空の旅
『1番ゲート解放します。危険ですので整備員は退避してください。繰り返します――』
アナウンスがかかると彼女が腰からゴーグルを取り出した。
「さぁ、エンジンに火を灯すよ。揺れるから気を付けて!」
彼女が手を前にかざし魔法陣が浮かび上がる、次第に左右のエンジンが振動をはじめた。
その振動は徐々に大きくなりながらその噴射先を下方へと変えていく……この時船が抑えから解放され宙に浮き始め、そのあと先端を空に向けて角度を変えて固定された。
「おとーさん……これ浮いてるわ!不思議な感じがするの。」
「お嬢さん、驚くのはまだまだよ?ちょっとグイッと来るから舌噛まないようにね!」
リースがそういって2つ目の先ほどより一回り大きな魔法陣を起動するとこれまで動いていなかった中央の大きなエンジンに光が灯り稼働し始める、次第に船は空へと速度を急激に引き上げながら動き、身体が後ろに引っ張られる感覚に襲われるがしばらくするとリースが異なった魔法陣を起動したあたりでその感覚は収まり船も水平になった。
「ふぅ……もういいわ。ようこそ飛空艇、ボイベン一周の便へ。船長兼操舵主兼ガイドはこの私、リースが行うわ。存分に楽しんで頂戴!今この船は安定飛行に入ったからもう立って周囲を見に行っても平気よ。そうね……まずは離陸時に鳴り響いた時計塔、ここから右下に見えるわ、あの中央の広場にある群を抜いて背の高い塔ね。」
彼女の指さす方には確かに時計塔が見える、最上層の中には大きな鐘が付いているようだ、特に特徴的なのは鐘の周囲四方向に魔法陣が文字盤として浮いてる事だろう、リース曰く夜間はあれが周囲より光ることで飛空艇の灯台代わりになるそうだ。
「よし、時計塔を周回して正面に見えるのがこの国の玄関、大ゼスタ港よ……そろそろかな?二人共時間的に凄いものが入ってくるわよ。これ以上は近づけないからここからだけどそれでも問題無いわ……ほら来た!」
「……?!あれが浮くっていうのか……?」
「あれが世界最初の軍用飛空艇、アイヴィス。【魔法使い】の多い世界で【魔法使い】以外の抑止力。」
「凄い……」
マキナも男もその黒い戦艦に目を疑った。
街の時計塔は他の飛空艇と比べてもまだ時計塔の方が大きく見えるのだがアイヴィスと言われたその戦艦は時計塔と同じかそれより一回りは大きい。
「……そういう軍事関係は普通なら国の機密とかじゃないのかい?」
「ん?……あぁ普通ならね。さっき世界初と言っただろ?うちは大々的に宣伝しててね。それに最初だからどちらかと言うと試験的な意味合いのが強いんだ。現に武装なんて言えるものはまだ取り付けてすらいないからね。まだ硬いだけの船さ。……しかもあの船を作るにあってはあの戦争嫌いの大魔導師先生の技術だからねぇどこか一国だけがそういう力を持たないのが条件だった訳さ。」
それならこの国だけ不利益で辞めそうなものだが最終的にどこの国も技術を出し合う事で作ることになったらしい。
お互いに欲しい技術があったこと、大型飛空艇は民間で大量輸送による大きな利益を生む可能性が高いことなどが噛み合いこのような形になったとリースは言う。
「……まぁ運良くかどうか分からないけど、軍拡どころじゃなかったって訳だ。現にどの国の関所も案外簡単に通してくれただろ?」
「あ、ああ……そうだったかな?」
「ん?少なくともここの関所は通ってきたんだろう?」
「お、おとーさん、そうだったでしょう?忘れっぽいのは困りますわ。」
不意に聞かれて素手答えかけてしまったがマキナのフォローのおかげで切り抜けることが出来た。
「マキナたちはマグに乗る時に処理してもらったみたいで寝てる間にこの街にいたのですわ。」
「あー……そういうことか。というかマグに乗ってここに来たのね。あれもこれも少しづつ違うけど原理は一緒よ。もとろんこの子もね。」
