魔法少年グリとグラ
テレビで「魔法少女育成計画」と言うタイトルのアニメを観てふと思い付きました。
思えば随分と時間が経ったものだ……。
「ん、んん~~~~……」
ドアを開けて少年が一人出てくると、両手を組んで大きく伸びを一つ、胸いっぱいに夜のじとっとした熱い空気を吸い込んだ。
「あ~ぁ、今日もあっついなぁ~」
うんざりとした口ぶりでぼやくと夜空を見上げる。
見上げた先には橙色の光を放つ月があった。
その月はインディゴブルーの短パンのオーバーオールにレモン色のTシャツを着た、寝癖の付いたくすんだ赤毛の髪の少年とその周囲を淡々と照らし出す。
「そんな事言ったって仕方が無いじゃないか。そう言う季節なんだらさ」
赤髪の少年が投げ掛けられた言葉に振り返る。
木と石と少しの鉄で出来た二人で住むには少し大きな赤い屋根の家。
赤髪の少年と同い年のカーキ色の細身のズボンに白いボタンシャツを着た、サラリと流れる金色の髪の少年が、その開けたままだった戸口に片手を付いて立っていた。
「言われなくたって解ってるよ、そんな事」
そばかすだらけの気の強そうな顔の赤髪の少年が、きつね色のクリクリの瞳に不満の色を浮かべ、口をアヒルのように突き出して拗ねた振りをして見せると、透き通るような白い肌の優しげな顔の金髪の少年が、碧眼の涼やかな瞳を細めてクスリと笑った。
「おいでよ、グリ。髪を解かしてあげる」
「おぅ!」
グリと呼ばれた赤髪の少年はアヒル口からニッと口角を上げて、金髪の少年の元へテテテッと走り寄るとクルリと回れ右をする。
金髪の少年は玄関脇の棚からブラシと手に取ると、爆発するグリの赤髪を解かし始めた。
「これでよし、と」
「サンキュー、グラ!」
グリはグラと呼んだ金髪の少年の元をパッと離れ、今しがた解き終わったばかりの髪を撫でながらニカッと笑って見せる。
寝癖を解かしたのに癖の強い髪質のせいであまり代わり映えのしなかったグリの様子に、思わずグラは口元を綻ばしてしまう。
「それじゃ今日も元気にパトロールと行きますか!」
「うん、行こう」
二人は顔を見合わせ頷きあって、家の隣のガレージへ向かうと二枚の引き戸に手を掛けて、力を込めて左右に開く。
真っ暗な室内が外の明かりに照らされると、中には二本のポールハンガーが並んで立っていた。
グリとグラはそれぞれ、そのポールハンガーに掛けられた藍色のとんがり帽子と風避けマント、足元のブーツを身に付けると、最後に箒を手に取った。
「先行ってるぜ」
「待ってよグリ」
先に着替え終わったグリがブーツで手間取るグラの制止も聞かずに、ガレージから飛び出す。
少しの間を挟みブーツを履き終えたグラがガレージから出た時には、既にグラは箒に跨がり遥か空の上にいた。
「ったく、グリはせっかちなんだから……」
ため息一つ。グラが手にした箒に跨がると意識を集中させる。
「ヒラリ・フルハリ・ヘルラホーン! 大空翔ろほうき星!」
力ある言葉――呪文を声高らかに唱えると、跨がった箒の筆先のような形をした穂先が、風を受けたように小刻みに震え出し、グラを中心にして足元に大きな闇色に光を放つ魔方陣が顕れた。
「早くグリにおいつかなくっちゃ」
呟いて地面に浮かび上がった魔方陣を蹴ると、グラを乗せた箒は、穂先からキラキラと粉雪のような光を舞い散らせて羽毛のようにふわりと中に持ち上がり、グリを追い掛けて大空を翔上がって行った。
「ひゃっっほーーーーいっ♪」
先に箒に跨がり空を翔ていたグリが、歓声を上げてクルリと大きく宙返りをする。
