あいさつ
両手の人差し指だけを立て、指を向かい合わせ、同時に2回曲げる。それが、相手のあいさつだった。
毎朝七時過ぎに学校の前で会うおじいさんだ。おじいさんは、口がきけない人で、いつも手話のあいさつと同時に、言葉にならない音が口から漏れていた。
おじいさんは、毎朝笑顔であいさつをしてくれる人。小学生の私の認識はそれくらいのものだった。障がいに対する同情も軽蔑もない、あの頃の自分を思うと、羨ましくなる。
当時、おじいさんには良くない噂がった。車に怒鳴りつけたり、道のガードレールを蹴ったりする、というのだ。私の知る限り、そのような様子は無くて、本当に同じ人の話なのだろうかと疑問に思っていた。
今になって思い返すと、向けられる悪意に、おじいさんは悪意で返す人だったのではないか。少なくとも子供には優しい人だった。それに嘘はなく、私が見ていないおじいさんの姿は、私の中のおじいさんに含める必要はないのだ。私の中のおじいさんは、障がいがあっても毎朝晴れやかな表情で小学生にあいさつをした人、それだけなのだ。