6話 鍛錬と暴走
考えが甘かった。まさか剣士も魔法を使うとは。
先程、カシオに話をして聞きに行くと「魔法は使えないが魔力はある」との事だった。
完全に俺の勘違いじゃねえか。俺がこんなくだらない勘違いをするとは一欠片も思っちゃいなかった。
変だとは思ってたんだよな。みんな俺とあんま体型変わんねえのに、何であんな楽々こなしてんのかなって。この違和感の正体がこれだと突き止めていればもっと早く対策が練られたかもしれねえ。
完全にミスってるなこりゃ。まあこれ以上自分を責めても仕方ねえ。今はどうやって大会で戦うかを考えなきゃな。
「キョウヤ、だから大会で優勝するのは諦めた方が……」
「いいや、大丈夫だ。俺はこのミスに気付いちまった。間違いに気付けりゃ、後は直すだけだろが」
俺の隣でパインが何か言ってやがる。諦める?そんな事出来る訳が無い。
魔王に辿り着く道は険しい。それを言ってたのはパインじゃねえか。だからこそ、俺はこの目の前に転がってきたイレギュラーバウンドのライナーを捌く必要がある。これが魔王へ辿り着ける証明にもなる。
俺は日本という、精神を崩壊させられそうになる国で育った。だから分かる。俺自身がどれだけ屈強な精神力を持っているか。
「元々、魔力は使わずに戦う予定だった。剣技の訓練で既に、俺と奴らとのレベルが違え事ぐれえ、理解していたからな。俺は魔力も無けりゃ剣の経験も無え。じゃあどうするか。野球って得意分野があるじゃねえか!」
「どうしたんだ、いきなり」
「わっかんねえか?適当に石ぶん投げときゃ、距離詰めらんねえからまず剣士に有効。魔法使いにも詠唱の暇を与えねえから有効。まあこの戦法は、俺が奴らに確実に当てられる事と、奴らに通用するレベルの威力を出せる事が前提だ」
「なるほど。石を投げるのか。確かに攻撃までの予備動作が無いとすれば、魔法を使う暇なんてないし、剣士だって思うように動けない。だか君が言った通り、相応の威力と精度が必要になる」
「その通りだな。だが俺には、もう8割くれえは備わってんだよ。たまに公園で玉投げてたし、持久力と投球に使わない筋肉以外には自信がある」
俺の発言を聞いてパインが溜息を吐く。どうやら奴らに通用しないと思っているらしい。
「付いてこい。いいもん見せてやる」
俺は寮の裏側へ向かった。そこらに転がっている手頃な石を拾い集め、自分の足元に置いた。
「野球に興味があったんだろ?ならここで覚えてけ。先ずは……投手が投げる!」
俺は言葉と共に、ピッチャーがマウンドから投げるように投球した。
右手に石を握り、両手を頭の上に大きく上げ、右足を90度開き、右足に全体重を乗せて立つ。右足の膝を曲げ、前に体重が移動すると同時に右手を後ろに、左手は前に。マウンドを蹴るように右足に力を。左足で踏み出し、左手を脇まで戻し、右手を鞭の様にしならせる。そのまま勢いを保ち、手のひらが投げる方へ向き、肘を中心円とした遠心力が投げる方へ向いた瞬間、リリースする。
この感覚。やっぱ最高だぜ!!
石はシューッと音を立てながら壁に吸い込まれるように、一直線に向かう。壁に当たった瞬間、石は砕け散った。
「これは……!」
「これが初戦祭で俺が活用しようとしてるやつだ」
「凄いな……中級魔法と同等の速度、そして破壊力。これならルール上問題ないし、十分に通用する」
「野球ならこいつをバットで打ち返す。18.44m先からの球をな」
「そんな事できる奴がいるのか?」
「まあ俺程度の球ならプロは全員打ち返しすんじゃねえか?これは時速110キロぐれえしか出てねえし」
「驚いたな。それより更に速く投げれるやつがいるのか」
「そうだな。最高で169キロって記録を出すバケモンが海外にいたな」
「もう魔力いらないじゃないか」
「話を戻して、加工した木や鉄でこいつを撃ち返すのが打者、バッターだ。で、大体は投手以外の8人が球を返すまでに打者は走者となって、3つのベースを経由してホームベースに帰って来れば1点だ。走者は、球を持った野手に触られてもアウト出し、地面に一度も付いていない球が野手に取られると打者はアウトだ。アウトが3つになったら攻守交代。わかったか?」
「なるほど。転がしてその間に走るんだな。放物線状に打てば取られてアウト。3つのベースに順番はあるのか?」
「説明が不十分だったな」
俺は地面に四角を描いて反時計回りに回る事を説明した。
