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31 カリクス、裏側を語る

 

 カリクスは扉の先の光景に目を見開いて、すぐ眉間にシワを寄せた。

 手足を縛られ、頬が真っ赤になって泣いているサラ。そんなサラの口を塞ごうとしている義家族たち。


 あまりにも悲惨な状況に怒りで頭がおかしくなりそうになりながらも、カリクスはサラのもとへ駆け寄ると彼女の背中を支えて優しく身体を起こした。


「サラ……! 大丈夫か!!」

「うっ、ふっ……ぅあ……っ」


 大丈夫だと伝えたいのに、嗚咽が漏れて声にならないサラをカリクスはギュッと抱き締める。

 耳元で遅くなって済まなかったと謝罪すると、サラは小さく頭を振った。


「どういうことだ!! お前紅茶に睡眠薬を入れたんじゃなかったのか!?」

「入れましたわ!! それに貴方も見たじゃない眠るところ……! 部屋に運んだときもベッドにおろしたときも寝てたんでしょう……!?」

「寝てたさ……!! 寝てたのに……こんなに早く起きるような薬じゃあ無いのに……!!」


 男と女が言い合っている中、カリクスは一度腕を解くとすぐさまサラの拘束を解いていく。

 パサリと縄が解けると、手首と足首に現れる赤黒い痣。力加減をせずに力いっぱい結んだことが明らかだった。


 カリクスはその痣をするりと撫でると、次に左頬を見やる。

 叩かれた程度では到底ならないほどの腫れに、殴られたのだろうということは容易に想像でき、カリクスはギリ、と奥歯を噛み締めた。


「痛いだろう……大丈夫じゃ……ないな」

「い、え、……カリクス様が、来てくれた、から……っ、痛みなんて、どこかにいきましたわ……?」

「……そんなわけないだろう。強がりはよせ」


 涙がようやく止まり、強がって笑顔を見せるサラ。カリクスは「立てるか?」と確認すると、サラはこくりと頷く。


 右手を差し出されたのでサラは左手でその手を取ると、ズキリと痛む腹部を反対の手で押さえた。


「……っ」

「まさか腹もやられたのか……!?」

「あ、はは……少しだけ……」

「信じられない……実の娘になんて仕打ちだ……っ」


 立ち上がったサラの腰を支えて自分に寄り掛かるようぐぐっと腕に力を込めるカリクス。勿論腹部の痛みには影響がないようにだ。


 未だにこちらに目もくれず喧嘩する二人にほとほと呆れたカリクスは声を掛けようとすると、信じられないような物を見る目でこちらを凝視するミナリーと目があった。

 パクパクと声には出ていないが何かを喋っている様子に、カリクスは不気味さを覚える。


「何だ。何を言っている」

「どうして────」

「……何だ、聞こえな」

「どうしてそんなにお姉様のこと大事そうにしてるの!? 結婚先延ばしにしてるんでしょ……!? お姉様のこと好きじゃないんでしょ!?」


 ミナリーの叫びに、サラの肩がビクつく。

 カリクスはそんなサラに耳元で大丈夫、と告げると、ミナリーに視線を戻した。


「お前には関係ない。言う義理もない。鬱陶しいから話しかけるな」

「キィィィ……!!」


 残響まで耳障りなミナリーの叫び声に顔を歪めたカリクスだったが、サラに話しかけるときには無意識に穏やかな表情に戻る。


「サラ、この件が終わったら説明するから待っていてくれるか。君にきちんと伝えたい」

「はっ、はい……分かりましたわ」


 返事と同時にきゅっと、胸ポケットあたりを掴まれると、カリクスの表情は一段と和らいだ。


 両親はまだ口論をしていて、ミナリーは思い通りにならなかったからなのか爪を噛みながらブツブツ何かを言っている。

 まともに話そうにも少し時間が必要な気がしたサラは、あの、とカリクスに尋ねた。


「どうして伯爵邸(ここ)に……? マグダット領に行ったはずでは……? それに、その、睡眠薬を盛られたんですよね? なのに何でその、大丈夫なのかなぁ、と」

「ああ、それなら──」


 ことの詳細は後でゆっくりとと思っていたカリクスだったが、何も情報がなくてはサラは不安かもしれないと思い至る。

 どこから説明したら良いのか悩むと、カリクスは考えが決まったのか話し始めた。


「まず、私に薬や毒の類は効かない。──昔色々試したせいでな」



 ◆◆◆



 話は数時間巻き戻る。


 それはカリクスが紅茶を飲みテーブルへ倒れ込み、男の方に担がれてどこか別の部屋のベッドに沈んだときのことだ。