穂先からキラキラと光の粒が舞い散って、空に浮かぶ月を囲むように大きな円が画かれた。
「グリ! そんな大声出したらマスターが起きちゃうだろ!」
「ヘーキヘーキ、マスターならこの時間ぐっすりだって」
インカム機能の付いたとんがり帽子を通してグラがグリを叱りつけるが、そんなお小言どこ吹く風とばかりにグリが軽口を叩きながら、楽し気にアクロバット飛行を繰り返す。
「そのぐっすりを護るのがボク等の役目なのに、グリがそんなで!じゃダメじゃないか!」
「もー、解ったよ。グラはホントに口うるさいんだからさ」
グリが箒のスピードを落として後ろを翔んでいたグラの隣を並走する。
「当たり前の事を言ってるだけだよ」
じと目で睨むグラ。睨まれたグリは居心地悪そうにむくれてそっぽを向いた。
暑い夜闇の空の上。二人の間にしばし沈黙が舞い降りる――。
「あ~ぁ、今日はアイツ等出てこないかな~」
気まずくなった雰囲気を吹き飛ばすようにグリがわざとらしく声を上げと、
「出てこないなら、それはそれで良い事じゃないか」
澄ました顔でグラが応える。
「え~~、毎日そんなじゃつまらないじゃないか」
「つまらなくて結構。ボク等の仕事が無いって事はマスターが平和って証だろ?」
素っ気ないグラの態度にグリはやきもきしながら時計の針のように、箒を軸にくるくると回転する。
「オレは血沸き肉躍るような大活躍がしたいの! そんでもってマスターに誉められたいのっ! グラは毎日何もないヒマ~なパトロールだけで良いの!?」
「ボクはグリと一緒にこうやって夜のパトロールが出来るだけでも十分楽しいけどね」
「なっっ!?」
しれっと言ってのけるグラの言葉に、耳まで顔を真っ赤にしたグリが二の句を続けられない。
あわあわとしながらも必死に言葉を形にして紡ぎ出す。
「おまっ、何、急に…そんな恥ずかしいセリフ……っ」
「グリはボクと一緒のパトロールは楽しくない?」
頭一つ低い位置を翔びながら上目遣いでグリを見る。その顔は少し照れたように赤らんで見える。
グラのはにかんだようにも見える態度にますます顔を赤くして言葉に詰まるグリ。このままだと機関車の汽笛ように勢いよく耳から蒸気を吹き出してしまいそうだ。
その様子にふるふると小刻みに震え、堪えきれなくなったグラがついには堰を切ったように一気に吹き出した。
「あっははははは。もぅ、グリったら、そんなタッ、タコみたいにっ、クックククククッ。あ~~楽しい♪」
「へ? なっ、あ! グラァッ!!」
「あはははは。ごめんごめん、怒らないでよグリ♪」
大笑いするグラにようやくからかわれてたんだと理解し、恥ずかしいやら悔しいやらでどういう顔をしたらいいのか解らず怒るグリに、目の端に浮かんだ涙を指で拭いながらその場しのぎのような謝罪の言葉を述べるグラ。
と――、
グラの顔から不真面目な表情がスッと掻き消え、同時にとんがり帽子のツバからぶら下がるようにして、半透明なモニターが目の前を覆うように顕れた。
「グラ! おまえってヤツはいつもいつもオレの事からかいやがって。オレだっていい加減……」
「ちょっとグリ、静かにしてて」
怒りに任せて言葉を並ぶたてようとするグリを、にべもなく黙らせるグラ。
その顔が真面目モードに切り替わっている様を見て、グリは言いたい事だらけなのをグッと飲み込んで、自分の頭も真面目モードへ切り替える。
「居たよ。テーブルマウンテンの上、ガラスの井戸の大樹の所」
「よーし、ギッタンギッタンにしてやる!」
握ったこぶしで手のひらを叩き、口元に獣のような笑みを浮かべて物騒なセリフをグリが吐くと、二人は大空にキラキラとシュプールを描きながらUターン。テーブルマウンテンへ向け箒のスピードを上げた。
