魔術世界での科学
マキナとの観察は順調に進んでいた。
「おとーさん、おとーさん!あれは何ですか?」
「なんだろうねぇ、ちょっと見てみるか。」
気になるものがあれば立ち寄り、いじってみたければ購入し、また次の気になるものを探して思うままに移動する。
男にとっては久々の生身の生活で、マキナにとってはカゴの一件以来だろうか。
そんなことを言いながらまたふと気になった商店に目を向けると何時か見たことのある液体が売られていた。
「お、お嬢さん方、旅の疲れにどうだい?これはポーションと言ってな、切れた魔力の肩代わりにもなる優れた飲み物さ!今なら銀三枚で二本だよ!」
「おとーさん、これあの時のと同じやつ?」
「ん?お嬢さん親子かい、お父さん、娘さんの可愛さにまけて二枚二本にするけど買わないかい?」
商魂たくましい人らしい、マキナもあらあらと笑いながらこちらを見ている……こちらとしても目の前で現物をみるのは初めてだったので言われるままに結局買うことにした。
「……わかった。店主、二枚二本貰えますか?」
「お、嬉しいねぇ、まいどありぃ!」
男達はアウラと違ってお金も持ってきているし着替えもしっかり持っている。
加えてしばしばお金も作り出して補充までして基本的に心配することは襲われるかもしれないということ以外ない。
さらにトールも呼べばお忍びの貴族位の見た目は作れるので関所も特段問題にはならなかった。
「あ、トールの分も買っておけばよかったですね。絶対興味持ちますよ?」
「あ……ま、まぁどうにかするから気にしなくていい。後で用意しなおそう……」
今二人旅なのはマキナが希望したためで結局トールも来ることになった。
ただトールはマキナが二人がいいと言うので個別に行動して宿で合流ということになってしまった、彼は彼で鍛治の状態を観察しに行っているようなので大丈夫だろう。
「おとーさん、宿で合流するまで暫くあるみたいなんだけど……ちょっとマキナ一人で色々見てきてもいいかな?」
「ん?……店の外で待ってればいいかい?」
「い、いや後で合流でいいから!ね?」
……何か私が見たら困る買い物だろうか。
親としてそれが変なものなら止めるのが義務なのだがマキナがそんなものに感化されたとは考えにくい……いや考えたくない。
「……変なものなら父として許せないぞ?」
「そ、そんな物じゃないわ!おとーさん何考えてるのよ……」
うーん、嫌われてしまいそうだ、諦めよう。
「わかった、わかった。後でな、後で。」
今日は父として不安がったら娘に変に思われてしまった……なんというか思春期の娘とはこういうものなのだろうか。
結局マキナは宿に戻るまでどこか不機嫌そうにしていた、彼女の手には小袋が一つ増えていたのでおそらく一人で店に行ったときに買ったのだろう、変に心配したのは有難迷惑だったようだ、申し訳ないことをしてしまった。
……宿に戻ってトールと合流した際にこの話をしたら意味ありげに笑われた、彼にポーションを買っていくのは中止だ。
次の日は国を越える、かなり長い距離らしくマグという乗り物を使うらしい。一体どんな馬車の類なのだろうか。そう考えながら男は眠りに落ちた――
◇
この世界の長距離移動手段を正直男は甘く見ていた。魔法が大衆に広まっているから魔法で動く何かだろうと踏んでいたが時間になって現れた時は二人共目を見張った。
「ん?お客さん、この乗り物は初めてか?」
「え、ええ……」
「初めは皆見た目に驚くが速度もパワーもちゃんとあるんだぜ?操縦の腕は信用してくれ、これでも十数年はこれで食ってるんだ。」
牽引しているのは鉄で作られたボディで左右から見えるのはどう見てもジェットエンジンとそこから伸びるワイヤーのような物……これがやって来た時は地面スレスレを滑走してやってきた、それも犬ぞりの犬をエンジンにしたような形だ。もちろんこの世界にジェットエンジンなんてものは有り得ない。
「……これはどうやって動いているのかね?」
「ん?お客さん、魔力噴射機関も初めてかい?この前に付いてる筒に魔力結晶の中でもかなり特集なやつを積んでてな、俺が魔法でその結晶の放出魔力を調整するんだ……まぁ吹き出す威力が威力なもんだから街中じゃ使えないんだが、魔物がいる街と街の間を高速で、かつ大量輸送なんかするのには最適って訳だ……まぁ高いし強度も必要なせいで鉄以上の金属で作らなきゃいけない分高いんだけどな。」
「ほう……トールは知ってたか?」
「話には聞いていましたが……現物を見るのは初めてでございます。」
そう言って運転手の彼は機関部の蓋を開いてこれが結晶であれが出力制御用の魔法陣で……と一通り説明してくれる。
……彼が自分は【魔法使い】と言っていたのには驚かされた、彼のような【魔法使い】はマグライダーと呼ばれるらしく、【魔法使い】の中でも魔力の精密操作が得意な者しかなれないそうだ。
「で、まぁこいつは十年ぐらい乗ってるんだがって、そろそろ出発時間か……まぁあとは乗ってみりゃどんなものかわかるってもんだ。乗り心地も悪いもんじゃねえぞ?」
「……おとーさん、なんだかすごいことになってましたね……?」
「ああ……予想以上の発展だよ……ふむ……結晶も産出するようにあとで弄った方がいいか?」
後ろの荷台にはすでに何人かが乗り込んでいて一応椅子のようになっているので揺られて尻が痛い、なんてことにはならなかった。
マキナは流れ行く景色を見ているうちに意識が遠のいていってしまったようですやすやと気が付けば寝息を立てていた……
◇
「お客さん、お客さん、ボイベンに着きましたぜ。娘さんはまだぐっすりだ。」
「お、おお……あ、ありがとう……ところでここは私が乗ったところからどれぐらい離れているんだ?」
おそらく相当距離動いただろう。景色が全く違う。
……まさか科学も発達しているとは思いもしなかった、むしろ発達するならこちらの世界ではなく向こうの方だとばかり踏んでいてこちらの科学技術など一切気にかけていなかったのだ。向こうであれば【魔法使い】との差を埋めるために機械を含めて発達するとは考えていたが、まさか魔物のために置いた結晶をこうやって使うとは男は思いもしなかった。
「まぁそうだな……ざっと馬なんかだと数日ぐらいかかる距離か?」
「速いんだな……」
「速いに越したことはないだろう?まぁこれでも時間通りより少し遅いぐらいだ。ちょっと関所で時間をくっちまった。お客さんたちはチケット買う時点で済ませてるんだがな。」
――ボイベン、世界樹から数えて3番目の国。
ここではどんな発展がみられるだろうか。そんなことを考えながら三人は降り立った。