教師陣
さて、どうしたものかの。授業をしている教室以外教師が見えぬのじゃが……
「はて……どこへ消えたかの?」
隣接の研究室も訪ねてみたのだが未だに授業中の部屋にしか教師が現れぬ。
ここの教師は授業以外はどこかへ蒸発するような輩ばかりなのかの?
そんなこんなで学園を歩き回ると最後の一室、学長室の前へとたどり着いた。
「流石にユラの奴はおるじゃろ……」
挨拶ではないが彼に聞けば分かるはずじゃからなと扉を開ける。
扉を開けようと触れてみれば中から数人が言い争う声が聞こえる、要するに居ないのはここにいたからなようだ。
「学長、流石に彼女は若すぎます!いくら天才と言えども人に教えられるだけの精神があるとは思えません!」
「精神も大丈夫じゃ、私が長年付き合ってる上でそう判断した。現に実力は知っておろう?」
「確かに彼女は錬成の開発者、実力に関しては何も言いようがありませんが……生徒に何を思われるか……」
……恐らくこれは私についてじゃな。丁度挨拶にもなろう、そのままドアを何食わぬ顔で開け部屋に入る。
「おうおう、これはこれは何やら面白い話をしているようじゃな?」
「…………っ」
三人ほど言い争っていると思ったのじゃが四人じゃった。
一人は色違い、といつか魔力の特性内容の違う一見若そうな【ダーク・エルフ】。こんなのを目で見るのは初めてじゃ。
もう一人は【デミヒューマン】かの。なんというか顔のせいか見た目は私はエリートですと言わんばかりの空気を感じるのう……
……で最後のこやつ、ペトラとかいう【魔製人形】……はて、どこかで見た気がするんじゃが……
「……貴方、やはり前にアポなしで魔法研に着た方ですか。お久しぶりですね。」
「おお、思い出したぞ。お前じゃったか!」
学園になる前の『魔法研』にユラに魔法を見せた時の受付、思わぬ再会であった。
前回よりもより人らしさに磨きがかかっており違和感が薄くなっていた。
人工のボディは人肌そのままではないが極めて近いものになっている、【魔製人形】だと一目で分かるのはところどころ輪郭のパーツが金属になっている為だ。
「ほう……ペトラも覚えておったか……ならペトラは反対ではないじゃろう?」
「ええ、所長。元々依存はありません。」
「なっ?!ペトラまで……」
恐らく味方だと思い込んでいたのだろう、【ダーク・エルフ】の彼女が動揺している。
彼女はそのままこちらを睨み
「貴方がアウルね。私はライカ……あなたが教師である限り対等ではあるけど一切信用していないの。若すぎて生徒に授業出来るとは思えないわ。こんなのに魔術的に負けるなんて……」
「まぁまぁライカさん落ち着いて……現に生徒から不満は出ていませんしむしろ驚きの声ばかりだったでしょう?」
……なんと、性格的にこの【ダーク・エルフ】の女と【デミヒューマン】の男は印象と真逆じゃった……やはり見かけには寄らぬのう……
色々と言いたげなライカをなだめて例のプライドが高そうだが全くもってそんなことは無かった方の男が丁寧に礼をしながら自己紹介をしてくれた。
「あー、アウルさん、僕はこの学園で魔法陣、魔道具なんかの魔導学を教えてるダン・レイヴだ、よろしく。」
見た目と裏腹に非常に物腰が柔らかそうに挨拶をする、ここまで丁寧にされると同じように返さないと失礼じゃな。
「私はアウル・オーラ、アウラと呼んで欲しいのう。今度からここで錬成について教えることになった。まだまだ若輩者じゃが御手柔らかに頼むのう。」
「これはご丁寧に……誰かとは大違いですねって、痛いっ、ちょっ、ライカさんやめて、痛いっ髪が抜ける!」
メガネに長めの金髪の彼が思い切りライカにど突かれながら髪を掴まれて悲鳴を上げている。なんというか子供の喧嘩のような光景じゃ。