テーブルマウンテン――。
頂きが平たく四角いその山の殺風景な頂上には、色ガラスで出来た塔がひとつ聳え立っている。
エンタシスの柱のような曲線を描く塔の壁面には美麗な彫刻は施されてはいるが、扉や窓といった出入り出来そうな場所はひとつとしてなく、唯一天辺にのみ大きな口を開いており、その中に常に大量の水が満たされている事から、グリとグラはその塔の事を『ガラスの井戸』と呼んでいた。
そのガラスの井戸から今日も伸びる根の無い巨大な大樹が一本。
先端に真っ赤な大輪の花を咲かせたそれの、幹から直接生える二人が眠るベッドより大きな葉っぱの中の1枚に、それは密やかに気配を殺し、今夜の獲物の吟味をしているかのようだった。
~~~
魔蟲モスキートン――。
闇に紛れる事を目的とした黒い出で立ちに、針金のような細い身体は自らの重みを極限まで削ぎ落とし、その軽さを武器に大空を自由自在に飛び回る。
奴は音も無く獲物へと忍び寄ると、自身の持つ最大の武器である波打つような形状をした管状の針をブスリと突き刺し、飽く事無くその体液を啜り続ける。
時に、死に至る病をもたらす輩もいる事から、『サイレントキラー』の二つ名を冠する厄介なモンスター。
~~~
それを目にした瞬間――。
「エクス・マキナス・スィア・ハス・マトロム! 敵を撃ち抜く星となれ!」
片手を箒から離しグリが早口に呪文を唱えると、その手に小さな球体の立体魔方陣が生まれ、直ぐ様白く光る玉へと変わる。
「いっけぇーーー!」
遠く離れたモスキートンへ向けて手のひらをかざすと気合いの入った声を上げて、白い玉を撃ち出した。
勢いよくモスキートンへ迫る光の玉だが、来ると解っていて避けられない程ひねくれた動きをするわけもなく、僅かに薄い羽根を震わせて垂直に翔び去った魔蟲の、空になった葉っぱに当たって弾けて消えた。
「くっそーーーっ」
「こんなに離れてるのに当たる訳ないじゃない」
外れて悔しがるグリに冷静にツッコミを入れるグラ。
「絶対に当ててやる!」
先程より近くなった距離で、今度は片手を頭上高くに振り上げて、再び呪文を唱えだす。
「エクス・マキナス・スィア・スフィリア・マトローナ! 敵を撃ち抜く星屑となれっ!」
呪文を唱え終えると、グリの周囲に十のさっきと同じ小さな球体の立体魔方陣が現れ、それぞれが小さな白く光る玉になる。
「当ったれーーーっっ!」
上げた手を中空でホバリングしつつ、こちらの出方を窺うモスキートンに向かって振り下ろすと、回りに浮かんだ十の玉が思い思いの軌跡を描き、かざした先へと飛んでいく。
風を切りモスキートンへ迫る光の玉。しかしそれらは綿毛のようにヒラリヒラリと空を舞うモスキートンに掠りもせず、空気との摩擦で擦り切れたかのように尻すぼみに消えてなくなった。
「…………大外れ」
「むきぃーーーーっ!」
状況を冷静に簡潔に述べるグラに頭に血がのぼり空の上で器用に地団駄を踏むグリ。
「どれか絶対当たると思ったのにぃ~……」
「数で圧し切ろうとしてもダメだよグリ。ちゃんと狙わなくちゃ」
「むぅ~~」
「ったく、拗ねたってあいつが倒れる訳じゃないんだから。ボクが何とかするからグリは次の魔法の準備してて待ってて」
むくれるグリを宥めて促すと、グラは箒から両手を離して見えないピストルを構えるようにモスキートンへ向け呪文を唱えた。
「エクス・レミナス・ロア・コク・マトロム! 敵を捕らえる枷となれっ!」
