×××しないと出られない部屋にパーティーで閉じ込められた勇者の僕は咄嗟にイケメンを殺した。そして残った女性メンバーに……
「死ねぇぇぇぇ!!!! タルロぉぉぉぉぉ!!」
「ぐあぁぁぁぁっ!!?? ス、ストマ……ど、どうして……?」
僕は迷うことなく、タルロの背中から心臓に向かって勇者の聖剣を突き刺した。
タルロは腹から血を溢れだしながら、地面に両ひざを付く。僕はだめ押しと言わんばかりに、突き刺した剣を横凪ぎに振り抜き、彼の胴体を切り裂いた。
絶命したであろう彼はどさりと地面に倒れ伏す。
血の海に沈んでいく彼の顔は、いつもと同じように整っており、どこか美しささえ感じる。
しかし、生気を全く感じない。
「……死んだ、のか?」
カラン、と乾いた音が部屋に響く。僕の剣が落ちた音だ。
その音を聞いて、ハッとする。
タルロは死んだ。誰でもない、僕の手によって。
━━━━やった、ついにやったんだ。
すぐ近くで、この出来事を見ていた二人の女性は何が起きたのかわからない、という顔をしている。
それを見て、これからの事を考えると、僕の顔には自然に笑顔が湧き出て来るのだった。
━━━━━━━━━━━━━
僕の名前はストマ。
見た目はパッとしないが、これでも魔王を倒した勇者であり、国の英雄の一人だ。
僕は魔王を倒した後も、パーティーの英雄達と共に冒険を続けている。
そんな魔王を倒した仲間、英雄達が、女賢者のミラア、女武道家のリーズ、そして……。
魔法戦士のタルロだ。
俺達は国王の命に従い、新たに生成されたダンジョンの攻略に赴いた。
ダンジョンは攻略しない限り、無限に魔物を生み出す危険なものだ。だからこそ、産み出されたモンスターが強くならない内に、ボスを打ち倒し鎮めなければならない。
だが、僕らは油断していた。
地下50階層の事だ。
僕は、とある部屋に入ろうとした際、念入りなチェックを行っていた。
理由は、部屋の中から感じた事の無い膨大な魔力を感じたからだ。
ボスモンスターのような殺気は感じない……。もしかしたら新種のモンスターなのだろうか?
「ストマ様」
悩んでいる僕に賢者のミラアが声をかけた。長い銀髪と整った顔立ちが特徴的な女性だ。
「確かに、おかしな魔力を感じます。しかし、中には生物の魔力はありません。そこまで警戒することは……」
「うーん……、そうかな? 僕も危険じゃないとは思うんだけど……」
でも、罠があったときには被害が出るのは確実だ。パーティーのリーダーとして皆を危険に合わせるわけにはいかない。
「ストマ、大丈夫だよ! 私達を誰だと思っているの? 力を合わせれば不可能なんて無いんだから!」
そうやってガッツポーズを決めるのは武道家のリーズだ。女性にしては高い身長で、引き締まった体型をしている。
彼女には旅の中で何度も助けられてきた。信じていない訳がない。けれども……。
「もちろんさ! ……でも用心に越したことは無いし、まだこのダンジョンについて詳しい事はわかって無いから、慎重に……」
「ストマ!」
力強い男性の声に振り向くと、そこにはタルロが立っていた。彼はまるで、どこかの王族では無いのかと思うほどの、容姿と気品さを持っていた。
「俺達を信じてくれ。大丈夫だ、これまでどんな事があっても乗り越えて来たじゃないか! さあ、行こう!」
そう言ってタルロは僕の肩をがっしりと掴む。
僕は皆の言葉を聞き……、
「わかった。でも警戒だけは解かないようにしてね。何が起きるかわからない」
全員が頷き、この部屋に入る事を承諾した。
僕は警戒しながら扉の取っ手に手をかけ、ゆっくりと回す。
先ずは少しだけ隙間を開けて、中を確認しよう。そうすれば少しでも中の情報がわかるはずだ。
静かに、ゆっくりとドアを押し明けようとする━━と、何故か両開きのドアが一気に開放された。
部屋の中は、月の無い夜空よりも暗い深淵につつまれ、物音一つしない。
その光景にゾッと寒気が走る。
「皆! 逃げろぉぉぉぉぉぉ!」
僕は叫んだ。
もしかしたらまだ助かるかもしれない。
しかし、そんな思いはダンジョンには届かず、僕達全員、抗えない様な強い力によって部屋に吸い込まれてしまった。
次に目に飛び込んできた光景に、僕は目を丸くした。
部屋中を包み込む艶やかな桃色の照明。
鼻孔をくすぐる甘い香り。
部屋の中央に設置された、二人で使っても大きいと思うキングサイズのベッド……。
まるで、話に聞いていた娼館の部屋を思わせるような部屋だ。
「な、なんでダンジョンにこんな場所が……?」
この光景に頭の理解が追い付かず、思わず口から言葉が漏れでる。
なんなんだ、これは……。
「み、皆さん大変です! 後ろを見てください!」
ミラアの声に反応し、僕は焦って振り替える。
気づいていなかったが仲間達の全員この部屋に吸い込まれてしまったようだ。しかし、怪我などは無いようなので、僕は少しだけホッとする。
「そこの扉の上にある看板を見てください! 大変な事になったかもしれません……、ああ……、神よ……」
言われたとおり、扉の上に取り付けてある看板を確認する。
!?