そう言って船体を撫でながらゴーグルの内側に優しい瞳をのぞかせる。
「あの……も……」
丁度その時彼女はなにか呟いているように見えたが聞き取ることは出来なかった。
「……さて次はどこを見せましょうか?これについての質問でもいいわよ?」
「じゃあ私から質問を。このエンジンは結晶で動いていると聞いたのだが、補充出来るものなのかい?」
「あー……結晶って聞いたのね。確かに最初期は結晶だったけど天然資源な上に魔物のたまり場のど真ん中。入手にリスクが高すぎたのよね。で今は……これを見て。」
そう言って足元の蓋を開けると……色の着いた魔力の詰まったタンクが並んでいた。
「人工的に魔力を溜め込んでるのか……」
「ご名答。本来なら色はついてないんだけど漏れてたら危ないってんで着色済み。まぁ魔力のみなんてもんだからそのまま噴射すればいいしなにより補充ができるってわけ。これでいいかしら?」
気になるなら後で工場の方も案内するわ、丁度大口のお客様が補充するから、といきなり現れた旅人にしては至れり尽くせりしてもらっている気もするが見れるなら見てしまおうということで後で案内を依頼した。
「……そういえばマキナはこんなに便利な船、世界樹の方では一切見なかったわ?」
「お嬢さんたちは世界樹の方から来たのかい?それなら見たことなくて当然か、ほら世界樹って木だろ?あれの葉っぱが魔力を帯びてるもんで制御が出来なくてね、あの辺は飛べないんだよ。」
「なるほど……そういうことだったんですね……」
「うし、じゃぁ次はこっちだ。ちょっと動くからつかまってな!――あ、そうだ実はこの街は飛空艇のレースがあって……」
その後街の外壁なり神殿の巫女様についてなり様々なことを教えてもらった。
一つ問題があったとすれば船が予想以上に機敏に動いた、ということだろうか、少しリースにスイッチが入り競技用のステージが練習用にあるんだという話に興味をしめしたあたりで彼女の瞳の色が変わったことに気が付けばよかったのだろう……しかしそのまま話が進んでしまい結果的に乗ったまま競技用コースに連れ込まれたというオチだ。
「いやぁ……初見で船の良さに気が付いてくれるなんてちょっと本気になっちゃって……ってその父親の方は大丈夫かな……?」
「うう…………」
「お、おとーさん?!ちょっとしっかりして!」
見た目は確かに今回少し若めにして降り立った、おそらく本来のままの姿だったら気をつかってもらえただろうしこんな風な事態にはならなかったかもしれない……男は少し見た目を弄ったことをここにきて思わぬ理由で後悔した。
◇
そのまま船は工場の裏手の空き地に着陸、男はそのままマキナに担がれてぐったりしている。
「いや、本当にごめん!君にはなんてお詫びをしたらいいか……調子に乗ってしまったばかりに……」
「おとーさん、もう地面ですよ。ほら歩けますか?」
研究室に入ってから数十年も運動という運動をしていなかったのだ。当然今回のように激しい動きは体をいくら補強してても負荷として降りかかってくるわけで……
「マキナ、すまない……リースさんも申し訳ないことをした。」
「い、いや謝らないでくれ!完全に私の落ち度だ。とりあえずお嬢さん、彼を宿直用のベットがあるからこっちに。あー……そういえば君たち、ティナが連れてきた時点で信頼できるから名前聞かないでもいいやって思ってたんだけど、こうなった以上私も申し訳が立たないしせめてこの街にいる間ぐらい役立ちたいから……お嬢さんはマキナっていうのは聞いてたからわかるんだけどこの方はなんていうのかな……?」
非常にまずい質問をされた。問題なのは男の方だ。ここの命名法則に全くそぐわない。それっぽく直すべきだろうか。
「え、えーと……」
このリース、無意識に創造主を精神的に追い込む……とりあえずこの盤面をどう乗り切ろう――