かざした指の先に、グリの時と同じような球体の立体魔方陣が生まれ、グリの時とは違う黒い小さな玉へと形を変えた。
その黒い玉がモスキートンに向かって一直線に、夜闇の中に紛れながら突き進む。
モスキートンがグラの魔法に気付き回避しようと羽根を震わせるが、その行動を取るには少しばかり遅すぎた。
グラが放った黒い玉の胴体への直撃は避けたものの、片羽根に当ててしまった。
フォン―――
その直後、黒い玉は一気に膨れ上がり半透明な黒い大きなシャボンのような玉へと変わり、命中した羽根の一枚を包み込む。
慌てた様子でモスキートンが必死に羽根を震わせるが、泡の玉が割れたり羽根が裂けたりするもなく、半透明な黒い大きな泡の玉の中でバタバタともがくだけ。そして、泡に包まれていない側の羽根も同じように動かしていたせいで、空中でのバランスが取れなくなりクルクルフラフラ迷走してしまっている。
「今だよグリ!」
「いっけぇーーー!」
グラの合図にグリが周囲に展開していた十の小さな白い玉を一気に撃ち出した。
片羽根の自由を奪われバランスを欠いたモスキートンは、迫り来る玉の一発目は何とか避けるが二発目は腹に直撃。それが功を奏して、三発目は掠りもせず後ろへと飛んでいくが、四発目からは細い針金のような身体のあちこちに命中して、白い玉が弾ける際に散らばるキラキラとした大量の光の粒子の中に消えてしまった。
「ぃやったぁーーー♪」
盛大な花火を背に、大はしゃぎで後ろに下がっていたグラの元へと翔び寄るとハイタッチをする。
「ま、オレっちにかかれば、ざっとこんなもんよ!」
「わー、グリすっごーい、さっすがー」
「バッカ、そんなに誉めんなよ、照れるじゃんかっっ」
パチパチと気の抜けた拍手をしながら棒読みの賛辞を贈るグラ。それをグリは素直に受け止めて恥ずかしそうに身体をくねらせる。
ホント、グリは誉めるとどこまでも昇っていくな~。なんて事を考えながら、半眼でグリの有頂天具合を観察していたグラの表情が凍り付いた。
「危ない! グリ!!」
「へ??」
張り上げた声と共に身体が動く。
グラは一直線に翔ぶときょとん顔のグリと、グリの背後から猛スピードで迫り来るそれとの間に強引に割って入った。
ドンッッ
「ぐゅっ」
グラはそれ―――消え始めた光の粒子を突っ切って来たモスキートンの体当たりの直撃を受けて、跨がってた箒ごと真っ逆さまに落下する。
「グラァァァ――ッッ!」
相棒の名を叫び、一直線に追い掛けるグリ。
気を失っているのか、頭から硬いテーブルマウンテンの岩肌に頭から突き進むグラへ必死に手を伸ばす。
オレのバカッッ! 何で油断なんかしてたんだっ――!! と、内心自分の事を罵倒しながら血が出そうな程下唇を噛み締める。
グリとグラの間がどんどん縮まって行くが、グラと地面の間はそれに勝る。
もっと速く! もっと――!!!
跨がる箒にさらに絡み付くように身を寄せる。少しでも空気の抵抗を抑える為に。
「とどけーーっ!」
裂けんばかりに絞り出す声。
千切れんばかりに伸ばした想い。
それら二つが重なって、地面に激突する寸での所で手が届く。
しかしこのままでは二人仲良く地面の染みになるのは明白。
「グ…ギギギィ……」
グラは片腕にグラを抱き、もう片腕で力任せに箒の起動を変えようと、必死の形相で歯を食い縛る。
「ギィイッッ!」
歯の隙間からほとばしる一際強い気勢と共に箒の尖端は真横を向くが、極限までついた勢いはそう簡単には変わらない。
意識の無いグラをその身の内に強く抱き込み、次の瞬間に来るであろう衝撃に背を丸める。
ドゴガッ――!
