22 サラ、安直な予想を裏切る
毒家族出しゃばります。ご注意ください。
遡ること数時間前。
馬車に揺られ屋敷に戻った妻と娘のミナリーを出迎えた男は鼻高々だった。
アーデナー公爵家からの援助金で買ったジュエリーと新たに仕立てた豪華なドレス、さぞやお茶会で注目の的になっただろうと思っていたからだ。
しかし二人の、特に妻の表情は暗い。疲れているのかととりあえずメイドたちに湯浴みの指示し、それから夕食を取ってから三人で楽しく話に花を咲かせようと思っていたのに。
──ガシャン!!
メイドたちを下がらせて家族だけになった瞬間、口を開いた女の言葉に男は激昂しソーサーごとティーカップを床にぶち撒けた。
「今まで王家から冷遇されて取り潰しになった家がいくつあると思ってる!? アーデナー公爵家にも怪我をさせたとなれば何かしらの罰を与えられるだろう……! もし、援助金を切られでもしたら……!!」
「貴方っ! 物には当たらないでちょうだい! ミナリーが怖い思いをするでしょう!?」
「元はと言えばお前が公爵に手を挙げたりするからだろ!!」
「あれは不可抗力ですわ!! 私はサラを叩こうとしたのよ! 公爵は勝手に庇っただけ! あの役立たずが──貧乏神が全ていけないのよ!!」
理由は何にせよ伯爵家にとって今回のことは大きな打撃になることは間違いなかった。
例え王家と公爵家から何のお咎めがなかったとしても、現在の伯爵家の領地経営は援助金を全て経営に充てても赤字の一途を辿っていたからだ。
このことを知っているのは領主であるサラの父親と、一部の家臣だけである。頼みの綱であるサラへの手紙に対する返信は期待できるものではなかったために、男はより一層頭を抱える。
女は乱れた息を必死に整えて、コホンと咳払いをした。
「確かに……社交場に出られなくなってしまったことは申し訳ありません。今後の我が家の発展に大きな打撃になってしまいましたわ。…………けれど、公爵家からの援助金がない状態で今まで経営が回っていたのなら、それ程過度に心配する必要は無いんじゃなくて? あの貧乏神が居なくなったところで、優秀な貴方には何の影響もないはずでしょう?」
「それは……そのとおりだが…………」
数ヶ月まで、領主としての殆どの仕事を行っていたのはサラだった。
男がやっていたのは視察や領地内で行われる祭りの挨拶、人材雇用くらいだ。とはいってもその全てを単独で完璧に行えた訳ではない。
視察に関しては、サラに事前にこの辺りをよく見てきてほしいと頼まれ、挨拶は事前にサラが考えたものを読んだだけ、人材雇用に至ってはサラが優秀な人材を調べ上げてピックアップし、その情報を元に父親が声を掛けただけだった。
これを出来る人間が優秀だと言うのならば、それは過大評価を超えて皮肉と言ったほうが良い。
領地経営を行っているのは自身であり、サラには雑用を手伝わせているとしか家族に告げていない男は真実を明かすには有り余るプライドが邪魔をしたのだった。
それに何より、男はこの状況になっても信じていたいのだ。経営が落ち込んだのは自身の実力不足ではなく、サラが公爵に圧力をかけさせたのだと。
「けれどほら、あれだ……! お前たちにはもっと裕福な暮らしをさせてやりたいし、あの膨大な金がタダで手に入るんだから援助金が無くなるのは痛手だろう!?」
「それは、そうよね……。けど公爵の様子だと……援助金を切られるのは時間の問題かもしれないわね」
「………………」
先程からあまりに静かなミナリーに、おや、と男は疑問が浮かぶ。
普段ならば母に続いてミナリーも悪口を言うはずだというのに、心ここにあらずといった様子だ。ショックで呆然としている様子でもなく、何かを考えていると言ったほうが正しいかもしれない。
「ミナリーどうしたんだい? お前には苦労はさせないから心配しなくて良いよ。あ、もしかして縁談のことを考えているのかい? お前の美貌ならば例え王家との縁が切れても引く手数多だろうさ。同じ伯爵家の中から選りすぐりの令息を選んでやるから安心しなさい」
「ねえ、お父様。そのことなんだけど……」
ダイニングテーブルからゆっくりとした歩調で離れていくミナリー。
窓際に到着するとくるりと両親の方へ身体を向け、にんまりと口角を上げた。
「やっぱりお姉様じゃなくてミナリーが公爵様の元に嫁げば全て上手くいくと思わない?」
「な、何を言っているんだミナリー……!」
「そうよ!! 貴方あんなに嫌がってたじゃないの……!」