「なるほど。ベースに付いていれば触れられてもアウトにならないのか」
「ああ。だが、後ろのベースに走者がいて、打者が打った場合にはもう走らなきゃなんねえ。そこに居たら2人になるから、そこに投げられたらどちらかがアウトになる」
「1つの場所には1人だけという事か」
「そうだ。細かい作戦を抜けば大まかにはこんな感じだ」
「野球か。やってみたいな」
「お前球取ったりバット持ったり出来んのか?」
「今は無理だな」
「今は?ずっと無理じゃね?」
「こうするのさ」
パインは人間の体に猫の顔という異様な生物に変身した。
「これで大丈夫だ」
「だいじょばねえよビジュアルが」
俺はこの日は投球練習をして時間を潰した。途中、パインに「投球動作が長い」と言われた。その後ノーモーションでピッチング時と同じ速さで投げられる様に練習し、会得した。
休日の朝、京矢は早起きすると寮の裏へ向かった。
「パインは朝が遅いな。やっぱ猫はのんびり生きてんなあ」
京矢は左手に10個ほど消しゴムサイズの石を持ち、1個を右手に持つ。
「こいつを落とさねえように……」
京矢が石を投げると、左手から1個石が落ちた。
「チクショ……もう一回!」
京矢は左手の石を1つ、右手に持ち替えて投げる。今度は1つも落ちなかった。
「よし!後は連続で投げられるようになれば完成だ!」
京矢はそれから1時間投げ続けた。
京矢の部屋で、パインが目を覚ます。
「ん、京矢はもう起きたのか」
パインは手で顔を擦ると、伸びをする。
「様子を見てみるか」
パインは寮の裏へと向かった。そこでパインが目にしたのは、連続で石を投げつつ、小刻みなステップで壁との距離を詰める京矢の姿だった。
(何あれシュール)
「フッ、ハッ、フッ、フッ、ハッ、ハッ」
京矢の連射速度は毎秒2発。1回のステップで詰める距離は京矢の歩幅の半歩程度。少しずつ距離を縮めるということは、次の投石の到達速度を上げることになる。京矢の投石という戦法を知らなければ、相手は1発目を避ける事が困難であり、間隔が短くなればなるほど避けるのは不可能に近くなる。
「うあァッ!!」
今日の京矢の背中には木刀が装備されており、京矢はそれを0.5秒で抜刀し、壁の前に向ける。
「出来たぞ!これで優勝だ!!」
パインは目を見開いて声を洩らす。
「まさかたった1日でここまで……キョウヤに人間の常識は通用しないってことなのか?」
京矢は木刀を地面に放った。
「キョウヤ……?」
京矢は微動だにせず立ち尽くす。
「ウゥ……ウオオオオオオアアアァァッ!!」
突然の爆音にパインは目を瞑って怯む。パインは片目を開け、京矢を見る。
「ッハァァァ……」
「なんなんだあれは……!」
「ウオアッ!!」
京矢は地面を強く蹴り、跳び上がる。京矢は自身の身長の約3倍跳んだ。
「有り得ない……異世界人は全員あんなに跳べるのか?……いや、そうでもなさそうだな」
パインは京矢の様子から、今の京矢が異常なのだと判断した。
京矢は地面に右拳で着地すると同時に、右拳を地面に突き出す。地面に亀裂が入り、京矢の右腕は折れる。
「あれは止めなきゃマズいことになる……」
パインは京矢の前に立ちはだかった。
「キョウヤ、君が凄いのはわかったから無理はするな!」
京矢はパインの言葉に何の反応も示さず、唸り声を出しているだけだった。京矢の目付きはとても凶悪なものだった。
「オオオォッ!!」
「クッ……!」
京矢は地面を人蹴りし、パインとの距離を一瞬にして詰める。
「なっ……!?」
京矢の蹴りによってパインは後方へ大きく吹っ飛ばされる。
「ぬぐああっ!!」
パインは痛みに耐えながら、4本の足で、滑りつつ着地する。
「ぐ……ハッ!!」
パインの体が光り、パインの表情から苦しさによる歪みが消える。
「この痛み……気を抜くと殺されるな。キョウヤ、君に何が起きているのかわからないが、君がその気なら……僕は全力で君を捩じ伏せる!!」
パインの体は黒い光に包まれる。
「はぁぁぁぁっ……!ニャァァッ!!」
黒い光が消え、姿を現したパインは3mの体を持った何かとなっていた。鋭い牙に、尖った尻尾、背中からは赤く長い触手のようなものが2本生えていた。
「キョウヤの体は後で治す。今僕がやるべきことは……京矢を気絶させること!」
「ァァアアアアアアァッ!!」
再び距離を詰める京矢を、パインは悲しみと覚悟の入り混じった複雑な感情で迎えた。