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魔法も剣も使えない最強  作者: 戻れない青春
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3話 ドンゴラス訓練所2

 京矢とパインが食堂で食事をしていると周りから嘲笑が聞こえて来る。

「あいつ300も出来ないなんてやる気あんのか?」

「やる気があってあれなんだろ。何もやってこなかった訳じゃあるまいし、才能が無いとしか言いようがないよな〜」

「身の程を弁えろって話だな!」

「ハッハッハッハ!」

「……はぁ」

 京矢は溜息を吐く。

(どこの世界でも劣等生はネタにされんのか。人間はやっぱこういう風に出来てんだな)

 カシオは話の種である京矢に近づく事が出来ずにオロオロしていた。



「キョウヤ、大丈夫か?」

 周囲の言葉を聞いたパインは京矢に気遣う。

「体は結構キツイが心は全然平気だ。野球部の扱きに比べれば無傷だ無傷」

「ヤキューブってなんだ?」

「俺の世界の9対9のスポーツ、野球。球を投げたり打ったりして最後の得点が多い方が勝ちだ。素人がやる遊びから、熟練者達が金を稼ぐ為に行う試合まで、レベルは場合によって違え。野球部ってのは野球をする集まりみたいなもんだ」

「ラムタームガみたいなものかな」

「なんぞそれ」

「ラムタームガはこの世界の団体競技で、かなり前の時代から嗜まれてきた。7対7で相手の持つポイント玉を奪い合って、最終的にポイントの多い方が勝ちになる」

「なるほどな。野球は球を1つしか使わねえからラムタームガ?ってやつとは全然違えよ。それに相手に向けて攻撃なんてしねえ」

「へぇ……相手を攻撃せずに競うのか。この世界では絶対に出ない発想だな。君たちの世界は変わってるな」

「異世界ってだけで、ここまで考え方が違えのか……」

 パインと話している内に京矢は朝食を食べ終わった。

「とても興味が湧いた。また今度ヤキューについて詳しく教えてくれ」

「ああ、今度な」


 京矢は汗を流しに浴室へ向かった。この世界の風呂には魔法が使ってあり、浴槽の水は絶えず魔法で温められている。シャワーは決められた言葉に反応して湯を出す仕組みになっている。

「温水出でよ」

 京矢は出てきた湯で汗を流し、石鹸で汚れを落とす。この世界では髪の毛も同じ石鹸で洗う。

「温水止まれ」

 京矢は洗い終えると湯に浸かる。

「ああぁ……生き返んぜこれは」

 まだ未成年でありながらオヤジ臭い反応をする京矢。因みにパインは濡れるのが嫌で、同行しなかった。


 京矢は風呂から出ると温風エリアに行く。温風エリアでは、魔法の温風によって体や髪を乾かす事が出来る。水の魔法も使ってあり、除湿効果でより早く乾燥させる事が出来る。

「温風よ来たれ」

 京矢が言葉を口にすると風が出て来た。しかし温風ではなくただの風だった。

「なんぞこれ……冷てえじゃねえか。いかんぞこれ……風邪引いちまう。温風よ去れ」

 京矢が言葉を口にすると風は止まった。

(念の為にタオル持って来て正解だったな)


 京矢は体を拭いて自室に戻った。パインはいつも通り、ベッドの上に転がってだらけている。

「いい湯だったぞ」

「そうかい」

 風呂に魅力を感じないパインは、京矢の方を向かず素っ気無い態度をとる。

「まあ温風は出なかったけどな」

「そうかい」

「お前、機嫌悪くね?」

「そう見えるか?」

「見える。そんなに風呂嫌いなのか?」

「温泉には嫌な思い出があってな……ああ、思い出しただけで親指の第2関節が曲がりそうだ」

「分っかんねえよ」


 京矢は首を鳴らしてベッドに座る。パインは京矢を横目に見ると、京矢に尋ねる。

「今日は午前中はもう授業ないんだったか?」

「ああ。初日は午前と午後で1科目ずつって話だし、明日は2日目にして休みだな。休みが週に3日もあるなんて日本の学生が聞いたらぜってー羨ましがるだろうな」

「そんなに忙しいのか君の世界は」

「まあ基本的に座学だけだからな。とは言っても、自分の進路とは全く関係の無え勉強までやらされるな。だから日本の教育が時代遅れだって意見もあるし、俺だってそう思ってる。言語習得に至っては、ネイティブの発声を中々聞かねえから、日本人は皆んな日本語発音になっちまってる」

