16 サラ、男性に言い寄られる
カリクスが戦地に赴いてから8日目。ついに訪れたお茶会当日。
早めの昼食をとったサラは、衣装にメイク、髪型を変えたりと準備を進めていく。
一般的なお茶会、しかもガーデンで行われる立食形式ならば比較的動きやすいドレスで良いのだが、今回は王族という例外のために、やや格式高いドレスを着用する。
ミルクティー色の髪は軽く巻いて下ろし、落ち着いた赤色で袖が五分丈の涼しげなドレス、メイクは普段よりややはっきりと施した。
普段の優しげな雰囲気から一転してエレガントな仕上がりに、我ながらやりきった、とセミナは感嘆の声を漏らす。
「素晴らしいですサラ様……旦那様が見たら倒れるんじゃないかというくらいお綺麗です」
「いっ、言い過ぎよセミナ……! けれど、このドレス大人っぽくて素敵ね……それにセミナがいろいろしてくれたんだもの。きっと大丈夫よね」
「大丈夫なんてものではありません。私は会場の手前までしかお供できませんが、どうぞ近付いてくる輩にはご注意くださいませ」
「輩って……。大丈夫よセミナ、私は本当に美人でも何でもないんだから」
「サラ様………………」
本当にお綺麗なのに……とセミナは残念そうに呟く。
カリクスを含めた屋敷の人間がどれだけ容姿を褒めてもこのとおりである。
いっそのこと社交界で周りの男性に綺麗だと言われた方が、サラが理解するのは容易いかもしれないとセミナは思う。
──コンコン。
「はい。どうぞ」
「失礼致します。ヴァッシュでございます。おやサラ様……今日は一段とお美しいですな……旦那様が見たら倒れ」
「それはもう私が言いました」
「ほお、それは失敬」
セミナとヴァッシュのやり取りに、サラは堪らずクスクスと笑い声を上げる。
「ふふっ……それで、どうしたの? そろそろお茶会の時間だからあまり長くは時間が作れないのだけれど…大丈夫かしら?」
「こちらを渡しに参りました」
「えっ、これって……」
「セミナ、お前も私と部屋を出ますよ」
ぐぐ、とヴァッシュはセミナの首根っこを掴むと「失礼いたします」とだけ言って早急に部屋から出ていく。
まるで嵐が去ったようだが、訪れた静寂は今のサラにとって有り難かった。
「カリクス様からの……手紙」
ヴァッシュに手渡されたそれを、サラは大事に大事に開く。万が一にも破ってしまわないように、まるで宝物を扱うように。
数日前に実家からと王家から届いた手紙を開くときと違って胸が高鳴っていることは、サラ自身驚くほどに自覚していた。
丁寧な文字で書かれたそれを、サラはゆっくりと目を通す。
『サラヘ
まずは何も言わずに出ていって済まない。
私がいないからと無理はしていないか? それが一番心配だ。使用人や家臣たちに頼って穏やかに過ごしているなら嬉しい。
私は今ヴィジストとの国境で待機しているよ。おそらくあちらに戦意はないから戦闘にはならない。心配しないでくれ。
ただ屋敷に戻るのは少し時間がかかりそうだ。帰ったらそうだな、ゆっくりサラと話がしたい。頭を撫でたいし、頬にも触れたい。良いだろうか。
あまり長く書いても君のことばかり考えて職務が手に付かなくなるからやめておくよ。
だからそうだな、最後に、私の我儘を一つ聞いてほしいんだが──』
──カサリ。
サラはそこで、便箋を綺麗に折りたたみ、そっとテーブルの上に置き、重しを乗せた。
「さあ、行きましょう」
僅かに開いた窓からそよ風が吹く。
サラは髪とドレスを靡かせて、お茶会へと向かう。
◆◆◆
入り口手前でセミナと別れたサラは、ガーデンに入ると人の多さに足が震えそうになった。
上品な話し声、何か含みがある笑い声、ヒソヒソとした噂話、全てが貫くように耳に入ってくる。こういう雰囲気自体、サラは得意ではなかった。
加えて集団においてはサラの顔が見分けられないという症状は大きなハンデとなる。
勇気を持って社交場に来たもののまた失態を犯すわけにはいかないので、サラはガーデンの端にポツリと立ち尽くすことにした。
(大丈夫大丈夫……もし話しかけられて名乗ってくれない人にはまずは名前を聞きましょう。知らないのかって、嫌な気持ちにさせてしまうかもしれないけれど、間違えるよりはきっとマシよね……!)
