主導権
「……ところで【厄災】様?あの方は何だったんでしょうか?」
「……我が何もしなかった時点で察しろ、あと【厄災】様はやめろ、せめて龍神様ぐらいにしてくれ」
取り残された二人はぽつりぽつりと会話を作りだす。
「……その強さで龍神って言っていいんですか?」
「……崇められてれば神様だからいいんだよ……」
強さの基準として神のようと言っているのなら笑い話であって当然世界内で序列をつければ相当上位なんだろうが散々最強でも何でもないことを自覚させられている以上強さの尺度としての神は使いたくないのが本音でせめて強くなってから使いたいというのがある。
一方信仰としてはどうだろうか、どんな宗教や思想であっても崇める対象のことを神とすることは決して少なくないのではないか。故に現状は信仰対象としての龍神を名乗っているわけだ。
「ところで龍神様?二人だけで世界を落とすつもりですか……?」
「いや、さっきまでそこらにいたはずだが……」
そう言った瞬間木の葉が新芽でもないのに青くなった。
……大体把握した。おそらく木の葉は敵と思って片っ端から食いつくしたのだろう、その結果魔力の無いものは消えたと言うわけだ。せめて敵味方の識別ぐらいしてから喰ってもらいたい。
「……お前、もしかしなくても味方も喰ったな?」
「……どれが味方か聞いていなかったので」
もしも命を取りあう場所でならいちいちあなたは味方ですかなどと聞いていて命があるとは到底思えない。しかし今はそうではない。そもそもこいつは強いのだから周囲の魔物程度無視してもいいはずである。
「……次からは教えるから手あたり次第はやめろ」
また【厄災】にとって一つ面倒ごとが増えてしまった。
――一人ではできないことも複数人でなら可能になることは多々ある。しかしながらその逆もまた少なくないのだ。
◇
――処変わって研究室
「でな、良い策だとは思わんか?」
「良い策と言われましてもいくらか私には運頼りな部分が多すぎて……」
アウラの話を受けていろいろと手元に資料化して眺めているがその顔は芳しくない。
「今回はアウラ様に賛同致しかねます。そもそも相手が知能をどこまで有しているかわからないので……それに世界一つ増やしてそこだけを手薄にすればいいなんて見え透いた罠……上手くいくとは到底思えません」
マキナが言うことは間違っていない。相手が知能を有しているからこそ隊列や包囲は意味があるのだ。戦争法どころか撤退すら考えないような相手はむしろ早期に戦意消失による撤退があれば救いだがそうでなければ最後まで全力で襲い掛かってくる。
しかもアウラの策と言うのは4つ目の世界を既存の3か所よりも改変しやすい状態で設置し敵を誘導。世界ごと抹消してしまえというネズミ捕り方式ともいえる類の策だ。相手に知能があればその時点で手の内まで完全にバレる策であるしそもそも今襲ってきている輩――時空超越の気味悪い侵略者が知能が無いようには見えない。そのためにいくら今回の目的が手を焼いている感染体の殲滅と大本からの出現の抑制とはいえ、というわけだ。
「……まぁ運頼りと言うのもありますがそもそもこれで大本を断ち切れるという確証は?」
「それに関してはある。私ら含め時間操作に気が付けない様な改変ができるのは私がこの目で見た相手がいた以上その大本しか心当たりがないんでの、先ほども説明した例の時間がずれた場所を潰すのはもともとあったものまで潰すことになるがゆえに最後まで使わないでおきたい。それと敵陣に突っ込む前に出来る限り今一番面倒になっている相手の親玉を潰す。そもそも今手を焼いているその魔物は皆もとはこの世界の物、どうしても供給はこの世界からせねばならんからの」
「……その間他所ではどうするつもりで?下手したら生態系まで取り返しのつかない崩し方になりますよ」
敵を誘導するのにただ改変を容易にしただけでは餌にはならない。ここでアウラの策の奇抜さが出る、既存3か所での魔物自体を一度消し去るのだ。代わりに新しい世界にありったけ餌を蒔く。これで否応にも誘導するわけだ。かといってポンポン消したら消したで当然問題が出てくるのが常であり生態系のパワーバランスが崩れれば何が起きるか見当もつかない。
「……ならダミーでも置くか、あるいは影響を受けないそれ用の何かを置くかするかの……そうでもなきゃ操って無理やり制御するか……」
「生物にダミーなんて聞いたことありませんよ、一番戻すのが簡単なのは最後のですがね……生物を操るのはいささか障りますがね」
するとマキナが耳打ちしてきた。
「おとーさん、ちょっとアウラ様強引じゃないですか?」
……やけに神様が強引に出ているのは気のせいじゃないかもしれない。少しばかり警戒しなくてはなるまい。この改変騒ぎがなくなればうれしいに越したことがないがあまりにも急ぎ過ぎている気もしないでもない、そもそも相手を知っているという時点でこちらとしては神様自身も疑わなくてはならないというのにあまりにも物事の決定が過去に経験したというのを加味したとしても早すぎるのだ。
「まぁ強引なのはわかっておるわ……あと生物についてじゃがそこのトールやらせればいいじゃろ、ほれトール、そういうことになったら頼むぞ」
さすがにトールも創造主と言えども急な依頼にこたえていいかという様子に見えたのでこちらからも許可を出しておく。トールに関してはこれまでの維持をするだけなのだから特に問題はない、むしろトールに何かあれば神様が黒だった、ということがわかるわけだ。
「……まぁよいでしょう、トールこちらからもその時は頼む」
「かしこまりました……それと久々にこれを」
そう言ってソファに座って3人の囲む机に今回はコーヒーが三杯。代わりに中央に角砂糖とミルクが添えられた。
「……トール、私、苦いのは……」
「成長されたのですから物は試し、というわけでございます」
そう言いながらマキナのに角砂糖を少しばかり多めにいれミルクも加える。アウラも地味に初めてのはずだがアウラはそのまま飲んでいる、反応を見る限り特に問題はなかったのだろう。
「……じゃ、じゃあ……ん?あれ?」
恐る恐る一口目、驚いたような顔をして確かめるように、すすり二口目……と次第に飲む量を増やしていく。気が付けばカップからは中身がなくなっていた。
「創造主様が成長させましたから大丈夫だと思いまして……大丈夫でしたでしょう?」
「……おとーさんと同じのを飲めました……」
思わぬところで娘の満面の笑みを見ることができてしまった。トールには感謝せねばならない。
……しかしその横で固まっている神様の姿が
「神様?……ん?大丈夫ですか?」
「…………」
カップを握ったまま完全にフリーズした神様がそこにはいた。