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13 サラ、呪縛はまだ解けない

ブクマ、評価、いいね、感想、レビュー、誤字脱字報告ありがとうございます。

執筆頑張ってまいります……!

 

 サラがアーデナー公爵家に嫁いでからひと月は、程々に仕事は回っていた。売上も先月とほぼ変わらない水準を叩き出し、公爵家から援助金まで入るというボーナス付き。

 今までは援助金無しで経営は回っていたことから、その援助金は所謂お小遣い扱いとなり、サラの両親と妹のミナリーは娯楽やドレス、ジュエリーにそれを使い果たしていた。


「貴方〜? どうしましたの? 叫ぶような声が聞こえましたけれど」


 廊下から妻にそう声を掛けられ、男は扉を開けることなく慌てて対応する。


「あ、ああ、虫がいたんだ……! もう居なくなったから平気さ」

「お父様ったら、ミナリーもびっくりしましたわ?」

「ミナリーもいるのかい!? す、済まないね……可愛い可愛いミナリー、今日はもうおやすみ」 


 そう言うと納得したのか、少しずつ2つの足音が小さくなっていく。


 男は安堵し、そして夕方家臣から渡された今月の利益報告書をもう一度読み直した。

 どかりと荒っぽく着席し、背もたれにもたれ掛かったまま行儀悪く紅茶を飲み干す。


 何度見渡しても、報告書の数字は変わらない。


「何がだ……何が問題だ…………。家臣たちは変わっていない、大きな恐慌も起きていない、多少の天候不順での不作なんて、今までどうにかなってきた。()の経営方針は何も変わっていないのに、どうしてだ!!」


 ふぅ、ふぅと乱れた呼吸を、肩を上下に動かしながら整える。


 そうしていると、ある人物の顔が思い浮び、男の中であるシナリオが作り出された。


「サラか……? まさかあのマヌケが……私たちに復讐するために公爵に頼み込んで圧力でもかけたというのか!? 今まで育ててやった恩を忘れやがって……!」


 今までどれだけ虐げられても家族のことを憎まず、家族のことを思って文句も言わず妹の身代わりに嫁いでいったことを冷静に考えれば、天地がひっくり返ってもその考えには至らないだろう。そもそも援助金を送っている先に不利益なことをする必要性がない。

 領地経営の大部分を担っていたサラが居なくなったから、経営が悪化したと考えるほうが何十倍、何百倍も合理的だ。


 しかし男はサラのことを雑務もまともにこなせない愚者──役立たずのマヌケだと思っているので、そうはならない。どころかすべての責任をサラのせいだと思い、怒ってティーカップを床に叩きつけた。


 ガシャンと音を立てて床に散らばる陶器の破片に、カーペットに染み込む紅茶のシミ。

 皮肉にも同時刻、カリクスも同じような状況に陥っていた。


 ただ大きく根本的に違うのは。


 一人は自分の不出来を疑わず、全てがサラのせいだと決め付け、自らティーカップを投げつけ割ったもの。

 一人はサラの境遇に悲しみと怒りを覚え、自身の拳を傷付けた結果、ティーカップが割れてしまったもの。


 前者の男は怒りにまみれ、ビリビリと報告書を破り捨てる。


「ハッ! こんなのは私の手腕でどうとでもなる。見ておれアーデナーの若造とサラ……! 私は()()も地位も権力も守ってみせるぞ」



 ◆◆◆



 場面は再び公爵家へと戻る。


 湯浴みを終えたサラはセミナを下がらせると、机に赴き筆を執った。視察で感じたこと、資料だけでは得られないリアルな現場の雰囲気、活気、それらを書き残しておこうと思ってのことだ。