「ふむ、例えば?」

「意味は分かんなくていいから聞いてろ。日本語発音はトラブル。ネイティブ発音なら、口の中の空気を少し吃らせて……チュルォゥブォ、て感じだ」

 京矢の口からは、日本人から発せられたとは思えないような音が聞こえる。


「確かに全然違うな。発音の仕方が違うから、それじゃ言語を学んだとは言えないな。でも、他の人間はそれに気が付けていないんだろう?君だけがその違いに気付くことが出来た理由は何だ?」

「それは……人の真似が得意だからだな。流石に声の質までは真似る事は出来ないが、発音や声の高さとか、行動で言えば野球の投手や打者のフォームを真似ることは出来る。日本での学ぶという言葉の語源は真似ぶという言葉だって説もあるしな。まあ詳しくはわかんねえらしいが、俺はそうだと実感している。最初は人の癖を馬鹿にする感じで誇張すんのもアリだ。唯、本人の目の前でそれやるとぜってー怒るからやんねえ方がいい」


「凄いな。君はそんな技術を持っていたのか。それを使えば、他人のいい部分をどんどん吸収出来るじゃないか。魔王との対話も近いかもしれないぞ」

 パインの言葉を受け、京矢は眉を下げて微笑する。

「いいや。世の中そんな上手くいくもんじゃねえさ。今朝の剣技の授業じゃ心肺機能から筋力、そして剣を扱うって経験まで、全部が足りていなかった。それらは継続によって練り上げられるもんだ。余程の天才じゃねえ限り、全身を最初から上手く扱えるなんてありえねえ。もし俺が野球を続けていれば、息切れはしなかったかもしれねえし、筋肉痛だって少しは防げたかもしれねえ。だが、未経験って大きなハンディはどうしようもねえな。俺が剣道やってりゃ、野球続けてるより良いところまでいけんだろうがな……てな訳で、この技術を使うのにも最低限の体力や経験は必要になんだよ」

 京矢の表情から京矢の心情を察したパインは、先程の自らの態度が悪かった事も反省しつつ下を向く。


「そうか。でもこれはチャンスじゃないか。これから君は1年をかけてここで学ぶ。経験と体力を養うには十分な時間じゃないか。少しずつ他の訓練生の型や技を見て盗めば十分互角に渡り合えると僕は思うね」

「まあ何れはそうなるかもしれねえ、てかそうなるつもりではあんだよ。だが、周りと同じってレベルじゃ魔王とは程遠い。それにまだ俺の筋肉は剣に馴染んでねえ。昔は野球やってたし、体力はすぐに戻ってくるとは思うが……今の俺がこの世界で生き抜くには、時間経過で得られるものだけじゃ足んねえ気がすんだよな。気持ちとか覚悟とか……」

「確かに英雄は幼少期に壮絶な体験をして、大きな覚悟を持っていると聞く。だが、それは向上心を持って日々努力している人間の成果を羨んだ人間によるものが多い。大きな流れに逆らう前進には、大きな圧力がかかるものだ。君も日々向上心を持って生きれいれば、そんな機会もいずれ訪れる。君が心配すべき事は、その圧力に耐えるだけの心を持っているかどうかじゃないのか?」

 京矢は何かに気付いた様に眉を上げると、表情を緩めて微笑んだ。

「そうだな。結局は心の持ちようだ」


 京矢は回想にふけった。頭の中に思い浮かべたのは、京矢の心の基盤を作ったある人物。

『キョウ、野球知っとるか?』

『キョウ!ええ球投げれとるぞ!』

 京矢が思い浮かべたのは、京矢の祖父だった。


『キョウ……大事なんは優れた人間になる事やないんよ。いくら強くても、人を思いやらんようなやつは孤立して自分を苦しめる。ヒーローも応援してくれる人がおらんかったら何にも頑張れんくなるんよ。ヒーローは人を助けて初めて本当のヒーローになるんぞぉ?今は分からんでもいつかわかる。しっかり覚えとけやぁ?』

『うん!覚えとくわい!こんぐらいの言葉ぁ全部簡単に覚えられる!任せといてくれやぁっ!』

(じーちゃん……言葉の意味、本当の意味でようやくわかったぜ。どんな奴も1人じゃ生きていけねえ。パインがいなきゃこの世界の立ち回りも分かんなかった。何かを頑張る時だって同じ筈だ。心の支えになる奴を思い浮かべて、応援されて、それで初めて頑張れるんだよな。パインが俺の心の支えになってるれてるのなら、俺もパインの心の支えに、いずれなれるといいな。俺には「どうせ暇だから」とか言ってたが、お人好しじゃなきゃこんな面倒な事に付き合ってくんねえよな。パイン、お前は本当にいい奴だよ)

 京矢はパインを横目に見て笑った。

「何を笑ってるんだ?」

「なんでもねえよっ」

 その空間には京矢とパイン、互いにゆとりを与え合う効果が発生していた。

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