名前
この世界には種族名、肩書きには【】が付く。これはステータスとして表示した時に表示される項目で、あるタイミングに付けることも勝手に付くこともあるものとされている。
しかし実際は勝手につくものではなく創造主が事前に必要だろうと指定されている項目を一定の基準を満たせば【加護】のように付与されるのだ。
実の所【】付きの肩書きはその内容に対して経験、技術ともにいくらかの補正がかかっているのだが世界の住人がそれに気がつくのはもう少し先の話、【鑑定】が発明される頃だろう。
「おとーさん、名前と肩書きが一致してるとなにか困るのですか?」
「今世界に付与している肩書きと人々が自発的に名乗っている肩書きが違うことがバレてしまう……のともう一つは生活させづらくなる事だね。例えば挨拶で【勇者】ですなんて言って今の世界でまともに取り扱ってくれないだろう?」
彼らになにかしら名前が欲しいのは主に後者の理由だ、来るべき時まで彼らには肩書きを明かして欲しくないのである。
「……まぁ子供でもあるまいし、事情さて理解すれば勝手に名前を作ってくれるじゃろ。で、彼らはどこに住まわせるつもりかの?」
「そこが悩みどころでしてね、いや、彼らに知能の高いのを率いてまとめて貰うつもりだったのですが……」
彼らに魔物を率いさせるのは簡単だ、実力でねじ伏せることになっても、手腕で示すことになってもなにも心配する必要の無い能力を持っている。
元々人よりも戦闘力を高く作り知能を高くする予定は無かったのだが予想以上に彼らの中にも高い知能と言語を有する種が出来てしまったのだ。
おそらく戦争になってもまだ人々が滅ぶことは無いだろうが辛勝するのが関の山だろう。そこで【勇者】と【魔王】に率いてもらうことで戦争を避けてもらい、増長時期には仕掛けてもらって諌めるという魂胆だったのだが……
「城に住みたいと言うとはなあ……」
「うぬ、両世界にあるとはいえ、あんな所に住みたいとは……」
彼らは今後二つの世界を行き来してもらうことになるのでどちらかに定住されるよりはいいのだが、城にいる機械は彼らを襲わないように書き換えたとはいえそれでは【魔族】を率いるのではなく機械兵団を率いているようなものだ、おかげで色々調整しなくてはならなくなってしまった。
「……!、ところで、君は世界を二つにしたが管理の問題だったよの?」
不意にアウラがなにか思いついたように
「?え、えぇそうですね。現に二つでもなんとかという感じですけど……それがどうか?」
「何も手入れをしない所を一つ増やしてそこにまとめて押し込んでしまえばいいと思ったんじゃが……どうかの、こう……」
アウラが言うにはおそらく【魔王】の元いたところの【魔族】も呼ぶのだから今の世界は狭い、【魔王】たちは世界を壊さない程度に自由にさせれば文句は言わないだろうから城に転移門でも付けて世界を繋いでしまえと。
「……【魔王】がなにか召喚しようとして世界樹の根っこを呼んだのじゃ。今後人がやってもおかしくないしの、その対策も兼ねてどうじゃ?」
「確かに手入れをしないなら楽ですが……安全とは」
「どうせ二人は目的のために邪魔されたくはないじゃろうし、治安も頼めば良かろう?なぁマキナ?」
アウラはついにマキナにまで同意を求めて始めた、これでマキナにまで言われてしまうとやらざる得ないと踏んでいるのだろう、娘をそんな利用しないで欲しい。
「え、ま、マキナはそれで今の二つが安全になるならいいと思います、おとーさんの心配する戦争も接触が無ければ起きにくいはずですし。」
理由まで付け加えられてしまった。我儘ではない分否定しにくいし、懸念の払拭とまでされてしまうと逃げ道がない。
苦笑いしつつ
「……わかりましたよ。調整します。……ところで神様の時はこういうのはあったんですか?」
「あるにはあったのう、君の国でいう黄泉の国とかの。」
「……あれ実在してたんですか……まぁ同じように参考にしておきますね……」
◇
「名前、ですか……確かに私も貴方も考えたこともありませんでしたね?」
「ぼ、僕は一応自己紹介の時に説明しようと思ったんだけど……?」
「あら、そうでしたっけ?」
城の最下層、名もなき【勇者】と【魔王】は自分の名前を考えてくれと言われて早数時間が過ぎようとしていた。
世界で不便なく暮らすためなので二人も丁度どうしようか考えていたところに舞い込んできたため丁度いいと思っていたのだが……
「私は私ですし、これまで十数年も名前と言われると案外悩むものですわね……」
二人してまったく思いつかずまいっていた、意識したこともなかったし名前が必要になるとも思ってなかったからだ。
「……お互いに名づけあおう、僕自身の名前はこのまま思いつけそうにない……」
「同感です……自分で名付けて名乗るのは恥ずかしくて決めようがありませんわ……」
「ちゃんとしたのを考える代わりに文句なしだ……よし……」
自分の名前を考えることから相手の名前を考えることに変わった二人、まだ知り合って長くはないがお互いの目標のために協力すると決めた相手の名前を考える……そして……
「おし、僕からだ。 君の名前は……ルルイエだ。」
「ルルイエ……じゃ、じゃあ私ですね……貴方は……メビウス。」
「……なんだか気恥ずかしいや。」
「そんなこと言ったってお互いに名前を付けようなんて言ったのは貴方……メビウスではないですか……私だって恥ずかしいですよ。……でも自分でつけるよりいい名前だと思いますよ」
そう言って恥ずかし気に言うがその顔はどこか嬉しそうで、【勇者】改めメビウスも悪い気はしなかった。
そんなところにタイミングを見計らったかのようにあの男が現れる。
「……コホン、二人とも仲睦まじいところ申し訳ないが、名前は決まったようだね。……おや、顔を真っ赤にして一体どうしたっていうんだ?」
「………いや、なんでも……ないです……」
「…………」
別に恥ずかしいことでもないだろうと呆れたように二人を見たあと男は何事もなかったかのように話を切り出した。
「希望通り二人の居場所はここにしていいことになった、あとで弄りたいならこの階層に限って自由にしてもらって構わない。それとほぼ君たち専用の空間を用意した。使い方は――」
一通りの説明を終えると実際にその空間へ転移する、と言っても何も手を入れてないそこはただ大地あり太陽あり、空があるだけの何も変哲のない自然環境があるだけであった。
「……まぁここは君たちが自由に……城を作ろうと町をつくろうと何をしても大丈夫だ。ただここに世界の住人を積極的に呼び込んだりするようなことはやめてくれ。そんなことをしたら私の方で問題が出てしまうからね。」
「……至れり尽くせりですね」
「まぁそろそろ私たちもあなた方にも悪いですからそろそろ目を離そうかと思ってましてね。餞別とでも思ってください。私はよくわからなかったが私の神様が居心地悪いだろうしすることもあるだろうから目を離してやれって言ってましてね。」
その言葉を発してしばらくした後ルルイエが何かをぼやいていたが気のせいだろう。
――ルルイエとアウラがひそかにやり取りしていたのを知ったのはしばらく後のことであった。