HAZARD
ラフォートの惨状はレイラインが想像していたよりも酷い有様であった。
未だ消えていない火や、焼け焦げた死体。血と煙の臭いが入り混じっており、吐き気さえ催した。
救援部隊は手分けをして傷病人や物資を探した。
「酷い・・・」
「これが帝国のやり方です。逆らうものには一切の容赦をしません」
崩壊した基地の中を歩いていたレイラインにイナギが答えた。
おそらく、ラフォートもヴィンゴルヴと同じような雰囲気だったのだろう。通路には大小、様々な遺体が転がっていた。焼け焦げており人相などは判別がつかないものの、恰好から逃げようとしていたところだろうことは容易に想像がついた。
ぴたりとレイラインの足が止まる。彼女の目線にあるものに気付いたイナギはゆっくりと腰をかがめた。
まるで庇うように炭化した塊を抱える人のようなもの。ところどころ、その塊から小さな指のようなものが目に入る。レイラインは手で口元を抑えた。
「最後まで子を守ろうとしたのですね・・・」
イナギはその遺体に向かって両手を合わせて目を閉じた。レイラインもまたそれに倣うように手を合わせる。
彼女の脳裏にはいろんな感情が渦巻いていた。怒り、悲しみ、恐怖。
そのどれもが生前では感じることのなかったものであった。
数秒たったあとだろうか、イナギは再び立ち上がり歩を進めた。その横顔は今までの柔和なものとは異なり、ひとえに怒っているようにも見えた。
重く閉ざされた倉庫の扉を開ける。中には残骸とともにいくつかの物資がそのまま残っていた。
イナギが通信機で連絡を取っていると、奥のほうからなにやら物音が聞こえた。
慎重に物音のする方へとレイラインは進んでいく。
足元は瓦礫が多く、薄暗さも相まってかなり歩きにくくなっていた。
「どうかしましたか?」
「いや、さっきこっちの方で音がしたような気がしたんだけど・・・」
気のせいかと思い、踵を返した時だった。レイラインの背後からガサガサと何かが動く音がした。
心拍数が上がる。もし、襲撃者がまだ残っていたのならばイナギだけでも逃がさなくては。
レイラインは腰のホルスターから拳銃を取り出した。
一度も使ったことがないが、護身用には使えるだろう。慎重に、一歩ずつ、一歩ずつ。何が出てきても対処ができるように。
段ボールや瓦礫が不自然に積まれている場所から音がしているようだ。
レイラインが勢いよく段ボールを払いのけた瞬間、何かが彼女に飛び掛かった。
「この野郎、みんなの敵め!」
飛びついてきた何かを振りほどきながらレイラインは距離を取る。
そこに立っていたのはまだ年端もいかない少年と少女だった。
少年はこちらに対して敵意を向けており、一方で少女は怯えるように縮こまっていた。
「あなたたちは、この基地の人ですか?」
奥からイナギが近づいてくる。彼女の姿を見た少女は一変して表情が明るくなった。
「姫様!姫様だ!」
少女はイナギに抱きついた。おそらく、イナギの正体を知っていたのだろう。
であれば、彼らはこの基地の生存者である。
「姫様、助けにきてくれたんですか?」
「ええ、あなたたちを助けに来ました。お名前は?」
「私はファラ、あっちはカイル」
ファラと名乗った少女は、事の顛末を簡易的に話し始めた。
突如として帝国の実働部隊がラフォート基地を襲撃した。実働部隊は迎撃を試みたが全滅。
構成員の一人が基地内でも頑丈に作られている倉庫に彼らを隠し、レイラインたちがやってくるまで隠れて待っていたとのことだった。
「とても怖かったでしょう、もう大丈夫ですよ」
イナギは優しくファラを抱きしめ頭を撫でた。緊張の糸が解れたのか、ファラは大粒の涙を流し始めた。まだ幼い彼女にとって、この惨事に精神はかなり疲弊していたのだろう。
「君があの子を守っていたの?」
「そうだよ、俺しかアイツを守れないんだから」
レイラインはバツが悪そうに立っているカイルに問いかけた。
きっと彼は絶望的な状況で、勇気を振り絞ったのだろう。
「でもよー、姉ちゃんレジスタンスのくせによわっちいな!」
「え?」
「そんなんで、戦えんのかよ」
馬鹿にされているような気がしたレイラインだったが、相手は子供だと思い我慢することにした。
「こんな牛みてーな胸してっから遅いんだよ」
そういうと、カイルは勢いよくレイラインの胸をつかんだ。
さすがのレイラインもこれには堪忍袋の緒が切れた。
「この悪がき・・・!待ちなさい!」
「捕まるもんかよ!」
倉庫の中でレイラインの怒声とカイルの挑発的な声、そしてイナギとファラの笑い声が響いた。