表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

猛獣使いと麗しの獣

作者: 莉多

ずっと書きたかった設定でやっと書けました。設定はわりとふわふわです。

「おうおう、兄ちゃん。大事な大事な商売道具の腕が骨折しちまったじゃねェか。どうしてくれるんだ? ア?」

「全額負担しろなんてケチくせぇことは言わねえからよォ、たったの五万ガルでいいさ。俺たちだって鬼じゃねぇ。けど…大事な商売道具が使い物にならなくなったんだぜ? 断ったら…分かるよなァ?」


 うっすらと空が茜色に染まりつつあるその時間帯。約束の時間が差し迫っており、近道ができるからと安易な気持ちで人通りの少ない道を選んでしまった自分に少しの苛立ちを感つつも。―――困った。トワ・ルーティスの内心はその言葉に支配されていた。

 偶然通りすがっただけの柄の悪い二人組が、「お前とぶつかったから骨が折れた」とイチャモンをつけてきたのだった。もちろん軽くぶつかったことは認めるが、骨が折れるほどの衝撃はなかったと言い切れる。なんせこちらにはほとんど衝撃など来なかったのだから。

 万が一にも本当に骨が折れたのならば、こちらにもそれなりの衝撃が来るはずだ。しかしながら、反論しようにも先ほどから男達のひっきりなしの口撃(こうげき)に、口をはさめないでいた。


 平凡な顔つき、ありふれた黒蜜のような茶色い髪、中肉中背。特に目立ちもしないし、どちらかと言えば地味に分類されるこの男は、それにも関わらずなぜか一人で出歩けば厄介ごとに巻き込まれる確率九割九分を叩き出す。人に絡まれやすい体質なのか、カモになりやすそうな見た目をしているのか…どちらも嫌だが強いて言うなら前者であってほしい、とトワは常々思っている。結局はどちらでも全く嬉しくないけれど…と遠い目をするまでが1セットである。


 そんな彼は今、この状況をどう脱すればいいかと必死に考えていた。しかしながら、その思考の状況は残念なことに芳しくなかった。


 いわゆるカツアゲという状況にトワが当事者として存在したのは優に三桁を超していた。もちろん加害側ではなく、すべて被害を被る立場である。百を超えたころには数えるのを諦めてしまっていた。

 諦めたのは何年前だったかな…と齢二十にして虚しくなる現実逃避にトワは思いを馳せていた。

 トワの脳内に流れる悲しげなメロディは、先日道端で演奏していた吟遊詩人の奏でる悲恋の歌だった。決して恋に破れている場面などではないのだが。


 彼には生まれた時から絡まれる才能があった。時には悪質な店主に万引きをしたと糾弾され、時には真っ向から金をおいて行けと恐喝され。「スリをしただろう」とスリを犯した張本人から罪を擦り付けられたこともあった。被害者としてなら百戦錬磨の強者である。ただ、数え切れぬほどに巻き込まれているのにもかかわらず解決策が出てこないのには訳があった。


 ―――時間がないという、実にシンプルで切実な理由が。


 冷静になればいくら平凡な回転の頭脳だろうが、平穏に収めるための解決策は出てくる、はずだ。ただ、差し迫っている時間のことが気になり、妙な焦りが生まれいまいち集中して解決策を講ずることができないのだった。

 絡まれているという現実をそこまで重要視していない彼、トワ・ルーティスは案外図太い性格の持ち主である。その実際は、『慣れ』という悲しい事実でもあったのだが。

 


 いっそ逃げてしまおうか。それが早い。と決断しようとしたその時だった。


 カチリ。


 トワにとっても、彼に絡んでいる男達に対しても、死刑宣告のような音が微かに鳴る。それはトワの持つ時計が、約束の時刻を告げた音だった。

 男達にとっては意味の分からぬ微かな音でも、()()の存在と、行動原理をよくよく理解しているトワにとっては、絶望の音にも等しいその音。トワは思わず遠い目をしながら「あーあ…」と呟いたのだった。

 残念なことに手遅れだった。それはもう素晴らしいほどの速さで諦める。そして、もう少し早く決断すればよかったと早くも後悔を始めていた。


 彼は巻き込まれる才能のほかに人から好かれる才能があった。才能、というには語弊があるかもしれない。すべて彼自身の行動が要因なのだから。

 困っている人を放っておけない世話焼きのお節介でありながら厳しくする部分はきちんとする。甘やかすのが非常にうまく、家事全般はお手の物。そんな彼のことを「おふくろ」「母さん」と呼ぶ人物は少なくない。

 ただし二十歳の男性であることを忘れてはいけない。なお、本人は屈強な男たちから「おふくろッ…!」と泣きつかれたことが若干のトラウマになっているため、本人を前にしていう人物は少ない。

