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「座ってもいいか?」
「もちろん」
律儀にそう聞かれ、フェリエは椅子を進める。
彼が座り、フェリエはその向かいに座った。
椅子は二つしかない。
「フェリエ。単刀直入に聞く。お腹の子は俺の子か?」
(ここで嘘を言ったらどうなるのだろう)
刺すような彼の青い瞳を見つめながら、フェリエは思う。
先ほどの想像が本当ならば、彼女は子供失うことになる。それを考えると気が狂いそうだった。
「違う」
だからフェリエはそう答えた。
「そう言うと思った。だから調べた」
「調べた?」
「お前は俺以外とは寝ていない。しかも使用した避妊薬はただの栄養剤だ」
「はあ?どういう意味。っていうか私の行動を全部調べられるわけないじゃない!大体避妊薬だってなんて栄養剤って」
「俺が団の医師にあらかじめ話していた。避妊薬を渡すなって」
「な、なんで?」
「俺はお前を手に入れるつもりだった。孕んだら俺と結婚するしかないだろう?それなのに、なんで嘘をついて。しかも俺に何も話さないで」
「そんな勝手に!大体、貴族のあなたと私が結婚できるわけないじゃない!だから、私は」
「そのこともすでに騎士団長と話していた。団長の養子にお前を入れて、貴族の身分を手に入れさせて、結婚するつもりだった」
「そ、それって、なんで」
次々と明かされることにフェリエの理解は追いついていってなかった。
「体は堕ちてるはずなのに、心が全然俺に向いてなかった。だから既成事実をつくって結婚に持ち込むつもりだった」
「体が、」
彼女は夜の己の痴態を思い出して、恥ずかしくなって俯く。
「全然、全然そんなそぶりなかった。いつも本命の令嬢の話をしてるし。私の胸が小さいとかなんとか」
「嫉妬してほしかったんだ。だけど、お前は本当全然反応がなくて」
「な、我慢してたの。だって、私はあなたと体だけのつながりで、そんな好きだなんて気づかれたら、それすら終わりかもしれないと思ったから」
「フェリエ」
ジーンは彼女の名を呼ぶ。そしていつの間にか溢れ出ていた涙をその手で救った。
「気がつくのが遅れて悪かった。俺と結婚してくれ。何も心配しなくていい。俺に全部任せて」
「そんなの嫌。頼りっぱなしとか絶対に嫌。だいたい、本当にあなたは私のこと好きなの?ベッドの上でしか愛を囁いてくれないし。団内で話しかけてくることも少なかったじゃない」
「それは、お前を見るたびに、なんかモヤモヤしてやりたくなるから、見ないようにしてたんだ」
「な、何それ」
「別にお前がいいならよかったけど。そんなの嫌だろう?準騎士として頑張っていたお前を見てたから」
ずっと思われていた事実。
それを告白されて、フェリエの胸が温かいもので満たされる。
「ありがとう。そんな風に思われてるなんて知らなくて。私、本当に体だけの関係だと思っていた」
「……体だけなら、愛を囁いたりしない」
冷めた青い瞳が熱を帯びたように彼女には思えた。
それだけで、恥ずかしくなってフェリエは視線を外す。
「俺を見て。フェリエ。この半年ずっと我慢してた。だから」
「だめ。流れで関係を結ぶのはもう嫌。大体妊娠中に駄目なんだから」
これは彼女の嘘だった。
けれども彼は信じたようで、目を見開いた後微笑む。
「じゃあ、産んだ後な。二人目も楽しみだ」
その後、フェリエは騎士団長の養女となる。
養女となる前に、実家に久々に戻り事情を説明する。彼女が騎士団に入団してからほとんど戻っていなかった実家だったが、すでに養女の話はジーンから伝えられていたらしく、すんなりと了承された。それが少し寂しかったのだが、両親は騎士団に入団した時から、遠くに行く予感をしていたようだ。
めでたく貴族の令嬢になったフェリエはジーンの妻となり、リンダにお礼を言うことになる。同時にジョーに詫び、短期間ながらお世話になったサザリエ家に謝罪を入れた。
サザリエ家には、すでにジーンから連絡が入っており、知らぬのはフェリエのみだった。
彼女が知らないうちにすでに外堀は埋められていて、リンダは苦笑、当事者のフェリエは唖然とするしかなかった。
体からはじまった関係、実は勢いでもなんでもなく、ジーンはしっかり計算していた。途中彼の計算が狂ってフェリエに逃げられる事態に陥り、それ以来彼女を逃さないようにベッド以外でも愛を囁くようになったという。
(了)




