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17 サラ、母と妹に怒りを覚える

 

 その声を聞き間違えるはずがない。

 サラは座り込んだ状態でゆっくりと振り返り、そして浴びせられる甲高い声に確信する。


「本当にお姉様じゃない! 何でこんなところに?」

「っ、ミナリー……」

「ミナリー! そこで何をしているの?」

「お母様! ちょっとこっちにいらして! 面白いものが見られますわよ〜」


 そうしてミナリーが手招きした先に居る人物に、サラは肩をビクつかせる。

 こちらも顔を見なくても分かる。18年間、一緒に過ごしたのだから。


 カツンカツンと近付いてくる足音が止まると、金色にラメのようなキラキラした物があしらわれた扇子がバサリと開かれた。

 口元を隠し、サラのことをまるで虫を見るような目で見下している。


「あら……あらあら〜立派なドレスを着ているのに座り込んでいたら勿体無いわ。お立ちになって?」

「えっ……」


 てっきり罵倒の一つでもされると思っていたサラだったが、掛けられた言葉は随分と優しい。

 それに扇子を持って居ない方の手が伸ばされ、どうやら掴まりなさいと言っているらしかった。


(どうして……? お母様は私に手を差し伸べたりするような人ではないわ)


 しかし転けたことで周りの注目を集めてしまった今、サラがこの手を掴まないこと即ち、人の善意を無下にする無礼な人間だという烙印を押されてしまうということ。

 貴族社会においてそれは『死』を意味すると言っても良い。名前を間違えるより、淑女としてマナーが未熟であることより、影響力は大きいのだ。


「ありがとう……ございます」


 つまり選択肢は元よりなく、サラは恐る恐る手を伸ばし、弱々しく掴む他なかった。そこまでは良かったのだが。


「えっ……きゃあ……っ」


 その手は虚しくも振り払われ、サラはドスンと尻餅をつく。醜態の上塗りだった。

 そんなサラの姿に周りから聞こえるあざ笑う声。完全にサラは『笑い者』として認識されてしまったのだった。


 サラは俯いたまま、ぽつりぽつりと口にする。


「酷い、です……どうしてここまで」

「嫌だわ酷いだなんて! 私は()()で手を差し出したのに()()()手を離したのはサラ、お前じゃないの」

「!? 違います……っ、私は……」

「うふふふっ、お姉様ったら酷いわ〜見た目だけじゃなくて中身も醜くなってしまったのね。可哀想に」

「私は……っ!」


 言い返さなければ、誤解を解かなければと思うのに、喉に何かが詰まったみたいに言葉が出てこない。

 周りの貴族たちは遠巻きで見てクスクス笑ったりひそひそ話をするだけで、助けてくれる人も居ない。


 サラは見知らぬ土地に一人で放り込まれたみたいに、心細さや悲しさや苦しみで胸がぐちゃぐちゃに掻き乱されるようだった。


 震えながら座り込んだまま動かないサラに、ミナリー達は、周りの貴族には聞こえないように小さく喉を鳴らす。


「無様ねサラ……その姿がお似合いよ。貴方みたいな出来損ないにこの場所は似合わないわ。それにそのドレスもジュエリーも醜い貴方には勿体無い代物よ。公爵家ってお金だけはあるのね〜」

「ふふっ、だってお母様、ほらお姉様って確か……」

「ああ! そうだったわね! 貴方には床上手っていう長所があったものね! ごめんなさぁい?」

「なっ、なんですか……それっ!」


 謂れのない言葉に、サラは慌てて言葉を返す。


「そもそも私とカリクス様はまだ婚姻が済んでいません……! 婚約者です……! ですからそんなことは有りえません……!」

「やだ〜まだ婚約者だというのに()()()()()()をしているの? 何も長所のない貴方にはそれくらいしか無いのだろうけど、自分のことを大事にしなさいな?」

「ミナリー泣きそう……! 相手があの『悪人公爵』だなんて……。ふふっ、お姉様大丈夫? 叩かれたり粗末な扱いをされてなぁい? ミナリー心配で心配で」

「ミナリーはサラと違って本当に優しくて良い子ね」


(誰がどの口で言うの……っ、どうして、カリクス様のことまで悪く言われなくちゃいけないの……っ)


