20 カリクス、サラの鈍感さに堪える
12,15,19話の一部を加筆修正致しました。7/17
屋敷に戻るやいなや、一目散に迎えてくれたセミナの様子と言ったら一生忘れないだろうとサラはしみじみ思う。
「ふふっ、セミナが挙動不審な動きをしているんだもの。初めて見たわ」
「それはそうですよ……お茶会に行ったはずなのにドレスが汚れて帰ってくるなんて……何かのトラブルに巻き込まれたのかと」
「凄いわセミナ! 良く分かったわね」
「はい? どいつです? サラ様のドレスを汚した輩はどいつです?」
口を開けてあははと笑うサラに、セミナはつられるようにして笑う。これで強がるように笑うようならセミナは何があったのか問いただすところだが、サラの様子は至って明るいので大丈夫なのだろう。
カリクスと共に屋敷に戻って来たときの様子からそう確信していたセミナは、遅めの夕食を取るべく湯浴みを終えたサラに動きやすいドレスを着せていく。
「髪の毛とお化粧はどうなさいますか? 夕食を食べたら眠るだけですし、何もせずとも……」
「その……カリクス様と久々に食事を一緒に出来るから、少しだけ可愛くしてほしいなぁ、と思うのだけれど……良いかしら……?」
「お任せくださいサラ様このセミナとびきり可憐で美しく仕上げてみせます」
「あ、ありがとう」
相変わらずセミナはたまに早口ね、とサラは内心思いながら頬を緩ませた。
薄い化粧を施し、髪の毛はハーフアップにして淡いピンク色のドレスに袖を通す。昼間とは一転して幼く可憐な姿に、また良い仕事をしたとセミナは一人満足そうにしている。
「ありがとうセミナ。このドレスも可愛いわね」
「サラ様は元が良いので何でもお似合いになります。今日も旦那様が到着されるまでは殿方に話しかけられたのでないですか?」
「………………」
「無言は肯定と取らせて頂きます。自身の美しさを自覚して頂けて、セミナは嬉しゅうございます」
思い返すと内容の濃いお茶会だったわけだが、確かに男性に異常に話し掛けられたのもその一つだ。
流石にここまで来ると、客観的に見て自分はブサイク程ではないのかとサラは思うようになった。
とはいえ普通なのだろうというくらいにしか思っていないので、まだ自覚は足りないのだが、それは一旦置いておくことにする。
「そろそろお時間になります」
「ええ、行きましょうか」
久しぶりにカリクスとゆっくり食事をとることが出来ると、サラの足取りは羽が生えたように軽い。
セミナは後方で仕えながら、そんなサラの様子を嬉しく思った。
時は少し遡り、屋敷帰宅直後のこと。
「旦那様おかえりなさいませ。帰ってきて早々に仕事とは……いやはや仕事の鬼ですな」
ほほほ、といつもの笑みを浮かべるヴァッシュの前で、カリクスはハァと溜息を吐きながら椅子に座る。
帰宅後先ず訪れるのが自室ではなく執務室であるため、仕事の鬼と言われるのは致し方ないだろう。
「冗談を言っていないでお前も手伝えヴァッシュ。後でサラと夕食を一緒にとると約束したんだ。暇がない」
「それはそれは宜しいことで。それならば旦那様、先ずはそちらの書類の山からご覧になってはいかがです?」
ヴァッシュがそう言って指差す先にある書類の束に、いくら仕事が苦ではないカリクスでも気が遠くなる。
おそらく読むだけで今日一日が過ぎていく量である。
とはいえ、ヴァッシュがわざわざそう言うのだから、とカリクスは一番上の用紙を手に取った。
「……! これは……」
「流石でございましょう? 我々が思っている以上に、サラ様は優秀なようです」
カリクスではなくサラが処理しても大丈夫だと言われていた書類の決済が全て終わっている。カリクスの最終確認が必要なものは期日ごとに順番に並べられており、審査するのに必要な書類も添えてあった。
そして何が一番凄いって本当にミスが無いのだ。
懇切丁寧な仕事、そしてカリクスが戻ってきたときに順序立てて仕事出来るような配慮。
普段のサラを見ていて決して仕事が物凄く早いという訳ではなかったが、それを鑑みてもあまりある程にサラは優秀だった。
「……サラが私の婚約者になってくれて良かったと思うよ」
「優秀だからですか?」
「それはそのとおりだが……一定数自分より優秀な女性を嫌う男が存在するだろう? サラは楽しそうに仕事をするからそんな奴のところに嫁ぐことにならなくて本当に良かったと思ってな。妹ではなくサラを妻にと寄越してくれたことだけは、あの義家族共に感謝している」
「義家族といえば、旦那様が不在の間にこんなものが──」
そう言ってヴァッシュは懐から手紙を取り出し、カリクスへと手渡す。
差出人と内容を確認したカリクスは、グシャリと握り潰した。
「この手紙、サラは見たのか」