「こ、これは……!」
「ええ!? どういうこと!?」
僕らは言葉を失った。
そこに書いているたのは……。
『×××しないと出られない部屋』
という一文だった。
「な、何だって!? ミラア説明してくれないか? 俺には理解が……」
「わっ私もだよぉ! お願い教えて!?」
タルロとリーズが混乱しながらミラアに詰め寄る。
ミラアは一度深呼吸をすると、落ち着いた様子で口を開いた。
「『×××しないと出られない部屋』……これは古に存在したと伝われし、伝説のトラップなのです。今では古文書に少しだけ記載がある位……、存在しないものと考えられていました」
いや、ミラア。多分皆が知りたいのはそういう情報じゃないと思う。
きっと×××って、ところが気になっていると思うんだけど。
「政略結婚を成立させるため王族が作ったという説や、サキュバスの餌場だという説があります」
「つまりどういうことなんだ!? 簡潔に教えてくれ! 俺達はどうやったらここから出ることができるのだ!?」
タルロが叫ぶ。どうやら冷静さを失いつつあるようだ。
「……この部屋の中で、誰かと誰かが性行為をしなければこの部屋から出ることはできません」
━━━━━!!
ミラアの言葉を聞き、僕の体は咄嗟に動いた。
奪われてなるものか……!
タルロ……! お前だけには絶対にやるものかぁ!!
そんな言葉が頭に響き、気がつけば、目の前には動かなくなったタルロと、化け物を見るかの様な目で僕を見つめる、ミラアとリーズがいた。
「す、ストマ……? う、そだよね? なんでこんなこと……」
リーズ……。
「ストマ様……! 神の加護を受けている貴方様が何故こんなことを……!」
ミラア……。
「二人とも、聞いてくれ……」
僕は床に転がった剣を手に取る。
すると、二人はビクンと体を震わせた。
魔法が使えないと言うのが本当ならばなら、ミラアは無力に等しい。
そして、武道家のリーズも神の加護を受けた僕には、力でも技術でも敵わない。
そしてこの部屋……。
二人にはこれから自分達がどうなってしまうのか予想が付き、怯えているのだ。
それを理解したうえで僕は━━━━。
「僕を……拘束してくれ……」
剣を魔法の道具袋にしまい、ロープを取り出すと、それを二人に向かって投げ、僕を拘束するように命じた。
「「………え??」」
━━━━━━━━━━━━
数分後、身動きができないように拘束された僕は、部屋の床に転がされていた。すべて、僕の指示通りだ。
そんな僕を見ながらリーズはただただ泣き、ミラアは侮蔑の目を向けている。
……仕方の無いことだ。僕は自分の都合だけで、タルロを殺したのだから。
「なんで……、なんでこんな趣味に目覚めちゃったのぅ……、ストマぁ……? 訳がわからないようぅ……」
「ストマ様……、いえ、この豚野郎。どうしてこうなったのか説明をしなさい。踏むわよ?」
……?
………………!
「ち、違う! 僕にそんな趣味は無い! 僕を縛らせたのは君達を怖がらせない為だ! こうすれば僕が何か間違いを犯す事は無いだろう!?」
「黙りなさい!」
「いった!? ええ!? 鞭? どこから持ってきたの?」
ミラアは何処からか取り出した鞭で僕をひっぱたいた。
ええ? 戦闘とかでそんなの使って無かったじゃん? なにそれ? 私物ですか?
