世界樹から3番目の国
ボイベンに着いたときはすでに日も暮れかかっていたのでそのまま宿を探し一晩を明かした。
――翌朝
「では創造主様、今晩もこの宿で落ち合うことに致しましょう」
「そうだな……それとここで創造主様はやめてくれ。何を思われるかわかったものではない」
「これは失礼いたしました」
そういってトールと別れた、ここからは夜までマキナとまた二人で気の向くままに視察ということになる。
「それにしてもこの町は世界樹周辺とはまるで別世界みたいだな……」
彼らが降り立ったのはボイベンの首都システィーナ、行き交う人間を見る限りでは聖職者、シスターとか牧師のような恰好の人間が多く宗教都市のように見受けられるのだが……
「……マキナ、あの飛んでるやつは魔法で動いていると思うかい?」
「……なんというか……おとーさんのノートの船にそっくりです……」
彼女は男が創世するにあたって参考にした例のノートを手伝いとして作られたときに内容を把握しているのだがそんな彼女もそう答えるような代物が街に定期的に出入りしている。
宿の人に聞けば街に入った時間はもうその日の入港、出港は終わっていたらしくそのせいで到着時は気づかなかったようだがタイミングがあれば乗ってみたいものだがあの船のうち一日かからずに往復できるような便があるのかどうか疑問だった。
「おとーさんはアレに乗りたいのですか?マキナのことは気にせず乗ればいいと思いますよ?」
「あ、いやマキナは気にしなくていいんだ。それに乗るならマキナも一緒だ……まずは街の中を見て回ろうか?」
そう言ってマキナを連れて市街へ歩を進めた。
街に入ると先ほどとは異なった印象を受ける、聖職者と思われる人々の服のところどころに油汚れのようなテカリのあるシミが見えるからだ。少なくとも男のいた世界では考えられない光景である。
「マキナ、私の目が悪いとかでは無ければあの聖職者のような服装を着た人々の服が特に前面に関して汚れがあるように見えないか?」
「ええ……マキナにもそう見えますわ……なんでしょうか?」
気になれば聞くしかない、周囲を歩いている人の中で答えてくれそうな人を探し始めた。
すぐに捕まると思ったのだがなぜか皆忙しそうにしていたり、大きな箱を持って行き来していて非常に声がかけ辛い。しかししばらくするとこちらが何かを探しているのに気付いてのであろうか、頭から耳の見える――おそらく兎系の【獣人】の女性が声をかけてくれた、彼女も例の服を着ていて前面にテカリの斑点が見える。
「旅のお方、もしかして何かお探しでしょうか?」
「あ、はい。実は丁度あなたのような人を探してまして……」
「ふへっ?」
そういうと何を思ったのだろうか彼女の耳が跳ね上がり顔が真っ赤に染まった。
「わ、私のような人……そんないきなり……」
「え?あ、あのー……」
「ひ、ひゃい!?な、なんでせうかっ?わ、わたしはまだ……」
彼女の耳が丁度彼女の目を隠すように動きさらに手で顔を覆う、なるほどこれはこれで面白い耳の使い方だ……
ただ少しわかるのは何か勘違いをされたということだろうか。
「あ、おとーさん、目的の人は見つかりまし……た……か?……あの、何をしてるんですか?」
「マキナ……変わってくれないか?何か勘違いされてしまったようで……」
「はえ……?おとーさん?……え?……ええ!?」
マキナの呼びかけのおかげで彼女は勘違いに気が付いてくれたようだ。
「あ、あのお嬢さん?私はただ質問があるだけなのだが……」
「え、あっ……質問でしたか……たははは……あ、あまりにも神々しい方からの質問だったので運命の神様が目の前に現れたのかと……お恥ずかしい限りで……」
……神様ではなくなっているはずなのだがバレているということだろうか、あとで対策を練る必要があるかもしれない。バレてしまっては視察できなくなってしまうからだ。
「……お嬢さん、この町では聖職者は何をしているんだい?」
「あ、このボイベンに何か用事があったとかでもなく知らずに来たということは放浪の方々ですか?いいですねぇ自由な旅は……あぁ、話をそらしてしまいました。そうですね……私の務め先に着てみますか?少なくともその質問は説明するより見たほうが早いと思います」
よければこちらへ、と言うのでマキナと顔を見合わせると自分も気になっていたから行こうと言ってくれた。
