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退団してから半年。
フェリエはサザリエ商社の社長の娘さんの警護の仕事につかせてもらっていた。
お腹も少しずつ目立ってきているので、そろそろ産休に入る予定だ。
産休は2年。
リンダの夫のジョーの縁を通じて、仕事を見つけ、産休まで取らせてもらえる。
騎士団に入団してから、貯蓄をしていることもあって、2年ほど働かなくてもどうにか生活ができる生活費はあった。産休をあけてからは、子守りを雇い日中は見てもらう予定だったのだが、子どもはリンダが預かってくれることになった。彼女には1歳になる子がいて、一緒に見てくれるとフェリエにありがたい提案をしてくれた。
何から何まで世話をしてもらい、申し訳ないので、給与の一部を保育料として彼女に支払うことにした。
リンダが渋るので、フェリエは直接ジョーに交渉して、受け取ってもらうことになっている。
「フェリエ!」
名を呼ばれ、フェリエは足を止める。
「ジョー。どうしたの?ああ、サザリエの旦那様のとこ?」
彼女の名を呼んだのはリンダの夫だった。
彼の店はフェリエが所属していた騎士団のあるオレルドの町にあり、この町からかなり遠い。なので、今日ここにいるということは、彼のお客さんで、フェリエの雇い主である、サザリエ商社に用があると考えるのが自然だった。
「そう。頼まれていたものを納品してきたんだ。君のことを尋ねたら、今日は休暇だっていうから、君の家によるところだった。リンダに頼まれたものがあって」
「リンダに?わざわざありがとう。本当にごめん」
「謝らなくてもいいから。リンダに怒られるからさ」
ジョーはリンダに惚れ込んでいて、押して押しまくって結婚に辿りついた経緯がある。その愛情は結婚して4年経つ今も変わっていないようだった。
(いいなあ。こういうの)
リンダのことを話すジョーの表情はとても嬉しそうで、フェリエは少しだけリンダに嫉妬してしまう。こういう風に思われることが羨ましいと思うのだ。
「ほら、これ。着古しで悪いけど。赤子の服。まだあるから、今度はリンダと一緒に持ってくるよ」
「ありがとう。あ、でも無理しなくていいから。大変でしょう?」
「大変じゃないよ」
「フェリエ?」
二人の会話に突然割り込んだ声があった。
「……ジーン」
それは半年前に部屋で別れたジーンだった。
任務の途中か、騎士団の制服を纏っていて、こちらに青い瞳を向けていた。
「フェリエ、俺」
ジョーが余計な気をきかせようとしたのか、彼女から離れようとしたので、フェリエは咄嗟に彼の服を掴んだ。
「フェリエ!」
彼女の行動に驚いてジョーが声を上げる。けれども、フェリエの顔に浮かぶ表情を見ると非難はせずその場に止まった。
「フェリエ。久しぶりだな」
ジーンは早足で二人に近づいてきて、ジョーを一瞥することなく、彼女に話しかけてきた。
「うん。久しぶりだね。ジーン。ジョー。彼はジーン・ケイス。私が前勤めていた騎士団の騎士様。ジーン。彼は私の夫のジョーよ」
ジョーは一瞬だけ驚いた顔をしたが、何も言わなかった。
フェリエはジーンが彼女の少しだけ膨らんだお腹を見ていたことに気がついて、おかしな疑いを持たれないうちにとジョーを巻き込んだ。あとでリンダにしっかり説明しようと心に決め、この芝居を続けることにした。
ジョーもフェリエの表情から何かしら読み取ってくれたらしく、芝居にのってはくれないが否定はしないでくれてる。
「夫。結婚したのか?」
「うん。実は騎士団にいた時から付き合っていたんだ」
「……やめたのは、その、結婚するためか」
「うん。ほら、なかなか言い出しにくくて」
嘘はつけないと思っていたが、フェリエは自分の口からそんな言葉がすらすら出てくることに驚いた。
「そうか。おめでとう」
ジーンの表情はやはり何を考えているか読めなくて、しかもそっけなかった。
彼はいつもそっけなく、ベッドの上だけ情熱的だった。
フェリエはふと思い出しそうになり、顔を背けた。
「ジーン。久々の再会で色々話したいこともあるけど、急いでいるんだ。ね。ジョー。ほら急がないとなくなっちゃうから」
「そ、そうだな」
腕を組んだ時にジョーはかなり動揺していた。けれども最後には芝居に乗ってくれたことに、フェリエは感謝した。
「じゃあね。ジーン」
何も言わない彼に背を向けてフェリエはジョーを急かせる。
そうして、しばらく歩き、路地に入ったところでフェリエはジョーの腕を放した。
「ごめん!」
何よりも急いで謝罪した。
愛妻家である彼をこんな芝居に巻き込んでしまい、怒っているはずだった。
「リンダによく説明してもらうから。事情はよくわらかないけど、リンダなら多分フェリエを助けるように言うはずだから、今回だけは許すよ。次はないからな」
「うん」
ジョーがそう言ってくれて、フェリエはほっとする。
同時にジーンがこの街にいたことは予想外もいいことで、こんなことは二度とないだろうと思った。