両親の驚く顔に対し、ふふふ、と笑みを深めるミナリー。
蝶よ花よと大事に育ててきた娘の、見たことのない妖美な表情に、両親は背筋がゾクリと粟立つ。
「今日公爵様を見てミナリー思ったの。あの方こそがミナリーの運命の相手だって! 火傷痕は正直醜いけれど……それでも目鼻立ちはスッキリしていてスタイルも良くて、お金もあって、あんなブサイクなお姉様にも慈悲深いなんて! とーっても素敵な方だと思わない? ミナリー欲しくなっちゃった!」
ドレスが欲しい、とは訳が違う。
貴族間同士の政略結婚──しかもサラがミナリーの代わりに嫁いだ事実をカリクスは知っているという事実。
問題は山積みだろう、と男が言おうとすると、るんっとした足つきでミナリーが近付いてくる。
そのまま顔を覗き込むような仕草で見つめられ、その瞳に男は固唾を呑んだ。
「今日お姉様が言ってたわ? まだ公爵様──カリクス様とは婚約者で婚姻は結んでないんだって。 きっと何も出来ない役立たずでブサイクなお姉様との結婚を渋ってらっしゃるのよ。可哀想だと思わない?」
「例えそうだとしても……どうするつもりだ。慈悲だとしても大衆の面前で庇うくらいにはあの出来損ないを大事に扱っているわけだろう? 今更……」
「もうお父様ったらお仕事は出来るのにこういうことは疎いのですわね! 簡単ですわ? 既成事実を作ってしまえば良いのです〜うふふっ」
「「!?」」
つまるところミナリーはこう言っているのだ。
サラからカリクスを寝盗ってしまえば良いのだと。
「だがどうやって? 今の状況では会ってもらえない可能性の方が高いぞ」
「それならば簡単だわ? カリクス様の慈悲深さを利用すれば良いのよ。──ね? 良い餌があるでしょう?」
両親はミナリーの言葉の意味を瞬時には理解出来なかったが、しばらく考えるとやっとのことで結論にたどり着く。
「サラを使えば良いのか…………!」
「そうですわ〜。お姉様を伯爵家に連れて来たら良いのよ! しばらく戻らなければ、カリクス様も心配して自ら来るでしょう? そうしたら睡眠薬でも飲ませて私が……うふふ、これ以上は恥ずかしい〜」
ミナリーはサラの性格を両親よりも良く知っていた。
いくら酷い扱いを受けてきてもさほど辛い様子を見せなかったのは、家族に対して迷惑をかけたという罪悪感があるから。
いつまで経っても家族からの愛情を欲していたことも、自分よりも人のことを優先することも、ミナリーはサラ自身よりも早くに気が付いていた。
だからこそ、家族がどうしてもと頼めば絶対にサラはやってくる。いくらカリクスが止めようが、何か裏があるかもしれないと言われようが。
「ミナリーが無事カリクス様のお嫁さんになったら、このお家に今よりもいーっぱい援助金を送るように言うね? それにカリクス様から王家に進言してもらうつもりよ! 社交場に参加できるようにしてくださいって! そうしたらお母様も今まで通り参加できるわ? あ、お姉様は可哀想だからまたお家で受け入れてあげて? お母様とお父様のお手伝いが出来るなんてきっとお姉様も幸せなはずだもの〜」
「お前はなんて優しくて良い子なんだ……あんな姉の人生まで考えてやっているのか!」
「ミナリーは本当に立派だわ……あの子も貴方みたいに立派だったら良かったのに!」
男は興奮を隠せない。援助金のことはもちろんだが、何よりサラが戻ってくればまた大量の仕事を任せることができるからだ。
──決してサラの方が優れていると認めたわけではない。サラに仕事を分配すれば余裕ができ、自分が領地経営を立て直すことが出来ると確信しているためである。
女も同じように興奮が隠せない。援助金しかり、社交界の件もしかりだが、サラが帰ってくれば女主人としての雑務を任せることができるからだ。女はただただ豪華なもので着飾って、贅沢な生活が出来ればそれで良かった。
「これでみーんな幸せになれるわね! さて、早速お姉様を誘い出すための手紙を書きましょう!」
◆◆◆
そうして一週間後。
ファンデッド家ではサラの手紙の返信に家族全員が全身をワナワナと震わせることになる。
「多忙のため帰省できません、ですって〜〜!?」
読了ありがとうございました。
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「サラに早く幸せになってほしい!」「毒家族もっとザマァを!」 という方もぜひ……!