「だからそんな趣味は無いんだってば!」
僕は必死に弁解しようと声をあげる。
「嘘を言いなさい! ならば何故タルロを殺したのです!? 私達二人に虐められたかったからでしょう!? さぁ鳴きなさい! 豚のようにぃ! なけぇ!」
「ミラア!? 落ち着いて! 賢者から女王様に転職しそうになってるよ!?」
「はっ……! すいません、私としたことが……。ストマ、話を戻します。何故タルロを殺したのですか!?」
僕はスッとタルロの死体を見る。
先程からピクリとも動かない……、確かに死んでいる……。
「タルロの……、タルロの道具袋を見てくれ。あり得ないものが入っているはずだ……」
「あり得ないもの? ……リーズ、お願いしてもいいですか?」
「うっ、うん……」
ミラアの言葉を聞き、リーズはタルロの死体の腰に取り付けてある魔法の道具袋に手をかける。
「それと、手記があったならそれも読んで欲しい……。アイツの……タルロの本性がわかるはずだ」
「タルロの、本性……? どういうことですか? 彼は私達に手を出すような真似は……」
ああ、やっぱり。
タルロは女性の前では本性を隠し生きていたのだ。流石国一番のイケメンと言われるだけはある。
勇者の僕よりも遥かに強く、そして美しい彼は世間から『本当の勇者』だと称えられている。
逆に背も低く、パッとしない容姿の僕は偽者と馬鹿にされていた。
だから、嫉妬心はあったのだろう。
しかし、タルロはその事を理解しながら、僕の事を真の勇者だと言い、いつも僕を目立たせるように動いていた。
僕の扱いの酷さを、王様に直談判しに行った事もある位だ。
僕は、そんなタルロこそ本当の親友だと信じていたし、真の勇者だと感じていた。
あの夜までは……。
「み、ミラア! こ、これ……」
「何かあったのですか! ……!? そ、それは……いったい……」
ミラアの顔が驚きに包まれると同時に、血の気が引いて真っ青になる。
タルロの道具袋から取り出した物を見せているリーズも同じような顔をしていた。
「……確かにこれがタルロの道具袋から出てくるのは」
「あり得ない……よね……」
俺は、あの忌まわしき記憶に目を向ける。
リーズが手にしていたのは、タルロの日記と……。
男性サイズのバニースーツだった。
「僕は……!」
頭がずきずきと痛む。思い出したくない……!
だが、言うのだ! 奴の本性を………………!
「それを着たタルロに……迫られたんだ……! 抱いてくれと……!」
僕は叫んだ。
魂の叫びだ。
あの夜、バニースーツを着込んだ筋骨隆々の男にベッドに追い詰められ、
「ストマ……。もう友人として見れないんだ……。さぁ……俺を抱いてくれ! 君の聖剣を俺の鞘に差し込んでくれぇ!!」
と、言われながら、押し倒された事を思い出し、泣き、叫んだ。
その後、魔王軍の襲撃があったからこそ何も無かったが……。だから本当に魔王には感謝している。殺すときに戸惑った位には。
後にも先にも、僕はあれ以上の恐怖を感じた事はなかった……。
「だから、この部屋に入った時、このままじゃ、あの悲劇がまた起きると思ったんだ……。僕には……、それが耐えられなかった……うう、っうう……! 貞操を奪われたくなかったんだぁ……! うぁあぁぁ……」
日記に目を通していたミラアとリーズの憐れみの目線が、泣きじゃくっている僕にへと向けられる。
情けないと思っているのだろうか?
だが、それでもいい。
あの、いつか襲われるのではないか、という恐怖を感じながらの生活から、逃げ出せるなら……。
「ストマ様……」
「ストマは……、なんでタルロを解雇しなかったの!? そうすればこんな悲劇は起きなかったのに!?」
「したよ! でも……、アイツは何故か僕の行く先々で現れるんだ……。タルロからは逃げられないんだよ!」
「えぇ……。けど……殺すほどじゃ……」
「そうです。ストマ様の気持ちはわかります。タルロの日記からも貴方の発言が嘘じゃない事がわかります。ですが……」
……わかっている。
この二人は僕を許さないだろう。
彼女達は少なからずタルロに惹かれていたようだった。
思い人が殺されたのだ。
許せるはずもない。
「わかってるよ……、僕は許されない事をした。だからこうやって縛ってもらったんだ……。さぁ、好きにしてくれ……」
僕は全てを諦めて目を瞑った。
なんだかもう疲れてしまった……。もうどうにでもしてくれ……。
「ストマ様……」
「わかったよ……。でもそれはこの部屋から出たらの話ね」
リーズの声に目を開けると、彼女は立ち上がり背伸びをする。
「私は別の方法で出ることができないか、この部屋を探してみるよ。ストマはここで休んでいて……」
そういうと、リーズは笑顔を作り去って行った。
「ストマ様。貴方の拘束を解くことはできませんが、私は貴方を信じます……。必ずここを出ましょう……」
ミラアもリーズと同じように僕の元を離れる、と思ったら彼女はくるりと振り返った。
「も、もし……、出る方法が見つからなかったら……その時はお願い……します、ね?」
そういうと彼女は顔を真っ赤にしてリーズの元に走って行った。
彼女達の誤解を解くことができ、かつ、今まで溜まっていた物を吐き出す事ができて、ホッとしたのか、
僕の意識はすぅっと薄くなり、夢の奥へと消えて行ってしまった。
……んぅ……んん……
むぅ……ぬんん……
?
