First Engage
燃え盛る火の粉が辺り一面に飛び散る。
黒煙にそびえ立つ二つの巨大な影は一歩一歩ゆっくりとレイラインたちの方へと歩みを進めていた。
「聞こえるか、ムラクモの娘。そこにいるのは分かっている」
巨影から野太い男の声が響き、それと同時に巨影は歩みを止める。
物陰に隠れていたレイラインとイナギは窓越しにその様子を見ていた。
イナギが家屋から出ていこうと立ち上がる。
慌てて、レイラインが腕を掴み彼女を座らせた。
「何をするつもり?」
「私が出ていけばこれ以上の襲撃は収まると思います。先ほども言いましたでしょう、これ以上あなたに迷惑はかけられないって」
イナギの言葉を聞いてもなお、レイラインは手を離さなかった。
目の前にいる巨影は明らかに敵対勢力であり、イナギが出ていったところで襲撃が収まるとも限らない。
仮に襲撃が収まったとしても、イナギの犠牲を容認できるほどレイラインは冷酷ではなかった。
「出てこなくば、その家ごと吹き飛ばす。10数えるうちに出てこい」
巨影が右手に装備した銃火器を向ける。
おそらく家畜小屋を吹き飛ばしたものだろうそれを喰らえば、この家程度なら文字通り消し炭になるだろう。
「早く、この手を離してください」
「そんなこと出来ない。もう"僕"は誰かを見捨てたりなんてしたくないっ!」
「ですがギアドールに対抗できる手だてなど……っ!」
「対抗は出来ないかもしれないけど、逃げ道はある」
レイラインはそう言い放つと、イナギの手を引いたまま台所の床下収納を開いた。
収納スペースの中身を全て取り出しさらに下部の取っ手を引っ張り上げる。
若干錆びついていたそれは重々しい音と共に地下への道筋を開いた。
梯子が掛かっており、その下は一寸先も見えない闇となっていた。
「この前、みつけたばかりで奥がどうなっているか分からないけど…この場にいるよりはマシだと思う」
巨影からカウントダウンが聞こえる。もう時間は無い。
迷う間もなく、レイラインはイナギを地下へと押し込め、自身も後に続いた。
ちょうど梯子の中間に来た時だった。
遥か頭上を激しい熱と音が通り過ぎた。
もしも、あのまま家にいたら。そう想像したレイラインは背筋が震えた。
「真っ暗で何も見えませんね」
イナギの言うとおり、手を伸ばした先さえも見えないほどの暗闇。
鉄と錆びの匂いが辺りに広がっている以外は何も分からない。
目を凝らして辺りを見渡すと小さな緑色の光が見えた。
手探りで光の方へと歩みを進める。
柔らかな感覚がレイラインの手のひらに広がる。
「きゃっ!?」
「あぁ、ごめん!」
イナギの悲鳴でその感覚の正体を察したレイラインはすぐさまに謝罪し、再度光に向かって手を伸ばした。
緑色の光に手が触れる。
強く押し込むとカチリという音と共に辺りが明るくなる。
思っていたよりも広いそこは、まるで工場のように無機質だった。
配線がむき出しの室内の中央、そこに人型の巨大な機械がまるで彼女たちを待っていたかのように膝をついた状態で置かれていた。
「これは……ギアドール?」
「その、ギアドールってなに?」
「ギアドールをご存じないのですか?」
機械人形。
広く世界で使用されている巨大な人型の機械。
作業用に開発されたそれはいつしか戦争の道具に成り変わり、今ではギアドールが戦争の要になっていた。
襲撃してきたあの巨影は『ギアドール・アサイラント』と呼称される大陸の汎用ギアドールだった。
兵器にもなりうるそれが目の前にある。
レイラインは全く持って理解が追い付かなかった。
「ここに来たということはお前に危機が訪れたということだろう」
どこからか男性の声が聞こえる。
ノイズの混じるそれは過去に録音されたものが自動で流れているのだろう。
「このギアドールは私が作った最高傑作だった。だが私はこいつが人を傷つけることを良しとしなかった。だから、この地下で封印することにしたのだ。私の娘が正しいことに使うだろうと信じて、お前がギアドールを使えるようになってからこの場所に入ってきた時だけ、私の記録が再生されるように仕掛けも施した」
声の端から、この声はヴァンクロードの声だろうことは容易に想像がついた。
