19 サラ、カリクスの意地悪に戸惑う
その後メシュリーに誘われてサラたちがやってきたのは、ガーデンの一番奥にある談話スペースだった。数々の花が咲き誇ったそこは、王族と王族に許可を得た者だけが立ち入ることが出来ると言われている──謂わば秘密の花園。
ここに案内されることは貴族社会において名誉だと言われている。
王家に懇意にされている、というのはそれだけ価値があるということなのだ。つまりはこの誘いこそが償いなのである。
本来ならば念の為護衛の騎士が帯同するのだが、国一番の実力者のカリクスがいるのならば不要だろうと、護衛はかなり離れた位置に待機することになったのだが。
「それで? ダグラムも付いて来たのならばお座りになったら?」
何故かお茶会に参加し、何故か秘密の花園にも付いてきたダグラムに、メシュリーは呆れた様子だ。
ダグラムはふんっ、と鼻を鳴らし、腕を組んで仁王立ちしているのだからメシュリーがそうなるのも致し方ないだろう。
「私はここで良い。好きに話せ」
ダグラムは少し気難しい性格をしていることをメシュリーは知っている。
どうせ何を言っても意見を変えないだろうと、座ったままサラたちに視線を移す。
「どうぞお二人はお掛けになって? あの子のことなど気にせずに」
うふふ、と可憐な笑顔でメシュリーは言う。
カリクスといえば手慣れた様子でサラのイスを引くのだが、一向にそのサラが座ろうとしないことに気が付いた。
「サラ」
「でっですが……その…………」
どうやらダグラムが立っているのに身分の低い自分が座るのはとても……と考えているらしい。
カリクスは手にとるようにサラの思考が読めたので、視線をダグラムに寄越す。
サラを見ていた目とは一転、それはキリリと鋭いものだ。
「殿下が先にご着席にならないと私の婚約者が遠慮してしまいます。彼女は先のことで疲れているので一刻も早く休ませてやりたいのですが」
要約すると『さっさと座れコラァ』ということである。
「…………チッ」
(えっ!? 何で今舌打ち……!?)
サラは言葉通りにしか受け取らなかったのでダグラムの舌打ちの意味を理解できなかったものの、無事着席してもらえたことに安堵し、自身も腰を下ろす。
手際良く侍女がいれてくれたお茶の準備が整うと、さて、と口火を切ったのはメシュリーだった。
「改めて、先の件対応が遅くなってしまってごめんなさいね。カリクス、傷の痛みはどう?」
「ここに来る前に簡単な処置はしたので問題ありません。手当の準備をしてくれた侍女のおかげです。手配していただきありがとうございます」
「良いのよそんなこと。……それにここは公の場ではないわ。昔みたいにもっと気楽に話してよ、カリクス」
「………………」
ちらり、とカリクスは隣りにいるサラを見つめる。
こちらを見ていることに気が付いたサラは、こくんと頷いてにっこりと微笑んだ。
「分かった。久しぶりだなメシュリー」
「本当にね。まさか貴方が婚約者とお茶会に来るなんて……未だに信じられないわ」
「サラのことが心配だったからな。不可抗力だ。……そういえば、このお茶会についてなんだが…………」
カリクスは出された紅茶で喉の渇きを満たすと、サラを睨むように見ているダグラムを見る。
上着の内ポケットから折りたたまれたそれをテーブルの真ん中に置くと、ダグラムはバツ悪そうに腕を組み直した。
「私はメシュリーから届いた招待状を正式にお断りしたはず。しかしつい先日ダグラム第三王子の名義で我が屋敷にこの手紙が届きました。しかも必ず来るようにと脅すような真似をして。──殿下は私がヴィジストとの国境警備に赴いていることをもちろん知っていたはずです。つまりこのお茶会にはサラ一人で参加する他ない訳ですが……。どういう意図でこの手紙を送ったのか、聞く権利が私にはあると思いますが」
そもそもサラはまだカリクスと婚約者でしかないので、ファンデッド家の人間である。つまりお茶会の招待状ならファンデッド家に来るはずなのだ。
現に、メシュリーからの招待状には、カリクスの名前しか記されていなかった。これが普通なのである。
というのに、アーデナー家への手紙にサラの名前まであること、それ即ちサラが現在ファンデッド伯爵家ではなくアーデナー公爵家で生活をしていることをダグラムは知っていることを意味する。
つまり、サラのことを調べたということだ。
それに加えて今回カリクスが戦地に出向かなければ行けなくなった原因は外交時のダグラムの態度にある。
だというのに、カリクスが不在時に非常識な形でサラを社交場へ誘うなど言語道断だ。
カリクスは極めて冷静な態度を取っていたが、内心は怒りを覚えていた。
カリクスの言葉にダグラムの目がキョロキョロと泳ぐ。
サラも返答が気になるのか、ダグラムを大きな瞳で射抜くようにじっと見つめる。──すると。
「うっ、そんな目で見るな!!」
「へ!? もっ、申し訳ありません……!」
「あああ謝るな!! 私のペースを乱すなこのとんちんかん!!」
「と……とんちんかん……」
「……殿下、これ以上私の婚約者を侮辱するようなら正式に抗議いたしますが」
「……貴様……。チッ、許せサラ。今のは冗談だ」
「は、はい……」
「………………」
(サラ……だと? 相変わらず非常識な)
カリクスはスッと目を細め、ダグラムを睨みつける。
それでもこの場は非公開の場なので、そこまで目くじらを立てることはないだろうと己を落ち着かせる。
一方でサラは「見るな」「とんちんかん」この二言と、視察のときの発言、昔名前を間違えてしまった経緯にある確信を持ったのだった。
(私……とんでもなくこのお方に嫌われているのね……相当昔のこと怒ってらっしゃるに違いないわ……)
どうしましょう、とサラは顔を真っ青にして婚約者を見ると、それに気が付いたカリクスはテーブルの下で手をそっと伸ばす。
指先がツン、と触れたサラは挙動不審な動きでテーブルの下を確認し、それがカリクスの手だと分かると、ぶわりと顔に熱が集まるのが分かった。
(なっなっなっ……! 偶然……? 偶然、よね!?)