「はい。多少困惑している様子でしたが、結果的には呆れるといった感じでしょうか。この手紙を見たら旦那様が悲しむかもしれないと心配までしておられました」
「……。こんな酷い手紙を送られてきて……人の心配をしている場合じゃないだろうに……」
「ええ、ええ。ですからこの手紙は破棄済みということになっていますのであしからず。返事は書いておられましたが、事実無根だということと援助金は増やせないということを伝えるとおっしゃっていました」
軽く頭を下げるヴァッシュに、父親の代から続くこの執事の有能さに、頭が下がる思いだ。
目の前のヴァッシュにそんなことを思いながら、カリクスは今日お茶会であったことを話し始める。
サラの境遇を知っているヴァッシュには、念の為に情報共有をしなければと思ったのだ。
一通りカリクスが話し終わると、ヴァッシュは青筋を立てながらも仮面のような笑顔を崩さない。
「戦地から帰ってきても傷一つない旦那様がお茶会から帰ってくると頬に処置が施されているのでどういうことかとは思いましたが……そういうことでしたか」
「社交界への参加資格の剥奪だけでは正直手緩い。この手紙のこともあるし、公爵家としてもファンデッド家にはそれ相応の報いは受けてもらう」
「それで宜しいかと。……念の為、屋敷の護衛を多めに手配しておきます」
「そうしてくれ」
その言葉を最後に、カリクスはサラとの晩餐前に最低限手を入れなければいけない書類に取り掛かる。
作物の不作についてや税金について、領土について様々な項目があったが、領内でわずかに取れる鉱石についての今後の方針を考えていると、ふと頭にヴィジストが浮かんだ。
そのヴィジストとの外交の立て役者であるダグラムの今日の様子を思い返し、カリクスはぐぐ、と眉間にしわを寄せた。
急ぎの仕事を終えると、カリクスはサラとの夕食を楽しんだ。
久しぶりの屋敷だからというのもあるが、サラと話しているとカリクスはリラックスすることが出来た。
「昼間は色々あって言えなかったが、今日のお茶会での姿、とても綺麗だった」
「あっ、ありがとう……ございます……!」
「昼間の大人らしくて綺麗な姿も良かったが、今みたいに可憐なサラも捨てがたい」
「カリクス様は褒め過ぎなんです……」
淡いピンク色の口紅を薄っすらと引いた小さな口で、サラは恥ずかしそうにデザートのブリュレを口にする。
それをじっと見つめているカリクスはリラックスモードから一転して、自身の体に熱が帯びてきていることに気が付いた。
(今日は……まずいな……)
サラを見て、カリクスは食べてしまいたいなんて思っていた。文字通りの意味ではない。
もちろん大切なサラに婚姻前と分かっていてそんなことはしないが、一応戦地からの帰りなので気が昂ぶっていたことは確かだ。それでもそのことを口に出さないくらいの冷静さは兼ね備えていたのだが。
「そういえば! 実は今日のお茶会で多くの男性に話しかけられまして……。その方々全員がカリクス様のように褒めてくださったので、私はそれ程酷い見た目ではないのかなぁと安心しました」
「…………へぇ」
──あ、これマズいやつだ。
そう気が付いたのはセミナだった。
サラの言葉に多少の色を加えて考えると「私結構モテるのよ? うふふ」なんて嫉妬を誘うような挑発的な言葉に聞こえなくもないのである。
もちろん実際は文字通りの意味で、顔が分からないサラが自分の見た目について人を不快にさせるほどではなかったことに安堵した、という意味だ。
サラの性格をよく分かっているカリクスも他意がないことは十々承知しているのだが。
「サラ、その男たちは綺麗や美しい以外に何か言っていなかったか」
「婚約者はいるのかと聞かれましたが……どういう意味なのでしょう?」
「…………へぇ」
──2回目だ。へぇ、が2回目だ……。
セミナは額に汗をかき、前髪がしっとりと濡れる。
カリクスの表情がまるで獣のようになっているのでサラにフォローをと思うのだが、カリクスに口出しするなと言いたげな目でギロリと睨まれてそれは叶わない。流石に今回は生暖かい眼差しを送る勇気はなかった。
ヴァッシュは他の仕事があるのか、この場にカリクスを制することが出来るものはおらず、セミナは脳内でサラに合掌する他なかった。
「サラ。今日のことをまだ詳しく聞いていなかったし、私はもう少し君と話したい。食べ終わったら私の部屋においで」
「カリクス様のお部屋ですか……?」
「ああ。──だめか?」
「いえ! 私もお話したいと思っていましたので伺いますね」
「…………。そう、か。分かった」
読了ありがとうございました。
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サラに早く幸せになってほしい! という方もぜひ……!