「コイツを動かせば、自動で頭上のハッチは開く。私の娘、レイライン。……いや、玲斗……本当ならばこんなものを遺したくは無かった。だが、大陸との争いが広がるだろう未来にお前を守るためにはこうするしかなかったのだ。不甲斐ない父を許してくれ」
この言葉を最後に音声はプツリと途切れた。
レイラインの頭の中はさらに混乱していた。
音声では確実に前世とも言える玲斗の名前を口にしていた。
ヴァンクロードはレイラインが玲斗だということを知っていたことになる。
「レイライン、今のはいったい……?」
「訳はあとで話す。とりあえず、コイツをどうにかしないと」
レイラインがギアドールの胸部に乗り込む。
大小さまざまなスイッチと二本の操縦桿、足元にはペダルが3種類。
彼女があちらこちら触ってみるもまったくギアドールは反応しない。
「なんで動かないんだ、壊れているのかっ!?」
格納庫を包む振動が少しずつ大きくなっている。
もたもたすればこの場所も敵に知られてしまうだろう。
「もしかして…マハトが無いのでは?」
「マハトって何さー!」
自棄になったレイラインだったが、イナギが乗り込んだ瞬間にコックピット内のパネルが光を帯びた。
駆動系が動く音が聞こえ、ギアドールが立ち上がる。
モニターに表示された文字はこの世界で見た文字ではなく、全てが"日本語"で表記されている。
そして中央に大きく"解放者"と表示されると、各パラメーターが映し出された。
「動いたっ!?」
「マハトとはヒトが持つ力の源です。ギアドールはそれを使用して動いています」
「私だけじゃ動かなかったのはもしかして、そのマハトが無いから?」
「私が乗り込んだ途端に動いたところをみるに、その可能性が高いですが……マハトを持たないヒトは初めて見ました。それに……この文字も見たことがありません」
イナギが備え付けられた席に座る。
彼女の言うとおり、この世界ではマハトは全てのヒトに生まれながらにして備わっている。
それが無いということは"生きていない"のと変わらない。
「難しい話は後にして、今はこの状況をなんとかするっ!」
頭上のハッチが開いていく。
立ちあがったギアドールから繋がれていたパイプが一本、また一本と火花を上げながら外れていく。
脚部をしなやかに曲げ、反動を利用して跳躍する。
激しい動きだが、コックピット内部は大きな衝撃を感じない。
飛び上がった先には背後を向けたアサイラントの姿。
「これでも、喰らえっ!」
振り向きざまに拳をアサイラントの頭部にめり込ませる。
ギアドール・リベレイターの強度は凄まじいモノで、アサイラントの頭部が粉々に砕けるもリベレイターの腕部には傷一つ付いていなかった。
腰部に搭載されたナイフでバランスを崩したアサイラントの胴体を切り落とす。
大きく二つに分かれた巨影は沈黙した。
「後ろから来ますっ!」
イナギの指示に従い振り向く。
もう一機のアサイラントが銃で権勢しつつ片手に鉈を振りかざしていた。
銃弾が大地を抉る。
距離を詰められ振り下ろされた鉈をナイフで防ぐ。
「まさか、ギアドールがあったとはな。だがっ!」
「くっ…攻撃が…重いっ……!」
徐々に押され、リベレイターの片膝が地面につく。
レイラインはこの状況を打破できる何かがないか、必死に探した。
適当にモニターに触れると表示された振動刃の文字。
一か八かに掛けたレイラインはモニターに表示されたそれを押した。
リベレイターの持つナイフが振動する。
振動を始めたナイフはアサイラントの鉈に食い込んでいった。
「なにっ!?」
アサイラントは鉈を放棄するとバックステップで距離を取っていく。
「よもや、これほどまでとはな」
追撃の姿勢に入るリベレイターだったが、アサイラントは踵を返して離れていく。
戦闘の意思は無く、撤退する様子だ。
「もしかして……助かったのかな?」
「そのようですね」
敵影が見えなくなると同時に緊張の糸が解けたレイラインの身体に一気に疲れが押し寄せてくる。
ひとまずの命の危険は回避し安堵するも、周囲は焼け野原となっていた。
燃え盛る丘の上で一機の巨影がただ立っているだけだった。