 ──コンコン。


「はい。セミナ……?」


 明日の予定の変更でもあったのかしら? サラはそう思ってドアの前まで行くと、ドアノブに手を掛ける寸前に扉が開く。

 顔を見ても誰かは分からないサラはまず第一に声で人を認識し、その後に体格や服装からの情報で判断するのだが。

 今回は違った。半日ずっと隣りにいた人物のシトラスのような香りが、鼻孔をくすぐったからだ。


「カリクス様……?」 

「ああ、そうだ。よく分かったな」

「その、香りが…………」

「…………臭ったか?」

「いえ違います……! その、とても好きな香りです」


 恥ずかしそうに告げるサラに、カリクスはたまらなくなって抱きしめたくなる衝動に駆られるが、必死に理性で抑え込む。


「こんな時間に済まないが、部屋に入っても? 話がある」

「はい、もちろんですわ。どうぞ」


 そうしてカリクスを招き入れたサラは部屋の一番のソファへと案内する。

 なにか飲み物でも……と準備をしようとしていると、それはカリクスに手首を掴まれたことによって叶わなかった。


「気遣いは要らないから、今は座ってくれ」

「……? 分かりましたわ」


 なにか鬼気迫る雰囲気を感じ取り向かいのソファに座ろうとすると、カリクスが手を離してくれないのでサラは前のめりになる。

 これでは座れないと振り返れば、ぐいと掴まれている方の手を引っ張られてカリクスの隣へと腰を下ろす結果となった。

 まさか隣に座るなんてつゆにも思わず、サラはバッと隣のカリクスを瞠る。


「驚かせて済まない。だが今日は隣に居てくれ。近くで話したい」

「わっ、分かりました……」


ゴクン、とサラは固唾を飲み込む。


「じゃあ単刀直入に聞くが──」


 時計の分針がカチン、と音を立てて部屋に響いた。


「サラ、君は家族から、不当な扱いをされていたのか」

「……!? どうして、いきなり」


 サラの心臓は激しくドクンと波打ち、呼吸が浅くなる。

 どうしてもこの事実を、カリクスにだけは隠し通さなければならなかった。


「な、何のことだかさっぱりーー。私は家族に大事にされてましたわーー」

「…………サラ、嘘はつかなくて良い」

「両親は優しくてーー。妹には頼りにされてーー。それでーー……」

「っ、サラ、もうやめてくれ」


 尻すぼみに言葉が小さくなっていく。唇がピクピクと小刻みに震え、ぐわりと胸にこみ上げてくる何か。


 もうこれ以上は喋らないほうが良いと警鐘が鳴り響いた気はしたけれど、隠さなければという意識がそれを拒んだ。

 サラは下唇を噛み締めてから、言葉を吐き出す。


「家族を、愛していますわ……っ、私も家族に、愛され……っ、て……います……っ」


 つぅ、と頬に雫が伝う。しょっぱいそれをサラはもちろん知っていたけれど、流したのはあまりに久しく感覚を忘れていた。


 自分が涙を流しているのだと気付いたのは、自身の手の甲にぽつりと落ちたときだった。


「あれ……っ、わた、くし、どうして」

「……君の生い立ちについて既に調査済みだ。どんな扱いを受けていたかも、何を言われていたかも、分かっている。もう嘘は……つかなくて良いんだ」


 カリクスの手が伸び、サラの目の下あたりを人差し指で拭う。その手付きの優しさに、また涙が溢れ出そうになるのはどうしてなのだろう。

 カリクスの優しさが、肌から肌へと伝染したからなのか。


(もう全て認めてしまったら……そうしたら少しは楽になるのかしら)


 サラはそんなことを考え始める。

 家族のためにだとか、伯爵家の立場だとか、援助金がどうとか、もうそんなことは全てかなぐり捨てて、欲望のままにカリクスに慰めてもらいたい。

 頭を撫でてもらい、頬に触れられ、あの腕に包み込まれたならば、きっとこれ以上ない幸福だろう。


 ──けれど。


「嘘をついたことは、申し訳、ありませ、ん……。けれど私は本当に、大丈夫……っ、ですわ」

「酷い扱いを受けて平気なはずがないだろ……!」 

「だって私は……! 顔が見分けられないことで家族に……いっぱい迷惑をかけました……っ! これくらいのことで悲しんでは、いけないのです」


 自分自身に言い聞かせるように言うサラに、カリクスは言葉が出なくなる。

 どうやら想像していたよりもサラの心の奥底に抱えているものは大きく、ねっとりと絡み合っているようだ。


 それでも解きほぐして、解放してやりたいとカリクスは願う。そうするのは自分でありたいとも願い、サラに声をかけようとしたとき。


 コンコン、と控えめなノックの音に、二人は同時に扉の方向を見やる。

 サラは泣き顔のためにパッと扉から自身の顔を隠すように向きを変える。

 カリクスはタイミングの悪さに一瞬眉間にシワを寄せながらも、サラの代わりに扉付近へと出向いてドアノブをガチャリと回した。


 訪問したのはセミナで、無表情の彼女にしては珍しくバツが悪いと顔に書いてあるようだ。


「こんな時間に何だ」

「お話のところ大変申し訳ありません。……国軍からの使者の方が。早急に旦那様にお話がしたいと」

「軍から急ぎで、だと──」

「はい。かなりお急ぎの様子でした。お会いしてくれるまで門の前で待ち続けると、そう言っているようです」


 アーデナー公爵家は昔から名門ではあるが、カリクスの代でより一層名を轟かせることになった所以は、ひとえにカリクスの領地経営の手腕の高さと、個人の戦力の高さによる。

 少数の軍であれば、カリクス一人でも迎え討つことが可能だと言われ、その()()()()()戦闘力は敵だけでなく味方をも恐怖に落とし込んだ。

『悪人公爵』の異名は、火傷痕の見た目だけでなく、ここからも来ている。

 冷酷や残忍というのも、一人で敵の集団を壊滅させた事実が独り歩きをしただけで、カリクスは国のために敵と対峙しただけだった。


「…………ハァ、分かった。客間に通しておいてくれ」

「かしこまりました」


 カリクスはちらりとサラを見る。

 縮こまった背中を抱き締めて、涙が枯れるまで傍にいてやれたら──しかし公爵のカリクスに、その選択肢は選べない。


 カリクスは足早にサラの元まで歩いていくと、ソファに座って俯いている彼女の頭をそっとなで上げた。


「済まないサラ……国軍からの緊急事案だ。私は今から話を聞きに行く」

「…………はい」

「また明日話そう。私はもっと……出来るだけサラの心の内を知りたい」

「……分かり、ました。……お気をつけて」

「ああ、行ってくる」


 その言葉を最後にカリクスはサラの元を離れた。


 セミナには、何か気持ちが落ち着く飲み物をサラに持っていくように、とだけ指示を出して。



 そうしてカリクスは、屋敷から暫く姿を消した。

読了ありがとうございました。


少しでも面白い、続きが気になると思っていただけたら、ブックマークや評価【★★★★★】でぜひ応援お願いします。感想もお待ちしております。執筆の励みになります……!


サラに早く幸せになってほしい! という方もぜひ……! カリクスもっといけー! という方もぜひ!



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