万有引力にさよならを
「さて……どうしたものか」
手始めに研究室にホワイトボードを出す。
さすがに最初は驚いたが2度目以降は面白さが出てきた。
ついでにペンも出す。
これで一応これまでと同じように思いをはせることができる。
子供のころに思ったことを実現させてみようと思ったのだからまずは何を思っていたのかを思い出さねばなるまい、その中には当時魔法のようだと思っていたことのいくつかは後に科学の発展とともに実現したものもある。
しかしながら、いくら科学が発展しようともかなわないものもあったのは事実である。
まずはその実現しなかったものを挙げてみようと考え始めた……のだが彼はお世辞にも若者とはいいがたい年齢だ。
数十年前のことを明白に覚えてるかといわれると無理と答えてしまうだろう。
「夢の世界……空を身一つで飛んだり……何もないところに道具をしまい込んだり……」
細々とかすかな記憶をたどりつつ思い出したことをホワイトボードに書き連ねていく。
思い描いたことと円で囲った物から棒をはやし、出てきたキーワードを円くっ付けてさらに棒を生やしていく。
キーワードがでれば同じように円で囲み棒を生やしていく。
――これはマインドマップといい円で囲う必要は必ずしも無いのだが、関連するワードや事柄を記憶したり思い起こしたり、物事を整理するときにもちいられる手法の1つである。
男はホワイトボード目いっぱいになるまでそれをつづけた。
◇
「時間はかかったが出てきたものをやっていくうちにまた引っ張られて出てくるだろう、締め切りがあるわけでもないし、重要なことなら途中で気が付くはずだ」
目いっぱいに書き込まれたホワイトボードを眺めまずどれを考えるべきかを悩み始めた。
魔法、超能力、大型二足歩行ロボット、勇者、時間旅行、宇宙戦争、異種族、異世界転生etc……
男がまさに子供のころブームを起こし没頭していたゲームや漫画の内容である。
科学者を歩むきっかけになったのもこの中にあった。
さらに整理していくと技術の発展方向次第であって世界は関係ないものもあれば逆に世界にそもそも存在しないがゆえに実現しなかったものに分かれていく。
「……魔法か」
仕分けを繰り返しいくらかに絞った中で一番印象に思い浮かんだのは魔法であった。
手から炎を吐いたり、空を飛ぶのも機械でなければ魔法を思い浮かべた少年時代が浮かんでくる。
男は魔法を実装しようとしたがあることに気が付いた。
「そもそも……物理法則もつくれるのではないのか?時間概念も同じ必要はないのか……」
物理法則、男のいた世界ではすべての前提ともなる法則である。物を投げたり、物が上から地面へ落ちていくのもそうである。
自由にということはこの物理法則も別のものにできるのではないだろうか。
それならただただ実装するのも面白くない、作り変えてしまおうと考えたのだ。
しかしあまりにも物理法則の世界に慣れてしまった、重力が逆の世界なんて想像はつくがそれをベースにして天地創造もしにくい。
ほんの少しの改変程度がいい、何かいいアイデアはないだろうか……
「魔力とか流れるようなものは液体か気体みたいなものにすればいいだろうと考えていたが違うもの……水……上から下に流れるような……上から下……あぁ」
水が上から下に流れるのは当然重力があったからである、男が魔法から魔力を実装しようと考え魔力は流体のようなものとして実装しようとしたがそういうものが上から下に流れるのはそもそも重力という前提があったからだ。
つまり物理法則の大部分を占める重力、万有引力の部分に着目したのだ。
「引力のしていた仕事を魔力に補わせよう、そうすると魔力は互いに引き合うことで作用することになる、周囲から魔力を取り込もうとする度合いを質量と置き換えてしまおう、そうすれば感覚的にはこれまで通りのはずだ、実装する名前は……いや、実際にその世界でつく名前はその世界に生み出した生物がつけてくれるだろう」
男のこの発想によりこの世界には万有引力の代わりに魔力が実装されることになったのだ。
「本当に何でも実装できるということはわかったがとなると……」
男は頭を抱えた、魔力を実装するときに物理法則も変えたのだ、おそらく発想を煮詰めずに実装すればこれまでいた世界と同じ部分を多く含む世界になる。
願った夢は大抵が住んでた世界に+αでいろいろな概念がたされた世界の中の夢だ。
丸い地球があって、太陽系があって、銀河がある世界だ。
「要するに宇宙とは別のものが存在してもいいわけで……惑星なんてなくて延々と地続きの世界でもいいわけだ……見上げれば反対側の地面が見えててもいい、自由度が高すぎて逆に困るんだが……まぁそうだな、星に夢を描いてもいいだろう、異世界に思いをはせるのもいい。……複数用意しよう、あとでそれがつながっても面白いし、存在だけ認知されるにとどまっても面白い」
世界の中に世界を複数作るとなれば話は早い。今単純に思いついた地続きの世界も、自分のいた銀河あり、惑星ありの世界も実装してしまえばすむ話だ。
「世界の基礎はこれでいいとして今度は細部を練らなくては……まずは魔力か」
魔力、男のいた世界ではそれこそファンタジーの話である。今それを引力の代わりに実装することにしたのだ。あとで不都合がないように調整しなければならない。
まず質量に当たる話だ。
先ほど質量を吸収しようとする度合いに置き換えたのはこれを魔力量になればいいと願ったからである。
例えば魔力量が違うから強い弱い、という話があればそれは質量の大小によるものだったのが置き換わった結果だ。そこに密度の話を加えれば同じ体積あたりでも保有している魔力が違うなんて話にもなるかもしれない。
……と考えながら忘れていた密度の概念を実装した。
次にそれをどう扱わせるかである。
ここからが男にとって未知の領域だ。
これまでは実在しなかったとはいえ現実にあるものに置き換えて考えてきたゆえに想像しやすかった。
魔力は存在するけど扱えませんとなれば男の夢はかなわない。扱えてこそ夢に近づくのだ。
本能として筋肉のように扱い方を授けるのもいいかもしれない、川に流される如く流れを感じることができるのもいいだろう。あとで生物を生み出すときに彼らが使えるようにしたいというのが本音だ。
筋肉のようにしておけば扱いのうまい下手というのが個体差になるだろう。
みんながみんなまったく同じ能力値というのは今後観察する側としておもしろい部分もあるかもしれないが一時的なものだろう。
とりあえず思いついたことをホワイトボードをさらに追加して書き留めていく。
おそらく手を使わなくても思い浮かべれば表示させられるのだろうが書くという行為をやめるのはなかなか違和感がありそうなのでやめておく。
「たしか昔読んでたような作品には属性とか相性みたいな話があったが……それはこれよりも沼が深そうだ」
白い空間にぽつんとある研究室にたった一人の科学者は子供の夢を思い出しつつ世界を練る――
男が平然とホワイトボードに字を書いたりペンを取ったりできるのは無意識にそれまでいた世界の感覚で行っているからです。おそらく本人は気が付いてない