「まぁ二人とも生徒の前ではないとはいえここらにしておきなさい。……で、アウラ様、聞いていたと思いますが要するに教師には幼すぎるとライカが言い出しましてな。」
「むしろ今日までなにも言われなかったのが不思議じゃぞ……」
「フォッフォッ……それはワシが旧友としか言わなかったからですな。」
笑いながら言うが確かにこれでは起こる人もいるじゃろう、ユラが旧友と言うのだから同じぐらいの年齢を想定していて実際に蓋を開ければかなり若い娘が来たとなれば当然の反応とも言える。娘ではないがの。
まぁ彼がそういうだけで話が進んでいたのは彼への信頼の現れじゃな。
しかし内輪もめのままでは運営に影響すると判断したのだろう、ユラはライカとアウラにある提案をした。
「……ああそうじゃ。ライカ、今度アウラ様の授業を見てみればいいんじゃないかのう?それで問題があれば教師から外す、何もなければこれについては以後アウラ様を若さを理由に降ろすと言う話はなし、というのはどうじゃ。」
「私としては異存はないがの。ライカとやら、それで良いか?」
「むしろそれで実力があると分かれば私もなにも言わないわ……子供みたいな見た目だから降ろしたいわけじゃないもの。次の授業でいいわね?」
ライカは恐らくアウラを子供だからと取り扱いたくないという訳では無いらしい、むしろ子供に教えるのに子供が教えて欲しくないという考えだろう、態度はちと悪いが言いたいことはわかるのう。
しかし教師が他の教師を見に行くことが出来るのなら……私もこれを機に他人の授業を見に行くのがいい経験になるであろう。
「うむ……お、そうじゃ。ライカ、お主の授業も見に行っても良いか?参考にしたい。勿論真似るためじゃないからの、私のを見たあとで見せてくれんか?」
「……それはほぼ勝利宣言じゃないか。まぁいい、それは結構、見に来ればいいさ。」
とここまで無言で話を聞いていたペトラがユラにある提案を出した。
「所長、どうせですからこの機会に授業のない教師が他の教師の授業をお互いにチェックしあうのはいかがでしょう?専門は違いますが教師として教え方はお互いに学んだり教えたり出来るかと。」
「ふむ……ここに全教員がいる訳では無いからすぐには承認出来んがワシから話を伝えて意思を聞いておこう。さて……ダン、ライカ、そろそろお前達の授業じゃ、準備してきなさい。」
そう言うと丁度鐘が鳴り響いた、次は彼らが授業らしい、二人とも一礼して部屋から足早に去っていった。
さて、私も挨拶以外の目的を果たそうかの……
「ペトラ、お主のことで聞きたいことがあってな、ちょいと外で付き合ってくれんかの?」
「……?口説きも結構ですがもう少し成長なさってからにしてください。」
「一体どういう冗談じゃ!?」
それを聞いてユラまで吹き出す、先程との温度差が凄まじい。
「ゴホン……ペトラ、行ってきなさい。」
「かしこまりました。それではアウラ様、デートと洒落込みましょう。」
「だからその気味悪い冗談は止めんか!」
腕まで組まれてそのままへやの外へ連れていかれる、引きずられるようにしてペトラの持つ研究室の前まできた。
「内容は分かりかねますが他人の入らない部屋をご所望ですね?一体何をされてしまうのでしょう?」
「……もう気にせんからな。本題に入るぞ?実は【魔製人形】を私も用意したんじゃが……」
一度話し始めればその間はまともに対応してくれる。しかしただの悪ふざけなんだろうがいくら何でもたちが悪いのでやめてほしいところじゃな……
「なるほど、そこまで作った覚えはないのに喋ったと。一体声を奪って何をするつもりだったのやら……」
「生徒に錬成でどこまで作れるか見せるために作ったんじゃがな。で、実際そんなことは起きるのかの?」
「そうですね、可能性から言えばあり得る話です。素材が良ければ魔力を注がずとも素体に詰まった魔力だけで動き出したなんて事例もありますから。今回の場合錬成でかなりの魔力を詰めていますし。そうですね……私の場合は――」
