娘の疑問
一方そのころ、マキナの方でも動きがあった。
彼女も同じように初期種族配置を進めていたのだが……
「おとーさんが種族を複数用意する理由がわからない……人だけでも変わらないと思うわ……」
おとーさん、要するにマキナを作った男の考えがいまいち理解できないのであった。
つくられた折に目的も刷り込まれてはいるがそこにあるのは男の夢である。
夢のためにというがマキナは夢を見たことがないのだ。
そもそもお父さんがいつ夢を見たのかもつかめていない。
「おとーさんが思ったようにするの、マキナは反対しないけど……夢って何かしら……?」
夢を実現したいと思う気持ちを理解してみたい。
しかしマキナには寝る必要も願う必要もないのだ。
そもそも人間が睡眠が必要なのは物理的に休める理由よりも脳みそを休めるためというのが理由の大半を占める。
不眠不休で壊れるのは体よりも脳だったりもする。
「これが終わったらおとーさんに聞いてみなきゃ……」
そうして着々と種族配置と文明創造を進めていくのであった。
◇
「神様がこんなに楽しいとは思いませんでしたね……疲れも一切感じません」
「そもそもちゃっかり体も作り替えておるのだろう?短期間でよく適応したものよのう……」
そんな会話をしながらアウラたちが帰ってくる。
それに気が付くと
「おとーさん、アウラ様、お帰りなさい」
「うん、ただいま」
そう言って男はマキナの頭をなでる。マキナもうれしさが見て取れる。
「おとーさん、おとーさん、聞いてもいい?」
先ほどの喜びとはうってかわって心配そうな眼で男を見つめている。
「あ、あのね?おとーさんは休まなくて平気なの?マキナはとても心配」
なるほど、知っているものだと思っていたが知らなかったらしい。 マキナの頭をなでながら説明を始めた。
「安心してくれ、私は確かに見た目こそそのままだけども今はその必要はないんだ。心配してくれてありがとう」
ついでに付け加えると目標を練るにあたって他にもいくつか体を弄った。過去の品も試しに呼び出してみたのだ。
初めは子供のころに描いたであろう一種の黒歴史ノート。あまりにも痛々しくて途中で見るのもやめてしまったがこのノートは本来ならいつの頃かすててしまったノートだ。このノートを手元に呼べるということは時間も超えることができるということである。試しに不安はあったが過去の記憶を呼び出してみたのだ。その結果は言うまでもなく、構想を練るのに大いに役立った。
今目の前にいるマキナだってそのノートをヒントに作ったといっても過言ではない…むしろどうして姿は老人のままなのかという話は単純に不満がないからだ。
確かにこちら側に来るまで結婚どころか付き合ったこともなかった、一応兄がいたが兄は結婚もしたし子供もいたので特段種族として問題はなかっただろう。なお一応説明するが、先に逝かれてしまったが病気でも事故でもない。その後、そういうお付き合いはなかったが別に嫌われてたわけでもないし、そもそも毛頭するつもりもない。
今になって若返る必要があるのは疲労がいらない、とか物事を考え続けられることであって今さら、というわけである。こんな短い間に再び意図せずできたとはいえ娘に何か言われたらさすがに検討しようとは思った。
「……まぁ確かにお父さんというには老けすぎかもしれないな……マキナは嫌かい?」
「嫌じゃないけど……でもおとーさんは必要じゃなくても休んでほしい……」
「おうおう……娘に休んでくれと言われてしまったのう、むげにはできんのう……?」
と言いながら笑ってアウラが茶化してくる。
「お手伝いをもう一人つくってたまには休むのも大事かもしれませんね」
苦笑いしながらそう答える。実際のことを言えばマキナを作る時点で孫のようにかわいがるつもりだったのだ、それが形式だけだったとしても。
すでに人間の外側にいるようなものだがこうやって人らしくいられる最後の堤防みたいなものだった。
せめて次の世代を思って育てるぐらいは人としてしておきたい、それすらしなければ心を忘れてしまいそうで。