 サラはそう思ったけれど、喉まで出かけた言葉をぐっと飲み込む。

 どうせ言ったって伝わるはずがない。信じてもらえるはずもない。

 無闇矢鱈に騒いでこれ以上騒ぎにはしたくないし、このまま黙っていたほうが二人は早く帰ってくれるかもしれない。

 サラはこのとき、そう思って、沈黙を貫こうと思っていた。──けれど。


「ねぇ、お姉様。公爵様の火傷痕って怖くないの? ミナリーだったら耐えられないわ……そんな男に嫁ぐなんて……だってほらあ、顔に火傷痕があるって気持ち悪いじゃない」

「醜い火傷痕の公爵様のもとにミナリーが嫁ぐことにならなくて良かったわ〜」


「────りない………」

「え? お姉様なーに? 聞こえなーい」


「黙りなさいって言ってるの」


 プツンと、今まで我慢していた糸が切れた音がした。


 顔が見分けられない症状のせいで家族に迷惑をかけた過去があるために、サラはどれだけ虐げられても、馬鹿にされても、何を言われたって我慢できた。

 嘘つきだと言われようが、それこそ床上手だと罵られようが、この悪夢が覚めるのを待てば良いのだと思っていた。


 だけれど、カリクスのことは話が違う。

 サラにとって、カリクスは初めて自分の症状を受け入れてくれた人だった。居場所も、食事も、寝床も与えてくれた。

 優しい使用人たちとの穏やかな日々、優秀な家臣たちと民のために尽くす日々は、サラにとってこの上ない幸せだった。


 それらは全てカリクスが居てくれたからこそだ。


 家族から身代わりに嫁がされた女でも、特殊な症状を持っていても、偏見の目で見ることなく、当たり前かのように受け入れ、そして優しくしてくれた。

 ありがとうと感謝の言葉をくれて、凄いなと褒めてくれた。


 火傷痕自体は、確かに顔がはっきりと認識できる人間には珍しく映るだろう。

 それでも実際のカリクスを知れば分かるはずなのだ。


 その火傷痕が人を傷付けた代償に出来たものではないことくらい、致し方がない事情があることくらい。


 本人がその火傷痕を、誇りに思っていることくらい。


「私のことはなんと言おうと構いませんが……カリクス様のことを悪く言うようなら黙っていません……今すぐ正式に謝罪してください」

「何なのこの穀潰しが偉そうに!! 公爵の婚約者になったからって調子に乗るんじゃないわよ! あんな冷徹非道な、み、に、く、い、公爵の!」

「そうよそうよ! お母様の言うとおりよ!」


 二人が自分たちの非を棚に上げて激昂するせいで、この騒ぎに気付いていなかった貴族たちも異変に気付き始める。

 それはぞろぞろと集まってくると、周囲に壁を作るようにサラたちの周りをぐるりと囲んだ。


(怖い……怖い……っ)


 誰なのか、どんな表情で見ているのか。それは分からないのに、例えようのない圧だけを感じるサラは無意識に身体がぶるりと震え始める。


 今すぐ逃げ出したいとさえ思った。けれど、サラは傷付けられたカリクスの名誉をそのままになんてことは出来ないと、ぐっと足に力を入れて立ち上がる。


 ドレスはややシワが付き、よく見れば汚れも付いている。

 淑女としては恥ずかしい姿ではあったが、その凛としたサラの立ち姿に、何故か周りの貴族たちは息を呑んだ。


「私の婚約者を侮辱したこと、いくらお母様とミナリーでも許すことは出来ません。もう一度言います。謝罪してください」

「なっなっ……!! サラのくせに生意気よ……!!」

「!?」


 その瞬間、ぐわっと扇子を持つ左手が振り上げられる。


(叩かれる……!)


 ギュッとサラは目を瞑る。あまりにも咄嗟のことで体は動かず、痛みを覚悟した、その瞬間。


 ──パチン!!


 扇子が振りかざされ、接触をした音が会場にこだまする。

 だというのにサラに痛みはなく、代わりに聞こえるのは周りの貴族たちのざわざわと動揺を含む声。


「どうして、貴方がどうしてここに──」


 母の聞いたことのないような怯えを孕んだ声に、サラはその全貌を見るためにゆっくりと瞳を開いた。


 目の前に映るのは漆黒の黒髪。風に吹かれたからなのか、いつもより乱れた髪だったけれど、サラが見間違えるはずがなかった。


「カリクス、様…………っ」

「ただいま、サラ。遅くなってすまない。──さて、ファンデッド伯爵夫人とその娘ミナリー、お前たちが私の婚約者に何をしたのか、説明してもらおうか」

読了ありがとうございました。


少しでも面白い、続きが気になると思っていただけたら、ブックマークや評価【★★★★★】でぜひ応援お願いします。感想もお待ちしております。執筆の励みになります……!


「サラに早く幸せになってほしい!」「カリクスやったれー!!」 という方もぜひ……!



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