同じ敵、違う戦場 ②
城門前についた瞬間に囮部隊の【魔族】が身を低くしてその場から離れた。ほぼ彼らの頭があった位置を埋めるかのように一閃の光が侵略者の首めがけて飛んでいった。
……が、そのまま首に触れることはなくても手前数センチのところで霧散した。
「手荒い歓迎相変わらず」
相手の言葉に答する【魔族】はもう誰もいない。代わりに返ってくるのはありったけの弾幕と戦線に響くルルイエの号令である。
「……グスタフ、次!」
号令と共にグスタフが弾幕の一部と化しながら複数体の侵略者に向かって剣を構える。その剣は普段下げている二対四振りの剣ではなく異なる四色の薄く透き通った刀身をした彼本来の剣であった。
その四振りは味方にすら恐怖を覚えさせる。もし恐怖を覚えていなくてもその剣が振られればすぐに恐怖が身に染みるであろう。
まず二色の刀身が空間と共に侵略者を通り抜ける、するとそのまま斬られた二筋の剣閃の間が吹き飛んだのか吸い込まれたのかかき乱されたのか辺り一帯に明らかに斬られたものとは異なる残骸を撒き散らしながら周囲を地形ごと抉りとった。それをそのまま周囲の崩壊時の衝撃波に乗せて残るふた振りをそのまま真一文字に振り払うとと刃の触れたほかの侵略者を吹き飛ばしながら拗じるように潰してしまった。
「久々にこの剣を振るいますなぁ……姫様、ご無事で?」
「今度はアイギスもいますから大丈夫ですよ」
かの剣は斬るものでは無く、相手を消す剣だ。互いに常に莫大な力で反発、あるいは引き寄せ合い並の者ではそれに耐えることすら叶わず持つことすら許されない。他の魔将軍すら自ずから持つことは拒むそれをグスタフはルルイエの元につく前から握っている。それでも常用しないのは過剰な破壊力のせいで味方すら危うくなるからである。
これで四体、残るは五体。本来なら瞬間的な共有によって耐性を造り上げる侵略者ですらこの爆発的な破壊の前に耐性を得るまでにそれだけの個体を失う。耐性を得られてしまってはいくら破壊力があろうと意味がない、以後は他の手段で攻撃する事を余儀なくされる。それでも五体程度では魔将軍各々が担当すれば十分倒せるようになったことは何にも変えられないのだ。そう時間が立たないうちにそれぞれの魔将軍と配下によって各個撃破され残るは例の喋る本体付きのみとなった。
他の個体は抵抗というより何があろうとも使命に忠実に世界の理を侵食し周囲の魔物を感染させ続けていたのだがこいつに限ってはちゃんと行動出来るらしい。先ほどからしっかりと防御の術もあるようで何かしらの方法で弾いたり受け止めたりしていて全くダメージになっていないのがうかがえる。
「全く……攻略法を知っている相手を何度も相手させられるのは本当に嫌になるね……だけどそれもここで終わりさ!」
突如周囲に無数の穴が空いていく。それは地面だろうと空間だろうとお構いなく開き、中から禍々しい槍やら剣の数々が吹き出てきた。余りにも唐突で異様な攻撃に【魔族】は一瞬動揺する。しかしグスタフの攻撃から元より味方を守るべく行動していたお陰か少数が負傷するだけに留まった。
姫は考える、かつてこの様な事態はあっただろうかと。負傷した味方はアイギスを初めとした【魔族】に守られ、もうしばらくすれば後方に引けるだろう。あと敵は一人。それでもこれが済んだところで次の本作戦が待っている。出来れば今後の為にも相手に耐性はできる限り付けさせたくない。かと言って出し渋ればそれこそ本末転倒になるのではないだろうか……と、次の処理を始めようとした時である。
ルルイエの横をかつて一番恐れ、恨みを抱いた感覚が貫いた。その主はそのまま敵の首でもなくただただ中央目掛けて駆け抜けていった。これは作戦にはない予定外の行動だ。
「……っ?!」
「予定外には予定外をぶつけないと」
そんな呟きが聞こえた気がするが声の主はもう既に相手のど真ん中に大穴を開けて背後に立っていた。こんな事を前から出来るのはこの中で敵以外で唯一の【魔族】ではない存在、メビウスその人である。
「なっ……君は……後でどうなると……」
無邪気に笑っていた顔が歪んでいる。どうやら手応えがあったようだ。
「……この世界は僕の仕事場じゃないからね、今は一人の住人だよ。それに……そんなふうにしていてもどうせ仕様通りなんでしょ?」
「…………」
メビウスからの問いかけの瞬間歪んでいた顔は元通り、いや無邪気に笑わなくなりただ無表情になりそのまま砂になるように消えていった。
そのまま消えていった跡にはメビウスが刃が砕け柄だけになった。剣を捨てて立っているだけの光景が残ったがこの光景を覚えていない【魔族】の方が少ないものであった。
メビウスは【勇者】と称しつつも紛うことなき異物である。誰にも気づかれること無く偶然に偶然を重ねた類まれなる能力を得た人間と思われてきたが創造主を屠った通り存在は偶然ではなく意図的に送り込まれた物だ。
「……これで良かったかな、ルルイエ、いや姫様」
「え、えぇ……確かに目的は果たされました」
彼は疑うことなく魔族は悪として切り伏せてきただけで世界を滅ぼしてしまえば本来なら世界とともに消えるはずの存在だったのが消えなかったが為に歯車が狂いこうして味方として戦えるのだろう。故に【魔族】内でもここ暫くの彼への印象は新しく現れた異人程度であった。
しかし現実、彼の振るう本来の力は謳われるような守る為の力などではない。全てを破壊に委ねた力である、概念も存在も全てを破壊する。そうでなければ創造主を殺すなど出来ない。そんな姿が再び【魔族】の前に見えたのである。
そんな彼の姫様呼びは彼の変化を示すだけではない、一部の【魔族】に様々なな感情を焚きつけた。
ぼちぼちペースを戻せるようにリハビリを兼ねながら。