「むぐぎっ」
真下への慣性を殺しきれなかったグリは、風避けマント越しに肩口を硬い地面に打ち付ける。
激痛を堪えきれず食い縛ったままの歯の隙間から呻き声が漏れた。
それは一度では終わらず、バウンドするように平らな地面で肩を削り続けながら水平に翔び続ける。
ヴォン――
一定以上のダメージを負った風避けマントが装着者保護の為の防御結界を展開した。
グリの周りを球状の魔方陣が広がると地面と擦れ合い、ギャリギャリと火花を撒き散らす。
「グラ! グラッ――!!」
何とか墜落を免れたグラは空中に上がって姿勢を確保すると、肩口から駆け上がってくるガンガンと乱暴にノックするような痛みに顔を顰めながらもそれを無理矢理捩じ伏せ、腕に抱く少年の名前を必死に叫ぶ。
その懸命な呼び掛けが届いたのか、力無く閉じていていたグラの瞼がうっすらと開いた。
「……グリ?」
「グラッ!」
グリは地獄から天国へ急浮上したかのような安堵と喜びに、グラの身体をギュッと抱き締めようとしたが、一際強い痛みが肩口から全身を駆け巡り思わず硬直してしまった。
「ボクは…………ああ、そっか。
グリ、ケガはない?」
「バカッ! オレなんか助けて自分がケガしてちゃ意味無いじゃないか!」
「ゴメンね、グリ」
痛みのせいか安堵のせいか。
グラは涙目になるグリの頭を慰めるように撫でながら優しく微笑む。
「それでアイツは?」
空翔ぶ箒も索敵機能搭載のとんがり帽子も落としてしまったグラが相棒の顔を真っ直ぐに見詰める。
グラは腕でグシグシと乱暴に顔を擦るととんがり帽子に搭載されたモニターを立ち上げて周囲へ首を巡らせた。
「あっのヤロゥ、マスターの方へ向かってやがるっ」
ぐるりと回した首をピタリを止めて、グラは焦りを含んだ声音で悪態を付く。
「いけない! グリ。このまま全速力で翔んで!」
「任せろ!」
そう応えると器用に体を替えてグラを自分の後ろへ座らせると、握った箒に意識を向ける。
そうして二人を乗せた箒はモスキートンに向かい一気に滑空するかと思いきや、エンストを起こしたかのようにガクンと止まり高度を落とした。
「グリ、やっぱりケガしてる?」
心配で覗き込んだグリの顔色は橙色の月明かりに照らされて解りにくいが、よくよく見ればいつもより青く脂汗が流れていた。
「大丈夫だ。問題無い」
不器用に口の端を持ち上げて笑みを作るグラ。
「…………解ったよ。今だけは無理をして」
「おう」
そんなグラにグリはそれ以上何も言わず腰に回した両腕にきゅっと力を込める。
二人を乗せた箒は、改めてモスキートンの後を追うべくシュプールを描いて空を翔ていった。
「見えた――!」
肉眼でモスキートンの姿を捉えたグリが声を上げる。
モスキートンは少なからずダメージがあるのか、精彩さの欠ける飛びかたをしながらも、真っ直ぐ目的の場所へ向かって飛んでいく。
その先には、大きな山脈が静かに横たわっている。
「このままじゃマスターが危ない! グリ。スピードを上げて!」
「解ってる! でも、今はこれが限界だ!」
二人を乗せた箒は着実にモスキートンに近付いているが、それよりもモスキートンが二人のマスターの元へ辿り着く方が確実に速い。
「だったらグリ。ここからアイツを仕止めるよ」
「ここから!? ここから届く魔法なんてオレ達持って無いだろ?」
「シンクロ魔法ならギリギリ届くよ。照準はボクが付けるからグリは火力をお願い!」
「解った!」
了解の意を返しグリが箒から手を離すとそのスピードが一段落ち、少しずつ近付いていたモスキートンとの距離が、今度は少しずつ離れていく。
両手が空くと、グリはその手を胸の前に空気の玉を持つように翳して、意識を強く、鋭く磨いでいく。
箒の後ろに跨がったグラはグリの腰から手を離すと、今度はその手を肩へと掛ける。