そう意気込み、ぐっと拳を作ると近付いてくる足音に気付く。突如サラは一人の男性に話しかけられたのだった。
「レディ、はじめまして。私はダートンと申します」
「は、はじめまして。サラ・ファンデッドと申します」
「サラ、と言うのですね。名前も可憐な貴方にぴったりだ。ところで今はお一人ですか? でしたらあちらで私とお茶でも──」
名乗ってくれて良かった、と安堵したのは束の間だった。
ガシッ、と両手を絡め取られてしまったサラはぞわりと鳥肌が立ち、パッとその手を振り払う。
「も、申し訳ありません……! 私あちらに友人が待っておりますので……!」
友人なんてどこを探しても居ないのだが。この際嘘でも良いのでサラはこの場から離れたかった。
ダートンだからどうこうという問題ではない。カリクス以外の男性に、というのが大きな要因だった。
(どうしてなんだろう……カリクス様には何をされても緊張はしても嫌だなんて思わなかったのに)
しかしどこに行こうと代わる代わる男性が話しかけてきた。
丁寧に名乗ってくれるので失態を犯すことは無かったが、全員が美しいやら可憐やら、はたまた婚約者はいるか聞いてきたり、自分の地位の高さを自慢してきたり、等々。
(お茶会ってほとんど女性のはずじゃ……?)
確かに一般的なお茶会は女性の社交場とされている。男性がいたとしても社交界デビューを済ませていない未成年ばかりだ。
しかしそんなものは主催者の意図でどうとでもなる。それが王族ならば尚更のことだった。
サラはそんな男性陣から何度も何度も逃げ回っていると、主催者のメシュリー第一王女が近くに居ると気づく。
ちなみに顔で分かったのではなく、その人物の周りを囲む騎士たちが居ることと、彼女の前には令嬢が列をなしているからだ。
おそらく囲むのは王族専属の護衛であり、列があるのは主催者への挨拶待ちで間違いないだろう。
(私も挨拶に行かなくちゃ)
手紙の差出人は第三王子のダグラムだったが、このお茶会の主催者は間違いなくメシュリーだ。これは間違えてはいけない。
サラは列に並び、そして自分の順番が回ってくると優雅にカーテシーを行い自己紹介をした。
惚れ惚れするほどに美しいプラチナブロンド。ネックレスの宝石は今まで見たことがないくらい大きい。淡いピンク色のドレスも最先端のものだ。
だがどうにもサラにはひとつ気がかりだった。
そろそろ夏本番だというのに、首元も腕も全く見えない仕様なのだ。
もちろん過度な露出はありえないが、それにしたって若い未婚の女性が夏場に着るドレスとしては、いささか引っかかる。
意識をドレスから戻す。顔を上げると「ようこそいらっしゃいました」と鈴を転がすような声に、メシュリーは可憐な姫なのだろうとサラは想像した。
「貴方が……カリクスの婚約者ね?」
「え、あっ、はい。カリクス様とお知り合いなのですか?」
「ええ。貴方よりもずーっと前からね。彼のことなら貴方より知っている自信があるわ?」
可愛らしい声なのに、どこか棘があるように聞こえる。
カリクスと、呼び捨てにしたり、一般論で婚約者に言わないであろうセリフを吐いたり、サラにはメシュリーの意図が図れなかった。
「えっと……あの…………」
返答に困っていると「ぷっ」と吹き出してしまうような笑い声が上がる。
サラは理解出来ずに瞬きをパチパチと繰り返した。
「ごめんなさい、冗談よ」
「じょ、冗談でございますか……?」
「彼とは幼なじみだけど、最近のことは全く。風の噂で結婚するって聞いて……。けれど、まだ婚約段階なのよね?」
「はい。そのとおりですわ」
「そう。そうなのね──」
(また含みのある声だわ……顔が分からないから勘違いかもしれないけれど……)
挨拶待ちの人がまだ大勢いるため長話もどうかと思い、サラは再び頭を下げてからその場を去ろうとすると、またね、と手をひらひら振られる。
未来の主人が王族と知り合いなんて、貴族にとっては有り難いことだというのに、サラは何故だか全く喜べない。
(カリクス様のこと、呼び捨てに出来るような女性がいたんだ……)
そこに引っかかりを覚えることは自覚しているけれど、何故なのかは分からなくて、サラの心にはもやもやが募る。
こんなことではお茶会に出席した意味があまりないと交流を持とうとするものの、顔が見分けられないので話し掛けることも出来ずにふと足を止めた。
──ドンッ。
「きゃ……っ」
急に足を止めたせいか、後ろから誰かにぶつかられてサラは体勢を崩すと、派手にその場で転ける。
社交界で再び失態を犯してしまったことと恥ずかしさで顔をカァっと赤くすると、次の瞬間だった。
赤くなった顔が、血の気が引いたみたいに青くなったのは。
「その声……まさかお姉様……?」
読了ありがとうございました。
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サラに早く幸せになってほしい! という方もぜひ……!




