【勇者】は行動を後悔した
……今思えば周囲に人間がいなかったことが一番の救いであった。
男の隣に全身ガチガチの拘束具で固められた少女が横たわっているのを見られたら何を言われるか分かったものではない、化け物と言われる方が犯罪者と言われるよりマシだ。
あの【魔王】は彼女は【魔族】ではないと言っていた、彼女は救わなくてはならないのではないか、そう思った【勇者】は彼女の拘束具を解いていく。
頭の拘束具を解いて【勇者】は驚いた、拘束具をつけていたとは思えないほど美しい髪と角が現れたからだ。
上半身の拘束具を解いて【勇者】は違和感を覚えた、美しい体にではなく、周囲に異様に魔力が満ちているのが感じられるからだ。
腰の拘束具を解いて【勇者】は手を止めた、それは彼女が何も着ていないと感じたからだ、とりあえずこのままでは彼女が起きてから申し訳ないと感じたのでつけていたマントを彼女に多い被せた。
彼女から離れると一度落ち着いたのか色々と思い浮かんでくる。
「あぁ……【魔王】め……最後の最後になんてものを……」
そう言えば奴はこれはペットで【魔王】たらしめるものと言っていた。
最後の瞬間まで連れていたのを考えるとなにか理由がない訳が無い、一つ考えられるのは魔力タンクの類だろうか、戦闘力はないと言っているわりに厳重に拘束具が付けられていた。
「殺人鬼か……」
あの場では流したが【魔王】の言葉が脳裏に浮かぶ、あの様に直接包み隠さず言われたのは初めてだ。
いくら残党を恐れて皆殺しにしたとはいえ実際は捕虜でも何でも手段はあったのだ、その場の勢いで殺したのかもしれないし、本当に殺しを楽しんだのかもしれない。
【魔族】にも家族はいたし、生活だって思い返してみれば人と何ら変わらなかった、実は滅ぼさ無くても共存だってあったかもしれない。
「ああ、【魔王】。お前の魔法より言葉の方が恐ろしい。」
一度そういう風に考え始めてしまうとなかなか抜け出せなくなる、これでは殺人鬼と何も違うではないか……そう考えているうちに横たわる彼女が再び視界に入ってくる。
……当初は救うつもりだったが彼女が【魔族】だったらどうしてくれよう、今更【魔王】も殺してしまったし彼女が仮に【魔族】でも彼女1人の残党なんてすぐに殺せる、その心配は不要だと思った。
「…………ウグッ……ウウ」
不意に彼女が動き出した。
その首に力を入れずに起き上がろうとする動きはぎこちなく、長い間拘束具をつけていたように思わせた。
「……起きたか、まだ拘束具は外していないんだ、すまない……ん?!」
拘束具が外れた、いや爆ぜたのだ。
全身の拘束具を彼女は一部外れただけで自力で剥がしてしまった、【勇者】の警戒度が一気に引き上がる。
「ゲホッ……ゲホッ……この【魔王】を助けるなんて一体どういう事だ【勇者】……」
「……?!【魔王】は僕が殺した。どういう事だ!」
正面に同世代と思わしき全裸の少女がいて【魔王】だと言っている、それが美少女だとか魔力が周囲に練りあがっていくということよりも【勇者】は混乱した。
「僕は君が【魔王】なら殺さなくちゃならない、説明して貰おう。」
「……私は元より人間とことを構えるつもりは無かった、気を抜いた時に創造主と名乗る男に拘束された、そしたら奴は【勇者】を止めると私の仲間を仕向け、結局皆生活を失った……それでも私はあなたとことを構える気は無い、それが本来の私達【魔族】だ、大人しく暮らし世界の流れに身を任せる。首を落とすなら落とせばいい、それも運命。」
彼は動揺した、これまで様々な【魔族】を殺してきたが自ら殺せと言われたのは初めてだ。
殺してくれと言われて殺すのと襲われて殺すのでは訳が違う、彼が剣を取らずにいると
「私は【魔王】、全ての【魔族】に幸せをもたらすべき存在だった……それが出来なかったなら生きる意味は無いわ、殺しなさい、全ては私の甘さがもたらしたこと。」
練りあがった魔力は彼女の発言が終わると霧散していった、本当に無抵抗らしい、しかし【勇者】は殺せなかった、何も考えずに全てを殺したことを悔いた。
「……僕は死ぬ事が出来ない。君の仲間へ死んで詫びることが出来ない。せめてなにか最後の【魔族】へ罪滅ぼしをさせて欲しい。」
「ふざけるな!どうして貴方の罪滅ぼしのために生きなくてはならないのよ!全ての【魔族】を呼び戻すなんて魔力が足りるわけないじゃない!」
「……は?【魔族】は全て僕が……」
……今この少女、全ての【魔族】を呼び戻すと言ったか、僕が殺した奴らを呼び戻すと。
「貴方が全員存在を吹き飛ばしたなんて知ってるわ……別にそれじゃあ私達は死なないもの、正しく術を組めば戻ってくるのよ……」
「じゃあそれをやってくれ!僕をそれで裁いてくれ……それに必要なことなら何でも手伝う……頼む」
「…………貴方、全てを消しておいて訳がわからないわ……そうね、それが終われば私は【魔王】を辞めて存在も魂も消えることにするわ、それまでの協力よ。」
こうして【勇者】と【魔王】の罪滅ぼしへ向けた死への協力が始まった……
◇
状況と目的をお互いに確認した後にここがどこか確認するべきだということになったのだが……
「……最後に名前を聞く前に一つ言いたいことがある。……君は服を着てないが断じて僕のせいではない……ので出来れば恥じらいを……」
【勇者】が顔を背けながら言うので何のことかと思いつつ自分の体を見る。
「は?……っ?!えっ、嘘っ……み、見ないで!」
「ま、待て不可抗力だ、僕は悪くない!それにもう気がついてると思ったんだ!うわやめっ、おい待て達成前に、やめてくれっ!」
顔を真っ赤にした彼女にビンタされる【勇者】がかつてあっただろうか。
創造主たちが彼らに気がつくのはこの数日後のことである。