「………………」

「よし、良く寝てるな」


 しっかり閉じられた瞼に、規則正しい呼吸音を聞いた男はカリクスが睡眠薬の影響で熟睡していると確認し、部屋を出ていった。


 男の足音が少しずつ小さくなり、完全に聞こえなくなってからしばらくして、カリクスはすっと薄目を開いて辺りを確認し、むくりと起き上がる。


「不用心な男だ」


 監視もつけず、拘束もしていないとは。


 カリクスには毒や薬の類がほとんど効かない。事実出された紅茶を飲んでも体に変化はなかった。

 だからあの紅茶を飲んでも眠りこけるなんて有るはずがないのだ。


 しかし、紅茶を飲んだときの義家族の顔つきときたら、それはそれはもう悪魔のようにニヤリと口角を上げていて、紅茶に何か入っていると確信するには十分だった。

 適当に数十秒後に倒れて見せれば予想通り、上手くいっただの、睡眠薬が効いただの、義家族は簡単にボロを出す。


 カリクスはこの茶番に付き合うことにした。その方が警戒を解かれて研究データを探せるのではないかと思ったからだ。

何かまずいことが起きそうになったら腕っぷしでどうにかできる自信もあった。


 そして現在、屋敷内のどこかの部屋で一人、カリクスは狙い通り自由の身となったのだった。


(こんな機会は滅多にない。……植物の研究データを探すか。見つかればこの際睡眠薬の件は不問にしても良い)


 カリクスは今いる部屋を粗方調べ終わると、データがないことを確認してからそろりと部屋を出た。


 いつ義家族か使用人が現れるのか分からないので、ゆっくりと慎重な足取りだったのだが、しばらく屋敷内を歩いているとはた、と気づく。


(人がいる気配がない。使用人はどこかに集まっているのか?)


 マグダット子爵邸のようなケースは稀だ。サラから何人か使用人がいたことは事前に聞いていたカリクスは、不可解な現象に疑念を持ちながらも、足を止めることは無かったのだが。


「貴方は────!!」

「……!!」


 やや遠い位置から声を掛けられ、カリクスは声の方向へと向き直る。


 茶髪を一つ結びしたメイドが、カリクスのことを凝視していた。

 見つかったことにまずい、と思ったが、メイドは大声を上げたり走り出したりすることなく、素早い足取りでカリクスの前へとやって、丁寧に頭を下げる。


「アーデナー公爵閣下、私はこの屋敷のメイド、カツィルと申します」

「カツィル、だと」


 その名前にカリクスは聞き覚えがあった。

 辛い実家での生活の中でも唯一良くしてくれたメイドがいたと。もし会うことがあるのならば、伝えたいことがあると。サラは、懐かしむように言っていたから。


「サラは──幸せだから大丈夫だと、心配しないで大丈夫だからと、君に伝えたいと言っていた」

「……っ!! う、う、っ……」


 口元を手で抑えて涙するカツィル。あの『悪人公爵』に身代わりで嫁がされ、辛い思いをしていないだろうかと心配していたカツィルは、カリクスが伝えてくれたサラの言葉によって安堵で胸が一杯になった。


「君は……本当にサラのことを大切に思ってくれていたんだな」

「ですが私は……サラお嬢様をお助け、ぐすっ、することができません、でした……!」

「サラには君の思いが伝わっていたし、きっとそれが救いだったはずだ。恥じることはない」

「……う、うっ」


 カツィルも以前、カリクスのことを『悪人公爵』という噂だけで判断していた内の一人だった。サラが酷い目にあっていないか、カリクスの冷酷残忍な行為の犠牲になっていないか心配したことだってあった。


 しかしそれは、どれだけ愚かな考えだったのだろうとカツィルは思う。

 確かに火傷痕はあるけれど、それだけだ。こんなに優しい瞳をしている。こんなにも慈しむようにサラの名前を呼ぶ。サラを心配していた自分に、心から慰めの言葉を掛けてくれる。


 カツィルは、しばらくの間涙が止まらなかった。

読了ありがとうございました。


少しでも面白い、続きが気になると思っていただけたら、ブックマークや評価【★★★★★】でぜひ応援お願いします。感想もお待ちしております。執筆の励みになります……!


「サラに早く幸せになってほしい!」「毒家族に制裁を!!」という方もぜひ……!



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