そういえばアウラはむしろ私が来てから妙に人らしくなった。逆に言えばそれまでは人とはかけ離れていたということだ。男はそうはなりたくなかった。
――いくら創造主になったとはいえそれは男の心が許さなかった。
「……進化を待つ間ぐらいのんびり休んでみるか……」
心のための休みだと思って久々に人間臭いことでもしてみよう……そう考えている時点で人でないことを認めているようなものだが男はまだ自覚していなかった。
そんなことを思っていればアウラが何かに呼ばれたように振り向いて一言、
「ん?……すまぬがちょっと私は自分の世界の様子を確認してくるぞ…何、すぐもどるからの問題が起きたとかではないからの」
そう言って研究室のドアからどこかへアウラは消えていった。
――ドアの向こうの無はいつ見ても不思議な光景である。
◇
ちなみに進化を待つ、待つのをやめるなんてことはとてもたやすい。時間を操れば済む話だからだ。
ここに来る前……生身の頃は年齢もあってよく休みを入れていた、といっても研究室の外を歩くだの、新人の面倒をみるだの、自分の研究の設備の様子を見に行くだの……そう言えば、 そこにコーヒーを携えていた時もあったか……
「……そういえばコーヒーなんてしばらく飲んでいなかったな。どれ、やってみようか」
「おとーさん、コーヒーってなに?」
「まぁマキナには苦いかもしれないなぁ、そういう飲み物だよ」
まずコーヒーカップを呼び出す。何の変哲もない白いコーヒーカップ。
マキナが飲めるかはわからないので自分の分を出して分け与えればいいだろう。
記憶を呼び起こしながら懐かしい香りと色をした液体がカップにたまっていく。
「いい匂いがするけど、おとーさんはこれを飲むの?」
「んー、そうだね……私はこれで飲むけどマキナはちょっと待っててね」
……いきなりブラックを飲ませるのもどうかと思ったが、やはり二つ目のコーヒーカップは必要だったのだ。今度は砂糖とミルクも呼び出して少し入れてから
「そのままだとマキナには苦いかもしれないから少しずつ飲んでこれを入れて混ぜてから飲むんだよ」
「はーい」
おそらく砂糖もミルクもかなり入れるだろう……そんな予想をしながら久々のコーヒーを飲む。あぁ懐かしい……必要なくしたとはいえやはり心的に休みがあるのはリフレッシュとしても大事かもしれない。定期的に休みを入れるかな……と考えながらマキナに目をやる。
……コーヒーを吹き出しかけた。
白い。
明らかに飲んでるものが白い。
どれだけミルクを入れたのか……要するにあまりに苦かったのだろう。
そしてように粘性があるように見える。砂糖も思いっきり入れたのだな……
「……苦かったか、無理に飲まなくてもいいぞ?」
「おとーさんが普通に飲むから大丈夫だと思ったのに……同じものが飲んでみたいのに……」
しょんぼりする姿を見るとどうにもいたたまれない。何とかしてやりたいがどうしたものかと考えた結果あることを実行した。
「……あぁそうだ、これなら飲めるんじゃないか?」
そうしてコップを出して注ぎ込んだのは似たような茶系の液体、先ほどとは香りは違う。
「おとーさん、これはなーに?」
注いだ液体……それはコーヒー牛乳である。
「私が飲んでるのはコーヒー、そしてこれはコーヒー牛乳といってよく似た飲み物だよ」
――名前こそコーヒーとついているがコーヒー牛乳として売っているものは実際はコーヒーとは別物と思っていいようなものだ。風味と言えばいいだろうか。
同じものが飲みたいと思っていたようだからこれで妥協してもらおうと思ったのだ。
「…………」
一口飲むとマキナは無言でみつめている。
「甘すぎたかな……?」
心配になってきた。いや、さっきのコーヒーを見るに甘すぎで飲めないということはないはずだ。
不安になりながら反応を待つ。
「……おいしい!すごい甘くておいしい!マキナこれ大好き!」
満面の笑みで答えてくれた、気に入ってくれて何よりだ。マキナの顔を見て一つ思いついた。毎回自分で用意するのもいいがお手伝いに世界管理じゃなくてこういうお手伝いもいてもいいかもしれないな。
「マキナ、お手伝いを一人増やしてもいいかな?」