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(まずい。これはまずい)
フェリエは頭を抱え込んでいた。
かれこれ予定日を二週間ほど過ぎたのに、生理が来てなかった。
恐る恐る、気心の知れている街の医者に検査してもらった。
結果は、陽性。
「フェリエ。おめでとう。予定はおそらく2月になるだろう」
「マイク。絶対に、絶対にこのこと誰にも言ったらダメだから。本当に約束してね」
「わかってる。だけど、中絶の手伝いとかは僕はできないからね」
「……うん」
フェリエはお腹をさすりながらうなずく。
今年で20歳になる彼女は準騎士の一人だった。平民はどう足掻いても騎士にはなれない。騎士になれるのは貴族だけ。昔は平民が騎士団に入団する事すら不可能だったので、入団出来て準騎士であるが団員になれるだけマシだとフェリエは思っていた。
騎士と準騎士では勤務内容が多少異なる。給与や待遇も勿論大きく違う。
初任給は準騎士は騎士の半分、有給休暇も半分。出世は小隊長止まりだ。それが嫌になって辞める者もいるが、騎士と同じ制服が着れるなど、不純な動機で入団試験を受ける者も多い。
フェリエの場合は、騎士団内で読み書きなど教育が受けられる事、一度入団したら一生働けそう、そんな理由で試験を受けた。
試験は体力勝負、忍耐力を競うものであったが、フェリエは見事に入団試験を突破した。
15歳に入団して、17歳の時に正式に準騎士になっている。
女の身で色々大変なこともあったが、現在、20歳。
準騎士としてすでに3年経過していた。
「父親は騎士団の仲間かい?」
「言いたくない。ごめん。本当に黙っていて。もし話したら一生許さないから」
「うん。わかったよ」
マイクは老年に差し掛かっている白髪の医師で、騎士団付きの医師より融通が利く。決められた分量しか薬の処方ができない団の医師と違って、こちらの希望を聞いてから薬を増やしたりしてくれる。怪我をした時も、団の医師は安静第一と休暇を取らせることを優先させる。けれどもマイクは早く仕事に復帰できるように、治療方法が少し異なり、完治した後も機能回復訓練を実施してくれる。
(やっぱり団の医師は陸でもない奴だった)
避妊薬は団の医師が処方したもので、フェリエは毎日飲んでいた。けれども妊娠してしまったのだ。
(文句言ってどこかに吊るしあげたいけど、それじゃばれるからできない。それよりもこれからどうするか。産む、産まないの選択からだ)
「フェリエ。大丈夫かい?」
「大丈夫。心配しないで。それより、本当に誰にも言わないでね」
「わかってるよ」
マイクの口の堅さは信頼できる。
けれども何度も確認せずにはいられなかった。
フェリエのお腹に宿る子の父の名はジーン・ケイス。金髪に青い瞳の美丈夫で、彼女の同期の騎士。
ある日、一緒に飲んでるうちにそういう関係になってしまった。けれども恋人同士ではない。お互いがやりたい時に、やるだけの「友達」だ。
彼の理想は、フェリエとは真逆。胸が大きく、小柄で可愛らしい女性だ。
理想を体現する本命もいるらしいが、どうやら身持ちが堅い。それなので欲望が溜まると誘われる。
フェリエには恋人がいない。
19歳までそういうことにも縁がなかった。騎士という男社会で、卑猥な話で盛り上がったりする。だから、彼女は知識が豊富だった。興味がないわけでもなく、だから1年前、酔った勢いでジーンとそういう関係になってしまったのだ。
それから誘われると、体が疼いてしまい、彼の手を取るようになった。
1度は事故、2回目からは目的を持った行為だ。
気持ちよくなるだけの関係。そのつもりだったのに。
フェリエはお腹をさすりながら、すでに産む覚悟を決めつつある自分にため息を吐く。
彼の子なら産みたい。
きっと、将来彼は身分の釣り合った貴族の女性と結婚するのだろう。彼であれば理想の外見の女性を選べるはずだ。
私はただの欲望の吐け口。それだけにすぎない。
(本当、団の医師め。ヤブ!)
舌打ちしてしまった後に、ひどく後悔した。
(でも、これはいい機会かもしれない。彼が誰かと結婚する前に退団する機会。リンダが言ってた。おすすめの勤め先があるって。貴族や裕福な商人の娘の護衛だ。年頃の娘を守るには若い男性よりも女性のほうが好ましい。しかも騎士団の準騎士であれば腕はたしかだ。だから引くて数多だって言っていた。子を産むとしたら、絶対に親には頼れない。結婚もしてないのに子を産むなんて反対するだろうし、父親の名を教えろとうるさいはずだし)
そうしてフェリエは友達のリンダに相談することを決める。
けれども彼女にも父の名を明かすつもりはなかった。
(これは絶対に誰にも言わない。この子にすら。この子は私だけの子。それでいいの。きっと彼に似たとても綺麗な子になる)
性別もわからない。
彼に似るのかも。
けれどもフェリエの心はすでに決まっていた。




