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「リンダ。本当にごめん」
「許してあげる。だけど、事情を話してくれる?本当は聞くつもりなかったけど、そのジーンって男が子供の父親なんでしょう?」
フェリエは誰にも話すつもりはなかった。
けれどもリンダ夫妻にはお世話になりっぱなし。
しかもジョーには小芝居に付き合ってもらった。
隠すわけにはいかないとフェリエは心に決めた。
「うーん。納得いかないわ。なんで話さなかったの?勝手にあなた一人で決めて」
「だって、おろせって言われたら嫌だし、結婚を迫っていると思われるのも癪だったから。まあ、結婚なんて平民の私には無理だろうけど」
「でも言わないのはだめでしょう?私はすっかり勘違いしてたわ。ジョーに様子を聞いたけど、本当、一度話したほうがいいわよ。おろせって言われても、今更無理だし。どうせ、一人で産むつもりだったんでしょう?だったら」
「嫌だ。絶対に」
「フェリエ。あなたのそういう強情なところ、好きだけど。今回は絶対に話したほうがいいわ」
「リンダ。色々ありがとう。でも嫌なんだ。本当に」
「……仕方ないわね。まあ、あなたは話さなくても」
「リンダ!絶対にジーンには話さないで。私は一人で産む。彼の負担になんかなりたくない」
「そう。そういうことなのね。大丈夫。私は話さないわ」
「ありがとう」
リンダとのお茶はそれで終わりで、彼女は帰っていった。
本当ならばフェリエが彼女の家を訪れ謝罪をしたかったのだが、リンダから手紙が届き、彼女が来ることになったのだ。
孕っている状態で馬車移動は良くないとリンダが主張したためだ。
オレルドからこの街に来た時も馬車移動だったので、フェリエは気にしてなかったが、リンダは譲らなかった。
「本当、リンダにはお世話になりっぱなしだ。いつか恩を返したい」
リンダとの出会いは、フェリエが暴漢から彼女を救ったことに始まる。それ以来、リンダは何かとフェリエの世話を焼こうとしてくれる。それは彼女が結婚してからも同じで、ジョーも同じようにフェリエに対して優しい。
しかし、フェリエは知らなかった。
リンダがフェリエの幸せを心から願っていることを。
だから、彼女が取る行動を予想できなかった。
☆
翌朝、寝ていると突然扉を叩かれた。
無視をしていたのだが、何度も叩くので、壁に立てかけてあった剣を手に取り、扉に近づく。
「何のようでしょうか?」
「俺だ。ジーンだ。家に入れてほしい」
「……こんな早朝から何の用?私には何も用がないから」
扉越しにジーンの声を聞いて、心臓が止まりそうになった。
どうにか自身を落ち着かせて、答える。
「このまま騒ぎ立ててもいいか?それとも扉をぶち壊しても?」
「……入って」
低い声でそう言われ、フェリエは息を吐いた。
(リンダが話したのね。だから言いたくなかったのに)
この時ばかりは彼女に恨み言を言いたくなり、フェリエは剣を下ろすと扉を開けた。
「物騒だな」
部屋に入った彼の最初の言葉がそれだった。
彼女は苦笑すると、剣を元の位置に戻した。
「寝起きだから、とりあえず着替えてもいい?」
「あ、ああ」
来てしまったら仕方ないとフェリエは開き直って、ジーンに尋ねる。
彼は多少動揺しつつ頷いた。
(今更。何度も体を重ねたのに)
彼女が身につけているのは薄いワンピースだ。
何度も洗っているので、生地は薄くなり、体の線が透けるほどだった。
あれほど会いたくなかった相手なのに、フェリエの心は落ち着いていた。
扉を開ける前まであれほど激しかった動悸もおさまっている。
「奥で着替えてくる」
カーテンで仕切りを作った奥の部屋に入り、フェリエは青色のワンピースを身につけた。準騎士であった頃はスカートなどはほぼ身につけたことはなかった。けれども妊娠してから、お腹を押さえつけないほうがいいと思い、家ではワンピースを着ることが多くなった。
「朝食はとった?私は今から食べるけど、一緒に食べる?」
着替えを済ませてカーテンを開けると、そこには手持ち無沙汰に立っているジーンの姿があった。
騎士団で見た彼はいつも自信たっぷりだったので、少しだけおかしかった。
彼の意図が何かはわからなかった。
けれども、お腹の子のことを知っているのだろう。
彼はちらちらとフェリエの腹部に視線を向けていた。
(リンダ。言わないでって言ったのに。知ってほしくなかった。彼には。何を言うつもりなんだろう。まさか、産んだ後、子供だけ取り上げるつもり?貴族ならありえる。身分相応な妻を迎え、もし子ができない場合、代わりに跡取りにするために。でも、もし生まれてしまったら?そうなるとこの子は……)
嫌な想像しかできず、フェリエは唇を噛んだ。
「フェリエ。話を先にしよう。そのほうがいいだろう」
「……わかった」
お腹は空いていた。
けれども朝食を準備する気力などなく、彼女は頷いた。




