星が綺麗(百合未満。キス未遂)
「あのとき、キスしておけば良かったなぁ」
たまに、思うのだ。
例えば、こんな風に晴れた夜空を見上げるとき。
自分の部屋で。ベッドに寝っ転がって。カーテンを閉め忘れた窓から空を見上げる、そんなときに。
「何で、キスしなかったんだっけ……」
私の脳裏に蘇るのは、修学旅行の夜。
修学旅行で泊まったペンション風のホテルは、二人ずつの部屋割りだった。
だから私はいつも通り、あいつと組んで部屋に泊まった。
山の中にあるホテルで、どの部屋も窓が異様に大きかった。
窓には何故かカーテンが付いていなくて、夜空がよく見えた。
『めっちゃ星見えるね』
『ね。めっちゃ綺麗だね』
窓際のベッドを取ったのは、あいつだった。
だから、あいつのベッドに二人並んで寝っ転がり、空を見上げた。
距離は、拳一つ分も離れていなかった。
手の甲と手の甲が触れ合っていた。
それが、嫌じゃなかった。
温かいなって、大好きだって、しっかり言葉でそう自覚していなくても思っていた。
ずっとこの時間が続けばいいのにって。
ちら、と横を見ると、あいつもこっちを見ていた。
あ、
と気が付いた。
今きっと、私たち同じことを想っている。
ギシ……
ベッドが軋んだ。
あいつが動いたのだ。
こちらににじり寄って来た。
手を伸ばして、私の頬に触れそうになって……
コンコンコンッ
『おーい、風呂行くべー?』
「……思い出した」
同じ班の子が、呼びに来たのだ。
だから、そこであの空気はパチンと割れて、私たちは強制的に日常の空気に戻された。
それ以降、どれだけ二人きりになっても、あの空気は訪れなかった。
夢みたいな。甘い。何処までも柔らかい。
まるで、永遠のような。
「あー……」
そして、私が就職で三年関東に行って、戻って来た時には見事に疎遠になっていた。
まあ、よくある話だ。
「でも、どうせまた忘れるな」
忘れて、「何でキスしなかったんだっけ」ってなる。
あの日、あのとき、もしキスをしていたら。
今、私はあいつと一緒に居ただろうか。
そんなことは無いって何処かでわかっているけれど、でももしかしたらという気持ちもあって。
「あー……星が、綺麗」
一つ二つくらいしか見えない星を見上げながら、私は『あり得たかもしれない世界線』に想いを馳せ、そんなことを呟いた。
END.