がりすぐさま寄り添う。
母もそれに続くようにミナリーに寄り添い、そこにはまるで絵に描いたような家族の姿があった。
サラはその姿を見てズキリと胸が痛む。家族への未練は断ち切り、あんな酷い目にあわされてもなお、与えられなかった家族からの愛情への渇望が姿を見せたから。
「公爵閣下、お願いがあります」
男が力なく言う。まるで憑き物が落ちたようなその瞳には、もう怒りや恨みは無かった。
「何だ」
「私と妻でどんな罰でも受けます……! ですからどうかミナリーだけは助けていただけないでしょうか……!」
「私からもお願い申し上げます……!! どうかこの子だけは……娘だけはご勘弁を……っ!」
「お父様ぁ、お母様ぁ……っ」
娘を必死に庇う両親の姿は、きっと何も知らない者が見たら感動するのだろう。もしかしたらカリクスのことを悪者扱いするかもしれない。助け舟を出さないサラを悪女だと罵るかもしれない。
けれど全てを知り、サラがどれだけ苦しみ自分を犠牲にしてきたかを痛いほどに理解しているカリクスには、反吐が出そうだった。
「サラも、お前たちの娘だ」
「あ………………」
「ミナリーを思うような気持ちが少しでもサラに対して向けられたのならば、こんなことにはならなかっただろう」
「……っ」
そこで初めて、サラを見つめる両親の目は僅かに変わる。罪悪感が浮かぶその瞳を、カリクスはサラに伝えるべきかどうか悩んだ。
優しい彼女は、申し訳無さそうにしているよ、と言われれば許してしまうかもしれないから。
カリクスはそれだけは避けたかった。サラがまた傷つくかもしれない可能性は潰しておきたかった。
悪者になってでも、今がサラと家族を完全に引き離す最後のチャンスだと思ったのだ。
「明日にでも使者が来る。お前たちは直ぐに罪人として裁かれるだろう。逃げようなどとは思わないことだ。……もちろん、ミナリーに減刑もしない」
「そ、そんな……!」
温情が与えられなかったことに落胆する3人に、カリクスは表情一つ変えない。今までサラが受けてきた苦痛を思えば、当たり前の采配だった。
サラを傷付けられた時点で、カリクスは義家族を誰一人として許すつもりなんて無かった。
「サラ」
「……はい、カリクス様」
静かに状況を見守るサラにカリクスは声をかける。
サラは見上げるようにしてカリクスを見つめた。
「もうこの先、一生家族と会うことはない。何か言っておきたいことはあるか」
「…………。私は……」
サラは遠い目をして、思いを馳せる。それから数秒後、覚悟を決めたのかカリクスの支えから離れて一人で立つと、家族と対峙する。
泣きじゃくるミナリーと、僅かに擁護してくれるのではないか、と今までで一番求められるような声で「サラ」と名を呼ぶ両親。
サラは一度深呼吸してから、穏やかに話しだした。
「一つだけ、お聞きしたいことがあります。正直に話してください。──3人が私をここまで嫌っていた理由は、なんですか……?」
会えなくなる前に、家族の口から改めて聞きたかった。
サラの記憶の中では両親から完全に見放され、ミナリーからは下に見られ、使用人のような扱いを受けるようになったのは過去のお茶会での失敗以降だ。
もちろんそれまでもミナリーに比べればかなりきつい物言いに冷たい態度だったが、まだ家族の範囲内だった。
けれどサラは本人たちの口からきちんと聞いたことがなかったのだ。
お茶会のことで、顔が見分けられない症状のせいで、ここまで歪な関係になってしまったのか、サラは最後にどうしても聞きたかったのである。
「私は……」
男がゆっくりと口を開く。サラは黙ってそれを待ち、カリクスはサラの表情を観察した。
「私は昔から勉強が苦手で兄貴に馬鹿にされていた……。それで、お前には人に馬鹿にされずに済むように家庭教師を雇ったのだ。だが、私の予想よりも遥か上──サラ、お前は天才だった。お前は私より遥かに優秀で……私はそれを認めたくなかった。だからお前を屋敷に閉じ込めて人に会わせないようにした。自尊心を傷付け、雑務だと言って仕事をやらせた。いつか、お前に牙を剥かれる日が怖かったんだ」
「……なんですか……それ」
信じられない、とサラは目を大きく見開く。
女は「私も……」と言いにくそうに話しだした。
「辺境の男爵家の生まれだったから字もろくに書けなくて……。貴方のお祖母様──義母様が生きていた頃はよく馬鹿にされたわ、こんなことも分からないのかって。それで義母様が亡くなってから貴方が産まれた。もちろん初めのうちは賢い貴方を誇りに思っていたわ。けれど自分と比べるうちに……どんどん憎らしくなっていったのよ。今度は貴方が義母様みたいに私を馬鹿にするんじゃないかって。だから上から物を言って……きつく当たって、当たり前のことだといって女主人の仕事もさせたの……自分のために」
「…………」
黙りこくるサラをカリクスは心配そうに見つめる。辛いだろうと、もう聞かないほうが良いのではないかとさえ思った。
けれどサラは続いてミナリーに視線を寄せる。
妹の言葉を待つサラに、カリクスは押し黙った。
「私は、昔からお姉様が羨ましかったの。勉強もマナーも全部直ぐに完璧に出来てしまうんだもの。それに本当はとても可愛いから……幼い頃お茶会に行っても全員お姉様のことばっかり見るから……! ミナリーのことは、誰も……。だから、お姉様の優しさに付け込んで、使用人みたいな扱いをしたの。お姉様が悪口を言ってたわって、お父様とお母様に嘘の告げ口をしたこともあるわ……だって、だってお姉様は全て持ってるんだもの! 両親くらい私だけのものになったっていいじゃない!」
読了ありがとうございました。
少しでも面白い、続きが気になると思っていただけたら、ブックマークや評価【★★★★★】でぜひ応援お願いします。感想もお待ちしております。執筆の励みになります……!
サラに早く幸せになってほしい! という方もぜひ……!