悲しき大発明家
人を見下したい。ずっとそう思って生きてきた。
私は生前、売れない発明家だった。
金持ちになって、名誉を得て、美女を侍らせて、人を見下したい。
そういう思いで発明品を常に生み出し発表し続けたが、社会から見向きされることはなかった。つまるところ、才能がなかったのである。
貧乏を極め、生きる意味を見失っていた私は自ら命を絶つことを考えた。
首を吊るなんてことは到底したくはなかったし、睡眠薬を大量に飲んでいる間の死への恐怖感にも耐えられる気はしなかった。
私は苦心の末、最期に痛みなく一瞬で死ねる装置を発明し、ボタンを押した。
私は気づくとあの世にいた。なんとも浮ついた場所で、彷徨っていると突然光の玉が目の前に現れた。
「ご案内します」
光の玉がそう言って、私を導いていった。
道中話を聞くと、どうやら自殺者は地獄に送られるようだった。
「最悪だ」私はそう言った。
「いえ、ご安心ください。自殺者は地獄で3日間過ごしたのち、天国に行くことができます」
光の玉が余裕のある口調でそういった。
しばらくして、私は地獄に足を踏み入れた。
地獄とは、うっとおしい場所であった。
地獄は焦土だった。天空には大きな黒い太陽が浮かんでいた。
焦土に十字架が所狭しと突き刺さっていて、裸の人間が磔にされている。
罪が重ければ重いほど十字架の背は高く、黒い太陽までの距離が近くなるので、重罪人の体を焼く 熱線は他の者よりも強い。また拘束される時間もより長いのだった。
「まだ着かないのか」
地獄の門を通ってから、しばらく歩いてもまだ光の玉は止まらないので私はそう聞いた。
足の裏が熱くて仕方ない。
逆に言えば、サウナのような暑さと足の裏のひりつきだけで済む程度の場所だった。
「あなたの十字架はもう少し先です」光の玉が答えた。
私はふと変な十字架を横切った。
「おい、今の十字架は上に向かって伸びている最中だったぞ、なんだあれは」
「さあ、何でしょう。具体的にはわかりかねますが、死後の犯罪でしょうね」
「どういうことだ」
「例えば、爆弾を仕掛けてから死んだとします。そうすればまず爆弾を仕掛けた罪で地獄へ来ますが、死後その爆弾が爆発して現世で大勢の人が死んだとなれば罪はさらに重くなり、十字架は上へ伸びて、黒い太陽に近づき強い熱線で焼かれるようになり、さらに拘束時間も長くなるのです。要するに、罪の上書きです」
「なるほど。しかし私には関係ないことだな」
「そうでございましょうね。あなたは自殺さえしていなければ天国に送られていましたから」
光の玉が一つの平凡な十字架の前で止まった。
「こちらがあなたの十字架です」
光の玉がそう言った瞬間、私の体は急に自由が利かなくなった。
体が空中に浮いて、十字架に強くたたきつけられれるようにして張り付いた。
私は文句を言った。
「乱暴にするな」
「申し訳ありません」
光の玉は感情のない声でそういった。
「それでは、これから三日間ここでお過ごしください。そののちまたわたくしがお迎えに上がります。食事や水はありませんが、何があっても肉体が死ぬことはありませんのでご安心を。
ありえないと思いますが、万一刑期が伸びた場合は、延長後お迎えに上がります」
つまり、私が現世でなにか時限式の悪さをしていた場合ということだ。
「それはない。ではな」
「はい、それでは三日後」
「ああ」
光の玉が消え、話す相手はいなくなった。隣の十字架につるされている人間とたまに目が合いはしたが、会話をする気にはならなかった。
とても暑かった。空気が乾いていた。のども乾いた。腹も減った。しかし、三日間程度であれば問題ない。
時々眠ったりして、一日目を過ごし、
苦しみに顔をゆがめ時々うらみつらみの大声を張り上げて二日目を過ごし、憔悴して三日目を過ごした。
そろそろ三日目が終わるころだ。そう思っていたら、急に十字架が揺れ出した。
そして、私の体は上へ上へと持ち上げられていった。
私の十字架が上へ少しずつ伸びていたのだ。
「おい、どういうことだ。出てきて、説明をしろ!」
光の玉が現れる気配はなかった。
「私が、何をしたというのだ、私が、私は、何もしていないぞ」
出てこい、出てこい、
どれだけ叫んでも光の玉は出てこず、私の十字架は伸びることをやめなかった。
私の十字架は伸び続け、およそ現世では雲ができるような高さにまで伸びて、まだ止まらなかった。
黒い太陽に焼き付けられ、頭のてっぺんに火が付き、顔が燃えて、全身が炎に焦がされた。彼は眼球が抜け落ちた黒い眼窩で無数に突き刺さる十字架の大軍を見下ろしていた。
そして意識のない彼にかまうことなく、罪の十字架は際限なく伸びていった。
一方その頃、現世では大変な騒ぎが起きていた。
『痛みなく死ぬことのできる自殺装置の大流行は、いまだとどまることを知りません』