そういって急に上半身を脱ぎだす、止めようとしたが何やら見せたいものがあるらしい、しかしながらペトラの素体はよくできておる、ユラが出来る限り人に見せたいというのが隅々から見て取れる。服の下、生活上絶対に見えないであろう部位には丁度素体の外装を外すための穴や留め具がついており、彼女がそれを外せばうまく隠された継ぎ目から外装のプレートが外れていった。
「で、これを外せば……見えますか?……あぁ……私の大事な部分が人に見られてしまいましたわ。」
ここでもまたペトラがふざけ始める。さすがにこれは見られたら洒落にならないんじゃが……自前の人形じゃったら問答無用で口をふさいでおったわ。
「……ほう、お主はユラが作っただけあって魔力保持にかなり気を使われておるな。」
「ちぇっ……ここから先は見た目もあってよろしくないので真面目にやりましょう。私の素体の場合このように中央に結晶を詰め込みオリハルコンで固めることで魔力吸収量を増やしています、これに所長の魔法陣をいくらか仕込むことでさらに魔力を半永久的に供給できますが……アウラ様私のステータスをご覧下さい。」
「ふむ……?」
『ペトラ - -』
『【魔製人形】Lv50/50 MP 98/100 SP -/- HP 800/800 HealingTime10』
年齢や性別は人工物である以上存在しないので気にすることはないが驚くべきはその回復時間。要するに多大なる回復量を以て稼働しているのだ。しかしこのMP最大量からある結論がでてくる。
「……正直五千、六千必要じゃと思っておったぞ……」
「これで答えはわかりましたでしょう?……私は基本的にこれで稼働しております、非常時に備えて結晶だけでも維持できるように作られていますがね。」
要するにアウラの作った人形は極端に高い魔力量を保有していたために素体の魔力を利用して偶然発展を遂げてしまったということらしい。さらにペトラが付け加えるにはおそらくアウラ自身の行使する魔法は根本的に由来の違う物のためそれも影響しているのではないか、という。確かにあの素体の作り方からこれまでの【魔製人形】とは一線を画しているのは事実であった。
つまるところ、今でもあれは相当量の魔力を持っているはずじゃから次に人格を込めるときはかなり気を使わねばならぬのう……
アウラに自らの構造を見せ終わったので服を着なおしたペトラに礼をして部屋に戻ろうとしたのだが……
「アウラ様?ここまで見せたのですからちょっと私の要望にも応えていただけませんか?私だけ体の隅々まで見せたのにそのまま捨てるなんて……うぅ、なんて人なんでしょう……」
顔まで赤らめるではない、誤解が誤解を呼ぶじゃろうが……初対面の時は無表情に言葉の抑揚まで薄い子じゃったんだがユラは一体どういう改造をしてきたのやら……
「……服を着たとたんその調子になるのかの……まぁよい、何が望みじゃ?」
「それはですね……少しばかりとあるものの調達に手伝っていただきたいのですわ。」
「それなら構わんが……なぜ私なのじゃ?」
構造を見せてもらった対価にしてはずいぶんと安いのう、安くないとすれば内容が相当なものか手間が相当なものではないか……
「所長とはちょっと……見た目が」
「見た目。」
「所長に見られたくないというより所長が変な目で見られてしまうので。」
予想とはまったく違う返答にあっけにとられてしまった。
「えぇ……なんというかそういう類の調達ですのでこの機会にと思いまして。……というか有無は言わせません、行きましょう。」
「え?ちょっ、ま、待つのじゃ。こ、転ぶから待ってくれんかの!?」
――こうしてまた腕を組んだ状態で引きずられるようにして部屋を後にするのであった。