 しかしながら影ではその呼び名が十分すぎるほどに広まっており、トワのことを母に準ずる呼び名で噂話をする日常が、すでにギルド内では普通のこととなっていた。


 本人のみが知らぬ事実である。



 そんな彼を、絶対の主君の如く慕う人物が二人いる。死刑宣告は、いつも主にその二人によって繰り広げられるのだった。


「あの…」

「ぁあ? なんだァ? 金払う気になったのか?」


 違う、そうじゃない。とりあえず逃げた方がいいぞ。


 心の中で忠告してみるものの、当たり前だが一切通じない。素直に口に出してもいいのだが、恐らく鼻で笑われたあと、そろそろ一発、お見舞いされそうである。痛いのは、嫌いだった。

 そして口は死ぬほど弱いため、そもそも除外している。口先だけで勝てるのであればとっくの昔にそうしていた。


 お金を払えばすぐ解放されるだろう。だが、金がない。さすがにびた一文も払わず解決できると思えるほど、平和ボケはしていなかった。

 力尽くなどもっての外だし、騎士や警備官に助けを呼ぼうにもまず人通りが全くなく、絶望的だ。しかし、繰り返すが金がない。

 財布の中身を思い出してみたが持ち合わせの金がないのだ。たしか財布の中身は千ガルにも満たない。先ほど必要なものを買った上で、ちまちまと稼いでいたまとまった金を丁度ギルドの貸金庫に入れてきたのだ。


 この街に着てすぐ、連れの二人が宿泊費と食費を持つと言って聞かず、結局その頑固さに折れてしまった。トワにとってはそれなりの出費でも、彼らにとってははした金らしい。食事二食分を含めた宿代半年分は連れの二人で分担し先払いを済ませてあるのでもうしばらくは支払いの心配もない。

 もう買いたいものもないし、一食分の金は預けず持っている。最悪金が足りなくなれば明日にでもギルドで軽い任務を受ければいいやと軽率に考え最低限のお金だけを残し、他はすべて預けてきたのだった。


 せめて貸金庫にいれる前ならば、と今更悔やんでも仕方がない。しかしこの場でむしり取られる可能性がゼロに等しいのも事実で、そこにはそっと安堵していた。心の底ではこいつらに渡す金など毛頭ないと思っている。


 最近の楽しみは専ら貸金庫に預けた金の増えていく数字を確認することであり、二十代になったばかりなのに貯蓄が趣味な、どこまでも地味な男だった。


 なんて間の悪い。昔からそうだ、巻き込まれるうえに間が悪い。前世で一体俺が何をしたのだ、許されぬ大罪でも犯したのか!と内心泣きながら訴えるも、それにこたえる人はいない。

 そんな情けないことを考えていたからか、トワは気付くのが遅れてしまった。


「おい。聞いてんのかァ?」

「どうしても払えないってェなら、てめえの臓器でも―――」


 いつの間にか目の前の男の手には鋭利なナイフが握られており、徐々に赤くなりつつある空の色を、美しくその刀身にまとっていた。一触即発のその場にそぐわない鈴を転がしたような可憐な声が響いたのは、その時だった。


「ねぇ」


 突如として気配なく現れたそれはトワにとっての救世主のはずだったが、チンピラに対しては死神であり、さらにはトワの胃に対しても絶大なダメージを与える人物だった。


 ―――別の名を、死刑宣告ともいう。


「誰に向かってそんな口を聞いてるの。 ―――消すぞ。」


 直前までの可憐な声から一変し、少女から発せられているとは思えない低い声だけが響く。彼を慕う片割れの少女だった。トワはこの場にいるのが彼女(かたわれ)だけとわかると少しだけ安心したが、むしろ胃痛は強まるばかりだ。

 彼女は一瞬にして場の雰囲気を掌握し、主導権をいつの間にか握っていた。トワに絡んでいたナイフを持つ男ののど元には鋭い刃物が差し迫っており、もう一人の男の上着の裾には柄のついていない短刀による穴が開いていた。

 あ、これあかんやつ。ごめん気付かなかった。と、トワは胃を抑えながら心の中でつぶやく。気配など全くなかった。


 気付けば窮地に立たされているチンピラは、自身の持つナイフで抵抗することもできず、声を上げることすら出来ず、こめかみから汗を流していた。おそらく冷や汗だろう。

 先ほどまで絡んでいた男達に心の中で同情と合掌を送るトワ。いくら長期間にわたりともに旅をしていた気の置けない仲間でも、この状態の時にはあまり話しかけたくなかった。


 トワに対しての態度は変わらないのだが、纏う空気が冷え切っているのだ。あまり直に浴びたくない。


 それも今の今まで理不尽に絡んできていた連中で、止める義理もない。ただその光景を諦めと苦笑が入り混じった表情で見ていたトワは、謎の罪悪感に苛まれ「ごめんな、俺に絡んだばっかりに…」と心の中だけで呟いた。

 それでも止めるそぶりさえ見せなかったのは、単に彼らの自業自得であることと、理不尽に絡んできた事実の意趣返しのためであった。


 ふわりとピンクがかった金髪のポニーテールが揺れた刹那、ウグッとくぐもった声がする。少女がナイフを微かに動かしたと思ったその瞬間にえげつない蹴りを鳩尾に決めたのだ。