つい下ろした手が偶然当たってしまっただけだ。きっとそうに違いない。
サラはそう思おうとするものの、それならばどうしてこの指先はずっと触れているのだろうと不思議にも思う。
一般的には、顔を確認すれば偶然か必然かは分かるだろうが、サラにはそれが出来ないので羞恥心でどうにかなってしまいそうだった。
「おいサラ……真っ青な顔が真っ赤になっているぞ。忙しない顔の持ち主だな」
「そっ、それは……」
「ちょっとダグラム、レディに向かってそんな言い方は失礼だわ」
「煩い。何を言おうが私の自由だ」
「なんですって……」
ダグラムとメシュリーが何やら言い合いを始めるが、サラは意識が指先に持っていかれてそれどころではなかった。
とにかく離れなければと手を動かすが、カリクスの手は追いかけるようにして近づいてくると、再びツンと指先同士が触れる。ピクリと、サラの体は小さく跳ねた。
「サラ」
言い合いをしているメシュリーたちには聞こえないであろう小さな声で名前を呼ぶカリクス。サラは俯いた状態で耳にも意識を持っていく。
「ちゃんとわざとだ」
「…………!?」
「嫌じゃないなら逃げないでくれ」
「〜〜っ」
「フッ…………良い子だ」
それから一時間、カリクスの指先が離れることはなかった。
お茶会もそろそろ終盤という頃、メシュリーは最後の挨拶をするため戻らなくてはいけないからと立ち上がると、それに合わせてサラとカリクスも立ち上がる。
「今日はありがとうございました。サラ様、またお会いした際にはお話してくださいね」
「もちろんですわ。こちらこそお招きいただきましてありがとうございました」
結局のところ、サラが秘密の花園で分かったことといえばダグラムに嫌われているということだけだった。
ダグラムに直々にお茶会に招待されたことに関しては話が逸れてしまったために分からなかったが、カリクスもそこに関してはスルーしているので構わないのだろう。
「サラ、こちらに来い」
「……? はい」
唐突に呼ばれ、一人座って腕組みをしているダグラムの元へ駆け寄ると、サラは言葉を待った。
それと同時に、カリクスの腕にそっと触れながら話しているメシュリーの姿は、サラからは見えていない。
「また社交の場に招待してやろう。お前は人の名前や顔を間違えたり覚えていないことが多いからな! 社交界に出ればその能力も身に付くだろう」
「そう、でございますね……ありがとうございます…………お気遣い痛み入ります」
サラは幼少期、両親にも同じようなことを言われたことがある。
──数をこなせば顔は見分けられるようになるから、と。
しかしそれは違う。サラの症状は、簡単にどうこうという類のものではない。
医者でさえ知らないといったこの症状は、根性やら努力といった類のもので改善されるものではないことは、サラが一番良く分かっている。
前までならば落ち込むところだか、カリクスや屋敷の皆が分かっていてくれると思うだけで、サラの遣る瀬無さをあまり感じずに済んだ。
「サラ、話が終わったなら行こう。皆が待っている」
「はい、カリクス様」
サラは穏やかな笑みを浮かべ、メシュリーたちに洗練されたカーテシーを行うと、カリクスと共に帰路へついた。
帰り際、サラは背中に視線を感じる気がしたけれど、先程までカリクスに触れていた指先のほうに意識が向いて、あまり深く考えることはなかった。
読了ありがとうございました。
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「サラに早く幸せになってほしい!」「カリクスもっとイチャイチャいけ!」 という方もぜひ……!




