【魔製人形】だからこそ
一体どこに連れていかれるのか、なんて思えば至って普通の――いや、香水、化粧品、下着……確かにユラが同伴は無理だの。
「はて、これならライカが同伴でも良かったし、一人でも問題ないじゃろ?何故に私じゃ?」
「【魔製人形】ですから見ず知らずの人は気味悪がって売りたがらないんです。……ライカさんの場合はこういうのに連れていくと喧嘩売って帰って来ないので駄目です。あ、これ持ってください」
【魔製人形】に売りたがらないというのには続きがあり、人に近い程作るのに当然複雑に魔力を素体に仕組まなければならない都合上ペトラと同じレベルの【魔製人形】は全く居ないそうだ。
つまるところペトラ程の人形は人らしすぎて化け物か何かと気味悪がられるらしい、それとは別に機械にこのような品物が必要かという疑問もあるのやもしれぬが……そう言って店を渡り歩いく間にペトラが付け加えた。
「あぁ……加えていえばダンさんも駄目ですね。あれはこういう所に連れてくると目に毒だと言って倒れるか死にます」
「お、おう……?」
ん?どうしてここでダンが……と、急にペトラが振り返って一言。
「アウラ様が性別変えたことは知っていますから。……にしても存在は変わらないので私には分かりますが便利ですね。顔も体つきもほぼそのまま、少し羨ましいですわ。本来ならそういうことは出来ませんもの」
「別に性別は隠しておらんからの……ただ変えたことは言うでないぞ。ってどこを触っておる、や、やめんかっ?!」
服装も前のまま、傍から見ればすこし年の離れた女性同士がじゃれているだけじゃが……
ペトラが興味のままに肩や首、胸板までペタペタと触ってその変わりようを楽しんでいる。
「ペタペタ……にしても凄いですね、顔はそのまま、身体も触るとやはり男性……見た目は少女……私ですら難しいのに」
一向に触るのをやめる気配がない、そろそろやめて欲しいのじゃが……くすぐったいわ、変な気分になるわ……
「そろそろくすぐったいから止めんかの……」
「……後で男性素体を自前で作ってみましょうかね、やはり楽しそうなので私もやってみなくては。さて次のお店はこっちですわ」
気になったので聞いてみれば最近は自分でも素体を弄るようになったらしい。
人格を作っている本体は先程見せた結晶のため結構素体は融通が効くようだ。それにしてもペトラの素体は不思議なもので触れても熱はないのだが人と同じほどではなくともそれとなく柔らかさがあり、見た目だけでいえばほぼ違いはないという完成度。錬成でなければ一体どうやって作ったのか……
こうして次の店へたどり着いたがなんの店じゃろうか。
「ところで本当にこれが対価でいいのかの?これなら私が買ってくるというのでもまだ足りぬと思うのじゃが……」
「それもそうですが……買い物を楽しんで見たかったので。経験は何事にも変え難い事ですわ」
人形も経験を経て成長するのだ、彼女達は魔法で生み出された状態のままではないのだと認識させられた。
……彼女達は生まれこそ人の手じゃが生物と何が違うのだろう?現に店の中に入っていった彼女はこちらから見る限り買い物を楽しんでいる、表情だってそこらの人と大差ないではないか。
とそんなことを思っていると店の中から手招きされた。
「なんじゃ?」
「アウラ様、これなんてどうでしょう?」
どうやら仕立て屋だったようだ。
白いワンピースを手に取って身体に重ねている彼女は似合っており私がどうこう口出しするようなものではない気がするのじゃが……と奥から店員であろう【エルフ】の女性が現れた。
「あらペトラちゃん、本当にお友達なんて珍しいじゃないの。本当に綺麗な子ねぇ?」
「おばちゃん、この子にも私みたいに出来そう?」
「そうねぇ、こんな子は初めてだけど多分大丈夫よ、任せて頂戴!さて、ちょっとこっちに来てもらえるかい?店の中じゃこればかりはやりにくくてね」
……もしやそのワンピースを含めて私の服選びじゃったのかの……?とそんなことを思いつつおろおろとペトラの方を見たとたんガッシリと肩を掴まれてしまった。
