3 サラ、優しさに感動する
このお話から連載版書き下ろしです。
よろしくお願いいたします。
大方の話を終えると、サラは部屋を用意してあるからと案内された。
てっきり執事のヴァッシュか、他の使用人が案内してくれるのだと思っていたが、出迎えが出来なかったからこれくらいは、とカリクス本人がしてくれる運びとなった。
気遣いのできるお方だなぁ、とサラは感心する他ない。
「この部屋だ。南の角部屋で、日当たりはこの屋敷で一番良い。気に入ってくれると嬉しいんだが」
「!? まあ……! 凄いです……!」
白を基調としたシンプルな部屋だが、カーテンは細やかなレースがあしらわれており、ソファに置かれているクッションはピンク色のバラの刺繍。所々に金色が使われているそれは可愛らしさの中に絢爛さも兼ね備えている。
何より、ベッドは大人が大の字になっても端に届かないほど広く、サラは目をキラキラとさせて部屋中を見渡した。
「素敵ですわ……! 綺麗でっ、可愛らしくてっ、それに……とーっても広いです……!」
「喜んでくれるのは大変嬉しいが……そんなに広いか? 伯爵令嬢ならこの部屋と大差なかっただろう?」
「あ……それ、は」
確かに普通の伯爵令嬢なら、用意された部屋にそれ程驚き喜ぶものではないのだろう。
お気遣いありがとうございます、とさらりと礼を言う場面だったことに、サラは焦りを持ち始める。
しかしサラのこの反応はある意味仕方がなかったとも言える。
ファンデッド家では屋根裏部屋での生活をしていたので、まず普通に部屋というだけで有り難いと思うほどにハードルが低くなってしまっていたのだ。
──しかし、これは由々しき事態である。
そんな生活をしていたことがバレたら、カリクスにとってファンデッド家の印象は下がるに違いない。
そうすれば結婚を取りやめる……とか、もうファンデッド家にお金は融通しない、なんて話も無きにしもあらずだ。
それは是が非でも避けなければならない。
サラはバレないために、これからファンデッド家での生活を誤魔化そうと胸に決める。
せっかく自身の症状のことを理解してくれたカリクスではあるが、如何せんまだ出逢って数時間なのだ。この判断は致し方なかった。
「あはははは。そうですわねーー。普通ですわねーー。うふふーー」
「……物凄く棒読みなんだが」
「そんなことありませんわーー。私はこのような部屋で暮らしてましたわーー。右を見ても左を見ても上を見ても下を見ても驚きませんわーー」
「…………そうか。……君は嘘が……いや、何でもない」
「おほほほほーー」
(何か言いかけたみたいだけれど……まあ良いわ! 多分信じてくれたわ!)
まるで悪戯が上手くいった子供のようにニマニマと口元を緩めるサラに、頭一つ分高い位置にあるカリクスは呆れたように、それでいて面白そうにフッと鼻で笑って見せる。
決してサラの下手くそな演技を馬鹿にしたのではない。
いや、下手くそだなぁと笑ったのは事実なのだが──。なんだか…………そう。
「……可愛いな。君は」
「はい? 何かおっしゃいました?」
「いや、何でもない。夕食までは少し時間があるから部屋で寛いでくれ。私はまだ仕事が残っていて……相手が出来なくて済まない」
「いえいえお気になさらず!! 案内までしていただけて本当に十分ですわ。ありがとうございます!」
そうしてカリクスと別れ、サラは改めて部屋を見渡す。
「本当にこれが私の部屋……? お姫様になった気分……! 嬉しすぎるわーー!! もう全部が可愛いーー!!」
気分が最高潮のサラはソファに座り、クッションをギュッと抱きしめ、ベッドの縁に座って足をバタバタとしたり、窓際に飾ってある花の香りを嗅いでみたり。
一人の時間を満喫しようとしたのだが。
──コンコン。
「サラ様、失礼致します」
「!?」
しかしそんなとき、完全に淑女を忘れていたサラはノックの音に飛び跳ねるくらいに驚くと、高鳴る心臓を必死に抑えて冷静を装う。
どうぞ、と穏やかに言ってみせると、一人の女性が入ってきたのだった。
「これからサラ様のお世話をさせていただきますメイド長のセミナと申します。以後お見知りおきを」
