-Awaken-
雑踏の中を気だるげに歩く一人の男。
すれ違う人々は彼に気をかけることなくすれ違っていく。
中小企業に勤める"三上 玲斗"は照りつける太陽を恨めしく思っていた。
つい先日、急死した同僚の代わりに営業回りをしていたところだ。
その同僚と玲斗は互いに切磋琢磨しながら競い合っていた仲だった。
そんな彼が車に撥ねられたのはほんの数日前のこと、普段から重労働を強いられていた環境から自殺だと警察は決定づけた。
いわゆるブラック企業だった玲斗の会社は、社員の死よりも取引先との信頼が消えることを恐れた。
結果、その皺寄せが玲斗に押し寄せてきていた。
積み重なる疲労感、休日さえも返上して働き続けていた玲斗はいよいよ限界だった。
事なかれ主義的な正確な玲斗は辞めることはおろか、上司に反発することはない。
点滅している歩行者用信号。
フラフラとおぼつかない足取りで交差点を渡ろうとした瞬間、彼の耳につんざく様なクラクション音が響いた。
眼前に迫りくるトラックに、もはや玲斗は成す術がなかった。
脳裏に浮かぶのは、実家に一人遺される母の姿。
そして数日前に亡くなった同僚の最期。
(あぁ、もしかしてアイツもこんな感じだったんだろうな……)
激しい衝撃と全身を砕いた音が聞こえ、玲斗の意識は深淵に落ちていった。
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何も聞こえない、何も見えない漆黒の中。
果たしてこれが死後の世界なのかと呑気に思いながら流れに身を任せる。
どこからか声が聞こえる。
「我が呼びかけに応じ給え」
男とも女ともつかない不思議な声。
感覚のない体を声のする方へと向ける。
静寂と暗闇の広がる世界に差し込んだ一筋の光。
ただ無我夢中でその光に手を伸ばした。
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眩い日差しが瞼の裏に差し込んでくる。
ゆっくりと目を開けると、満天の青空が広がっていた。
車に轢かれたはずだが、体の痛みは一切ない。
起き上って辺りを見渡せば、辺り一面の草原と羊。
現代日本の都心では到底、目にするような光景ではない。
「あぁ、これが天国なのか。ずいぶんと小ざっぱりした場所だ」
不意に漏れた声に玲斗は違和感を覚える。
妙に声が高い、まるで声変わり前のように。
驚いて手を喉に当てると、その手もまた細くしなやかなものとなっていた。
「なんだ、これ……?」
二の腕に触れる柔らかな膨らみ。
恐る恐る手のひらで掴んでみると掴まれいている感覚が広がる。
たちの悪いドッキリの様なものではなかった。
玲斗は急いで近くにあった溜め池に走った。
そこには見慣れた疲れ果てた顔の平凡サラリーマンではなく、中世ヨーロッパのような民族衣装を纏う肩ほどまでの金髪が眩しい美少女の姿が写っていた。