 そこでやっと現実逃避から正気に帰ってきたトワは、やけくそ気味に叫ぶ。本音を言うならかかわりたくない。かかわりたくないのだが、このままだと危ないのだ。

 主に男達の命が。


「チェタ! 街中で武器を扱うのはやめろって言っただろ!!」


 そう言って多少手加減した拳骨をお見舞いする。

 トワの拳骨はレアなものではない。それ故に知っている者も多く、その多くが「母ちゃんモードのトワは最強だ。愛と怒りを込めた通称゛母ちゃんのげんこつ″は誰にでも通用する」と意味ありげな表情で語る。特に深い意味はこもっていない。


 本人が聞けばうれしくねえわばぁか!!と半泣きでキレそうな言葉だが、実際トワの周りの問題児にはこぞって通用していた。

 現にチェタと呼ばれた少女も、不満たらたらな表情を隠しもせず浮かべていたが、しぶしぶといった様子で武器のナイフだけはしまっていた。


「…トワさんが変な輩に絡まれてるのがいけないんですよぅ~。し、か、も! 武器はちゃんと牽制用で、ちゃあんと蹴りに切り替えたでしょ? あーもう。だから別行動なんてやめて、私とアヴィトに護衛されてくださいって言ったじゃないですか~!」

「お前らに護衛されるほど俺は弱くないって言ってんだろ!? なんで信じてくれないの!? 今だってお前が来なかったら穏便に事を済ませてたわ!!」

「だってトワさん攻撃も地味じゃないですかぁ! 見た目からして勝てるって思わせるような外見なんですよ!!」

「なんでそんなに的確に俺の心を打ち砕いてくるの!?」


 俺のことそんな嫌い!?と今度は実際に涙目になりつつ反論するトワ。先ほどまで緊迫した状況の当事者であった男達は、蚊帳の外に放り投げられたことに暫くして気付き緊張によって固まった身体を無理やり動かしながら今が好機だ、と逃げ出した。


 先ほどのチェタの殺気に余程の畏怖の念を抱いたようで、その足取りは覚束無い頼りないものだった。一発見事に入った(クリーンヒットした)鳩尾へのダメージからかもしれないが。

 その様子を舌打ち交じりで見送ったチェタは、すぐさま険しい表情を下げ、満面の笑みを浮かべた。


「さ! さっさとその情けない顔面引き締めて! 行きますよぉ~。アヴィトが待ちくたびれます!」

「お前の中の俺ってどんだけ地位低いの!? 一応俺、最年長なんだけどな!?」


 嬉々とした表情のチェタは、まさにご機嫌だった。生意気な自覚のある舌が普段より余計に回るほどに。理由は至極単純だ。


 トワが自分の方に意識を向けているから。


 それは恋愛感情などではなく、子がいたずらをした際に親に構ってもらい喜ぶような、そんな稚拙な感情だった。少なくとも()()


 ふと、鼻歌でも歌いそうなほどの軽い足取りを止め、トワの方へ振り替える。そしてツッコミを入れ、持病の胃痛をこらえている彼をまっすぐに見つめる。その視線を反らさずニヤリ、と意味深な笑みを見せたチェタは、その美しい表情で言いきった。


「そんなもの。トワさんは私の中で絶対で、頂点で、絶対服従の相手ですよ。地位なんて、一番上に決まってるじゃないですか。ね、私の主(ごしゅじん)?」


 チェタの後ろにはいつの間にか真っ赤な夕日が存在を主張しており、彼女の桃色がかった金髪を、その色に染めていく。ゾクリと背筋の粟立つような一場面であった。


 美しさを感じるその表情には、獰猛な獣が潜んでいた。舌なめずりするそのケモノは、油断すればすべてを食らい尽くす。末恐ろしい娘だ、と誰かが真っ青な顔で言う。あれは、人間ではない、と恐怖に打ち震えながら誰かが言う。

 過去何度も繰り返された意味のないセリフが、発する人間もいないのに響き、飽和して消えたような気がした。ざわり、と空気が揺れる。世界が、微かに揺れたような気がした。

 まるで彼女の狂気に賛同するかのように。


 それでも、トワの反応が一切変わることはない。はぁ、と一息ため息をつくと呆れたような表情を隠しもせずチェタに話しかける。


「バカ。何ふざけてんだ。また殴るぞ。ほら、早くさっさと準備していくんだろ?」

「ちぇーっ、トワさんにはおふざけが通用しないから詰まんないですよ~っ。だからモテないんですぅ~」

「お、ま、え、な、あ…」

「イッタ! ちょっとトワさん! 暴力反対ですよぅ~! 私、か弱い女の子なのにぃ~!」

「うるさい! か弱い女の子は年長者を軽く扱わないし、からかいもしませんっ!」

「それはトワさんの妄想です。夢です。そんな女子いません。」

「なんで即答で、しかも真顔で否定すんだよ…夢くらい見させてくれよ…」


 いつも通りの雰囲気に戻った二人は、そのまま闇夜の色が少しずつ混じった美しい空の下を、進む。

 先ほどまでの不穏な空気は、すでに跡形もなく蒸散していた。




トワ=推し

チェタ=推しが好きすぎて拗らせてる

みたいな関係性

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