「大丈夫。おばちゃんはいい人です。私もかなりお世話になりました。ほら身を任せましょうね」
「な、何をするっ?!」
な、なんじゃ……一体私に何をするつもりじゃ……そのまま店の奥の小部屋へ入ると二人がかりで脱がされ始めた、ただ事ではない。
「はいはい脱いで脱いで……あらまぁ、本当綺麗な身体ねぇ……男の子なんて嘘みたいだわ」
「な、何をするんじゃ?!ま、まて脱がすでないっ?!ひっ、や、やめっ」
「そんなに怖がらないでほしいわね。大丈夫、あなたの事情は聞いたわ。普通に服を買うのもどうしたらいいか苦労するでしょうから私が手伝ってあげるわ。ほらほら、ちょっと脇を開けて……」
あとはされるがまま。何やら紐のようなもので色んな部位の長さを測られた。
「はぁ……はぁ……ぺ、ペトラよ、一体私になにをするつもりじゃ……?」
「んー、そうですね。アウラ様は服買ったこと無さそうでしたので、紹介がてらプレゼントと言ったところでしょうか」
……ペトラの言うことは間違ってはおらぬ。確かにこれまでルルイエから色々してもらったり自分で創り出してはいたが人から買うのはこの前説明を受けたぐらいだからの。
一通り採寸したのをどこかに記録してきた仕立て屋のおばちゃんが今度は生地を持ってきて彼女と比べていく。
「そうそう、外で困ればおばちゃんになんでも聞いてちょうだい。うちはそういうところだからさ。あ、ペトラちゃん、こっち側持ってもらえる?」
「分かりました。今度からこの子だけで来るかもしれないけどお願いできますか?……あ、この柄いいんじゃないですか?」
「いいよいいよ、任せておくれ。……それならこっちの色で……」
なんとも器用に会話のなかで生地をどれにするかも決めていく。話を聞く限り過去にも何かあったようじゃ。
「お、お主はどういう付き合いなのかの?かなり長い付き合いに見えるのじゃが……」
「んー、そうさね……ペトラちゃんの時は最初気味悪がって誰も服すら売ってくれなくてねぇ」
おばちゃん曰く、終いには人形なんだから服なんてとか言い出すのまで出て見てられなかった、と。この子は確かに人形だけどだからって気味悪がって売らないなんてとんでもないし、着せないなんてもってのほか。それで何とかしなくてはと思い彼女に色々と生活面でのことを教え気味悪がらせないようにしてみたり色々としたらしい。
ここまで来てあることに気が付いた。制作者が一切出てきておらぬではないか、ユラの奴が何もせず手をこまねいていたとは信じがたいのじゃが……
「ところでその話、作った本人はどうしたのじゃ?」
「まぁ所長も何もしてないわけじゃなかったんですがこういう風になるとは思ってなかった所もあるようで。今は彼の意図で子供のうちから意識を変えてしまおうということになり私は今受付から教師になっている訳です。所長は所長で私がどんどん人らしくなった時にこうなってしまったことを一番憂いてくれましたから」
ユラもユラで今後のためというのも含めて行動していた様で一安心じゃな、これで何もしてなかったら私が彼を選んだ目が狂っておったことになってしまうからの。争いや独占、己の行いに責任を持つような奴でなければ教授しておらぬ。
◇
「それじゃあ三週間ぐらいかね。出来上がった時にペトラちゃんかアウラちゃんに伝えるわ」
あの後細部についてペトラと仕立て屋のおばちゃんが話し込んでいたようじゃが私にはよく分からなかったのじゃ……
その帰り道のこと。
「アウラ様、今私はとても満足しています」
ふいにペトラがつぶやいた。
「なんじゃ急に」
「いえ、自我をこのようにもってから人形だからといろんな経験をしましたがそれは【魔製人形】だからこそ起きたことです。逆に言えばその経験は私は生徒に還元せねばならないと思っています。……今日の楽しさはそういう類ではないのですがむしろ私にはとても新鮮でした……それこそ素体の構造を晒す対価にするなんてとんでもないほどにです。口実は確かにそうですが私の方が感謝しなくてはなりませんわ」
――彼女は彼女にしかできないことを【魔製人形】として【魔製人形】について教えることだという。