「え、ええ! よろしくお願いします……じゃなくて、お願いするわね」
現れたのはメイド長のセミナというらしいのだが、メイド長というわりに声が若々しい。
もしかしたら自分と同じくらいか、少し歳上なのでは? とサラは考えて尋ねようと思ったが、口にするのは憚られた。
(普通なら……顔を見れば大体の歳は分かるのよね)
それこそカリクスは24の年になるが、それも執務室に入るまでの道中、ヴァッシュに聞かなければ分からなかっただろう。
実際カリクスと言葉をかわしたとき、落ち着いた雰囲気と低めの声に、サラはもう少し歳上だと思ったのを思い出す。
「サラ様……? どうかされましたか?」
「あっ、えーーと……」
不意に頭を過るのは、家族に嘘つきだと罵られるそんな光景だ。思い出したくないのに、ことあるごとにフラッシュバックした。
ふるふると、サラは頭を振る。
今さっきカリクスに信じてもらったばかりだ。一緒に話を聞いていたヴァッシュにも大変だったでしょう、と労りの言葉をもらった。
どうせ信じてもらえないだろうという考えは、相手に失礼かもしれない。
それにセミナとはこれから長い付き合いになるだろう。カリクスよりも長い時間を過ごすと言っても過言ではないのだ。
サラはふーっと深く息を吐いて、入口付近にいるセミナを見据えた。
「私ね、顔が認識出来ないの」
「……。と、言いますと……?」
「貴方の声を聞いて何となく若いってことは分かるし、服装を見たら女性だなってことも分かるわ。けれどね、顔だけが分からないの」
「…………」
「……ごめんなさいね、急に……。その、お世話になるから、伝えておかなきゃと、思って」
無言が辛い。けれど顔が認識できないために、表情を確認することも出来ない。
──ああ、顔が見えたなら。
今まで何度もそう思ったが、新天地にやってきてもそう思ってしまう。
やや気まずい沈黙が肌に突き刺さる。
その沈黙を破ったのはセミナがコツコツとサラに近付く足音だった。
「申し訳ありません。サラ様になったつもりで想像していたら、黙ってしまいました」
「想像……?」
「はい。ですので改めて自己紹介させてください。私は平民出身で名前はセミナと申します。歳は23で、茶髪のショートヘアです。かなりつり目で、よく怒っているのかと聞かれることがあります。怒っていません。そういう顔です。後は──」
「ちょ、ちょっと待って!?」
「早口でしたね……これもよく言われます」とセミナは抑揚のない声で淡々と喋っている。
出会ったことのないタイプ……というか対応に、サラは混乱した。けれど想像をして対応してくれる、つまり自分を信じてくれたことに喜びで胸がじんわりと温かみを帯びた気がした。
サラはセミナの両手を、ギュッと包み込むように握る。
「ありがとうセミナ……信じてくれて」
「近々旦那様の奥方になるお方の言葉を信じないはずがありません」
「カリクス様のことを心から信用しているのね」
「勿論です。……あと、お部屋をあそこまで喜んでくれたサラ様は純粋な方なのかと……嘘を吐くとは到底思えませんでした」
「へ!? 聞こえてたの!?」
「はい。ばっちりと。因みにこの部屋のセッティングを任されたのは私でして、とても鼻が高いです。あ、私は今とっても嬉しくて笑っています」
「いやーー! 忘れて!!」
慌てふためくサラに対し、クスクスと、小さく笑うセミナの声が聞こえる。
サラは何だか嬉しくなって、ぱっとセミナから手を離すと照れを隠すように口を隠して笑い声を上げる。
しかし次の瞬間パチン、と指を鳴らしたセミナに、サラは何かが始まる、と予感がしてピタリと動きを止めた。
「さて、旦那さまとの夕食までの間はサラ様を徹底的にピカピカ、モチモチ、サラサラに仕上げてまいりますのでご覚悟くださいね」
「か、く、ご…………?」
読了ありがとうございました。
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サラに早く幸せになってほしい! という方もぜひ……!