創造神、趣味に目覚める
「さて……一度目的を成されてしまうと観察の楽しみも減ってしまうのう……作らせたいという好奇心が勝ったとはいえ、これをそのままにできたら楽しみに専念したいところなのだが……」
そうぼやいているのは男のいた世界を作った神だ。
白い空間の空中ーそもそも地面があるのかも怪しいがそこに座りながらこれまで観察していた光球を眺めている。
「さて……調整も任せたことだし……のう」
立ち上がって光球を後にする。
その姿は楽しさに胸を弾ませる少女のような感じがある。
最近その神には変化があった、その容姿、声ともに中性的であったのだが男がこちらにきてしばらくしてからのことだ。
それは…… 文化をその身で楽しむことである、よくよく考えてみるとおかしなものだ。
男がこちらに来る前にも時間はあるはずである。
人類の歴史などそれこそ世界創造の全体の期間に比べればなんと短いことであろうか。
しかし神の世界に定めた目的はそこで進化してきた生物が世界を超えてくることである。
それは設定した世界の拡張速度よりも速く世界の外に飛び出すではなく1つしか作ってない世界にもう一つ世界を作ろうとしたことで超えてきた。
どちらにせよ目的を為すためには技術発展が必須であった。
神はその発展度合いを常に見ていたので文化面は一切考慮していなかった……それどころか不必要とも考えていた。
しばしば文化面にかかわる技術ばかりが伸びて神の視点からはその伸び悩みがもどかしかったのだ……今の楽しみようからは想像もできないのは言うまでもない。
そもそものきっかけは男がこちらに来たからである。
彼と意思疎通を図るために彼の記憶や意識から情報をかき集め、彼が畏怖しない程度の存在に多少変化して現れた時だ。
……最初こそ手段で変化していただけであったが常に観察するだけだったからだろうか実際に体験することが楽しかったのである。
男に任せる、というより投げだしでからは独りでに文化に浸かりこんでしまった。
絵、音、衣服……すべてがその神にとって体験すべきものとして映っているのだ、それはまた言葉も同じである。いくら畏怖させないようにとはいえ多少なり自分がそういう存在であるという空気は残しておきたかった。
その結果が語尾に出てしまった、男の周囲でそういう存在の人間の語尾がそうであったようでそれに影響されたというわけだ。次から次に文化の中で生まれていった産物をその場に出していく。
「さて……次はこれを……ほう、これは……なるほどなるほど……?」
手に取ったのは服、落ち着いたキャメルのセーラー、よく見れば制服とは異なり、襟を焦げ茶で縁どられていたり、少しばかりやわらかめの布で作られている。
「ふむ……調べてみれば微妙に細部が異なったものがあるのだのう……これはどのような人間が身に着けるのだ?」
映像が現れるように軽く念じる。
実際に身に着けている人間を見るのがいいと考えたのだ。
映像に映る似たような服を来た少女達を眺め、ある程度の法則を見出していく。
「なるほど……この様な人間が着るのだな、ではこれでよかろう」
徐々に姿が変わっていく。
本来なら一瞬で作り変えることは可能であったが、あえて徐々に変わるようにしたのはその変わり様も楽しもうという神・・・というよりすでに十八かそこらの少女のように姿を変えた彼女の遊び心だ。
「いざ、着てみるとなかなかに面白いものだのう、着飾るとは実に面白い文化であるぞ!」
と合わせの服を探し始める、何も知らずに見ればただの少女がおしゃれを楽しむ様と何ら変わりない姿がそこにあった。
「……そろそろどのようになったか見に行ってみるかのう」
常に男の作る様子を最初から観察するのも手ではあったのだが目標が種族を複数作るなんて言ったものだから基礎を創る部分においては見るものがないだろうと踏んでいて触らずにいた、しかしそろそろ生物ぐらい作り始めているだろうという自分の時の経験からそう考えたのであった。
先ほどと同じように映像だけ見ることもできるがもう一つの理由から直接見に行くことにしたのだ。
「この姿で見に行くのも悪くなさそうだしの」
そうして白い空間を進んでいくのであった
◇
研究室の中で光球の輝き方がわずかに変わっていく。
世界が動いている証拠だ、椅子に座りながら男はもう一つ予定している世界について悩む。構造自体は男の元の世界と同じような構造にするつもりの世界であった。
先ほどの世界より悩まないつもりでいた、構造については特段悩むつもりはない。
種族を種族内部で争わせるべきか否かが今の悩みの種だ。
「常に戦うようにすれば技術は進むかもしれないが文化は……」
男は文化がどういう影響を及ぼすのかを彼なりに理解していた。
文化の違いで戦争すら起こしてきた世界であるが思考に豊かさをもたらしうるのも事実であり、異なる文化に触れ、吸収し、他の方向へ進んでいくということもあった。戦争の中で生まれる文化も少なくないが戦争がない間の方が文化自体が発展しやすいのである。
「種族を4つぐらいに分けて競わせられるといいんだが……バランスが崩れれば滅びてしまうかもしれないのが心配だ……対策があればいいのだが何かないものか」
別れればわかれるほど異なる文化が広がる可能性が高い。
そうすれば発展の方向性も異なっていく可能性も高く、後に混ざり合ってはまたそれぞれで発展するということも望める……ただしこれはそれぞれがバランスを保っていた場合である。バランスが偏れば瞬く間に文化も統一されるだろう。そう危惧しているのである。
「……神様にお伺いを立ててみるか……先人として策を持っているかもしれない、加えて他にも情報があるだろう」
何かあれば呼ぶとは聞いていたがおそらく願えば向かうことができるだろうと考えていた……その必要ななかったようだが……
「創世は順調かな?」
研究室の外から聞き覚えのある声がする。丁度いいところに……と男はドアへ向かう。
「いやいや、神様、丁度そちらにお伺いしようかと……」
ドアを開けながらまさに丁度いい時に来てくださったと思っていた男は硬直した。
はて……私の世界を作った創造神はこんなかわいらしい少女であっただろうか、少なくともどちらとも取れぬ姿形をしていて服を着ていたかもわからないような印象をうけたと記憶していたのだが……男からみて彼女は娘というには若い、かといって孫というのは難しい年齢である。
「失礼ながら……どちら様でしょうか……?」
おそらく彼女は神様であるはずなのだがさすがに前回から変わり過ぎなのだ。
「こういう反応をするのか……面白いのう、その神様で間違ってはおらぬよ、証拠は……いらないかのう?」
あぁ、神様、前回私に手ほどきをしたモノが少女になって現れました。
―― そう願いたいが目の前の少女が神様である。祈りようがない。