道中話を聞けばこの町で聖職者だと思っていたのはまったくもって違うようでただ着ているものが民族服に近いものだったらしい……つまり地元の人から見ればすぐに服装で部外者かどうかわかるというわけだ。
しばらくすると教会らしき建物が見えてきた、おそらくあれが彼女の勤め先だろうか。
「あ、着きましたよ」
「ん?あの建物ではないかい?」
「あぁあれは神殿だった建物ですねぇ。あそこにいる人たちは巫女様の血筋の方々ばかりで魔術適性の低かった私にはとてもとても」
そういって彼女が入っていく建物はやはり住居ではない、かといって工房のような暑さもない。
一体どんな職場なのかと思いながら二人が中に入るとそこにはこの町に入った時に驚かされた例のエンジンと同じ形で大小様々なのものが大量に並んでいた。
「リース所長、ただ今戻りましたよー!」
「お、ティナか、意外と早かったがいいのか?ん?そちらは……」
「寝るところ見つからなくてふらついてたら丁度何をしてるのか気になってる旅のお方がいまして、そのまま連れてきちゃいました……というか色々ありまして眠気が吹き飛んでしまったので……」
所長と呼ばれたその女性も同じように例の黒い民族服を着ていた。
民族服にとらわれ過ぎていたがどうやら彼女たちは魔導噴射機関を扱っているようだ、しかしながら出会ったこの娘は朝から寝るところを探していたのか……だが話を聞く限りサボりで寝ようとしていたのでなさそうだ。
そんなことを思うとふと前の世界での男とあることが一緒かもしれないということに気が付いた、もしそうなら色々と情報が得られるかもしれない。
「……もしかして君は何か開発する人だったかな?」
「え、えーっとリース所長……言わなきゃだめですかね?」
そういいながらおずおずと所長の方を見返しているがすでにその行動が答えを言っているようなものだ。
所長も同じ感想なようでほぼ呆れながら
「……ティナ、それは答えを言っているようなものだぞ?客人よ、言わなくてもわかるだろうがご名答だ。……そもそも隠す意味を知りたいね」
「だってみんなそう言ったら逃げるじゃないですかー……うぅ……だからご縁がないんですよぉ……」
「……その話は旅の方いる前ではしないほうがいいと思うぞ……というかお前は国一番の天才なんだから胸を張れ!」
今この所長確かにその娘を指して国一番の天才って言ったような気がする、もしそれが本当なら色々と国の状態について聞くこともできるかもしれない。
マキナもこちらを見てすごい人にあたったのではという驚きを目で送ってきている。
「なんでない胸を張らなきゃいけないんですが!この意地悪所長!」
「今はそういう話じゃないだろう!落ち着け!やっぱりお前は疲れている、寝ろ!」
しかしその国一番の天才と言われたティナという少女は全く外見からはそのような人に見えないのが本音である……現に今寝ろと言われていやだいやだと駄々までこね始めた。
「もう嫌です、あぁもう嫌です!ちょっと図面とデートしてきます!」
挙句の果てにそう言って奥の部屋へ駈け込んでしまった。
それを見ながらリースも呆れ半分に
「すまないね、客人。あの子のかけた迷惑はうちでかけた迷惑みたいなもんだ、質問は受け付けるし何なら今度うちの飛空艇でよければ乗せてあげよう。たぶんうちの連れてこられたってことは初めてなんだろう?簡単に街の紹介がてら周回飛行なんてどうだい?」
「あ、あぁ、丁度機会があったら乗りたいと思っていたんたところに非常に興味深い話ですね……マキナはどうだい?」
「マキナも乗ってみたい。とても楽しそう。……でもトールはどうするの?」
そうは言うがマキナはいますぐにでも乗りたそうでうずうずしている。
まぁトールには後でまあ乗って貰うことしよう。
「まぁ彼は後々どうにかしよう。えっとリース所長だったかな、お願いしてもいいだろうか?」
「リースでいいよ。それに三人いるならその人が来た時にも乗せてあげるよ、そこのお嬢さんが今にも乗りたそうな目をしているしね。おいで、こっちに個人用に作った飛空挺があるんだ」
そうして案内されるとそこにはちょうど5人乗りだろうか、小型艇が1隻。
リース曰くうちのエンジンの試験機だったものを好き勝手に会社で弄ったものらしい、自由な会社だ。
まさか初日にこんな出会いがあるなんて思いもしなかった、そう思うとちょうど街に正午を告げる鐘の音が鳴り響く。
「さぁつかまって!そこらの飛空艇よりよっぽど高性能な船だ、そんな船に乗れるなんてめったにないからね!」