僕は何かの呻き声に気付き目を覚ました。
あれ? なんで僕はベッドの上にいるんだ? リーズが運んでくれたのだろうか?
そう考え、二人を探して、拘束が許す限りの範囲を見渡す。
「んー! むぐぅ……! んー!?」
「んぅ……。うむぅ……」
すると、目の前に拘束され、猿ぐつわまでされたリーズとミラアの姿があった。
「ふ、二人とも! くっ、クソ! 一体誰が……!?」
×××しないと出られない部屋なんて嘘だったんだ! 誰かが罠を張って潜んでいたんだ!
っく、どこに……。
そう考えながらもがいていると━━━━、
「俺に決まっているじゃないか。ストマ……」
後ろから、最も聞きたくなかった男性の声が聞こえた。
……バカな。
そんなバカな!
嘘だ! あんなになって生きている人間なんていない! これは幻覚だ! 悪い夢だ! 嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だぁ!
頭の中がぐちゃぐちゃになる。
グッと肩に誰かの手がかかり、俺は寝返りをうたされた。
「やぁ、ストマ……。俺だよ。君のタルロだよ……」
そこには、バニースーツを着込み、体のとある部位を膨らませた、タルロの姿があった。
「うぅわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
爆発した。
頭の中で、グチャグチャとしていたものが爆発して、全て吹き飛び、逃げろという言葉だけが残る。
しかし、体はロープにより拘束され身動きができない。
「ああ……、さっきの剣はとても良かったよ……、君の愛を感じた……」
「な、なんで……」
「ストマ、僕は……魔王になったんだ」
「!?」
「君は勇者だ。勇者は魔王と戦う運命を授けられる……。つまりこの二人は運命の糸で繋がっているんだ!」
「なに言ってるのお前!?」
俺の言葉は聞こえていないかの様に、恍惚とした表情でタルロは語り続ける。
「それが許せなかった! 妬ましかったんだ! だから俺は、死んだ魔王の魂を取り込み、魔王の称号を受け継いだ……!」
「そ、そんな……。一体どうやって……」
「俺の激しいリビドーが! それを! 可能にした!!」
駄目だ! 何を言っているか全くわからない! 理解したくない!
「魔王の力があればあの傷でも修復できる……、それに、こんな素敵な部屋もダンジョンに作る事ができた」
!
「こ、これは……お前の仕業……だったのか?」
そう言うと、タルロはにんまり笑う。
そして何も言わずに、ベッドに上がると俺に覆い被さるように四つん這いになった。
「あの二人には仲人になって貰うつもりだ。俺達の愛を見せつけたら地上に返すよ……」
首を回して、二人を見る。
二人とも涙を流し、もがいていた。
「ぼ、僕は……、僕はどうなるんだ?」
「なんだいストマ? さっき、君が言ってたんじゃないか……」
タルロは、これまでに見たこともない笑顔を僕に向けた。
「魔王からは逃げられない」
「や、やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉ!!!」
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数日後。
勇者の仲間である、英雄ミラアとリーズが、王都の門の前で発見された。
証言によると、勇者一向はダンジョンにて魔王の魂と出会ってしまったらしい。
ミラアとリーズは早々に拘束されてしまったが、英雄ストマとタルロは激しい戦いを繰り広げ、二人を地上に転送した。
二人の戦いはまだ続いている。と言うと、それ以降は口を閉ざしてしまった。
そして、その出来事から数年……、未だに世界には魔王は現れない。
きっとまだ二人は戦い続け、魔王を押し止めているのだろう。
これは二人の勇者のお話。
真実を語るものは、誰もいない。