「むぐぅ……」
「あ、ごめん」
前から苦し気な声が漏れ聞こえると、慌てて謝り手を頭に掛け直す。そうして身軽に箒の柄の上にすっくと立つと、前に向かって両手を伸ばし、指で作った枠の中に離れつつあるモスキートンの姿を納めながら、意識を細く、鋭く磨いでいく。
二人の身体を不可視の魔力のオーラが循環する。
「いくよ」
「おう」
言葉少なに声を掛け、
二人は同時に息を吸い、
二人は同時に呪文を紡いだ。
『シグーナ・ジクーナ・グリハム・グラハナ・ハマルト・マトルシェン!! 我等二人の想いを重ね、主に害為す悪を滅ぼせぇっ!』
その瞬間――、
――ヴンッ。
空気が震える――。
二人のいる場所より更に上空で、
白く、黒く輝く光が六芒の魔方陣を描き、
更に複雑な紋様が展開していき、元の魔方陣の3倍くらいの直径になる。
白い、黒い発光が、強く、また強くなっていく。
そして発光が限界を越えた。
――――――ンンッ……。
音にもならない音が空を渡り、光の柱がモスキートンを飲み込んだ。
「キシャアアァァァァァーーーーーッッ!!」
突然の事にモスキートンがのたうち回るが磔られたかのように光の柱から脱け出せない。。
断末魔の叫びを上げるが、それすらも光の柱は飲み込んでしまう。
程無く――、
モスキートンは塵芥と消え去った。
グリとグラは魔蟲モスキートンを退治した。
「「やっ――」」
「ん……ぅん…………」
二人が喜びの声を上げようとしたその時、喘ぐような声と共に山脈がもぞりと動いた。
「………………」
「………………」
グリとグラの嬉々とした表情は一気に強張り、じっと山脈を見詰める。
が、それは身動ぎ一つしただけで、それっきり大きな動きは見られなかった。
改めて。
「グリ」
「グラ」
名前を呼び合いパシンと一つハイタッチ。
主の眠りを妨げないよう、小さく喜びを分かち合った。
~~~
「てな感じでですねぇ、てな感じでですねぇ!
てな感じの商品を造りたいのですよ、ワタクシは!!」
かなり興奮した面持ちで、ビン底眼鏡で傷んだピンクの長い髪を1本の三つ編みに結んだ白衣姿の年若い女性が、鼻息も荒く自分よりも頭一つ背の高い相手に詰め寄っていた。
「却下よ、シア」
その相手――、
知的眼鏡の黒髪ストレートの、如何にも『デキる女』のオーラを醸し出す白衣の若い女性が膠も無く切り捨てる。
「なんでですかっ、アスハ所長!!」
迸る熱きパッションを抑えきれず、ビン底眼鏡の女性シアが、知的眼鏡の美人所長アスハに更に詰め寄る。
鼻と鼻が付きそうなまでに近付いてくるシアの顔を、アスハは持っていたバインダーを間にスルリと滑り込ませ押し戻した。
「ナンセンスにも程がある。それにそんな極小サイズのホムンクルスを作製するのにどれ程のレア素材と資金が掛かると思っているの?」
「そんなものこれが完成すればいくらでも回収出来ますって!」
「根拠は?」
「萌えを愛する女子は星の数程多いのです!」
「話にならないわ……」
理解不能な根拠を自信満々に、慎ましやかな胸を反らせながら垂れ流すシアに、思わずこめかみを押さえ鎮痛な表情を面に出してしまう。
そしてそれを振り払うかのように軽く頭を振ると踵を返してこの場を去るべく歩を進める。
「な!? ちょっ、何処へ行くんですかっ??」
「顔を洗って出直しなさい」
「そんな事言わずに! 人には『萌え』と言う潤いが~~……」
その日、逃げるアスハを追い掛けるシアの声が王立第六魔導研究所に虚しく響き渡った。
貴女のお部屋を自由気儘に翔巡って絶対防衛っ!
ちっちゃなハンター 『魔法少年グリとグラ』
……発売未定。
地の底を這いずる気力も無い程モチベーションがだだ下がっている現状です。
宜しければ評価など頂けますと幸いです。