【勇者】の回想
僕は来るべきこの時にすべてをささげた。
目の前にいる【魔王】を倒すために自分のすべてを殺してきた。
本来ならば青春だの同世代との戯れだのそういうものがあったのかもしれない。
……しかし僕は【勇者】として生まれてしまった以上世界から期待され続けてしまった、同世代に友人と呼べる存在はなく、皆が僕を神の使いのように扱う、もはや僕は人ではないようにさえ思えてくる。
加えてこれまで何百、何千もの【魔族】を手にかけてきた……そんな彼らにも家族や友人があったかもしれないと考えると彼らにさえ羨ましさを感じるときもあった。
……加えて言えばなんで戦い始めたのか、発端はどちらが原因なのかすら覚えていない。
そんな負の感情を裏にため込みつつ人類の希望としてここまでやってきたのだ。
「……おい【魔王】、出てこい。この城にいるのはお前が最後だ。僕が殺してやる。」
この世界の【魔族】は本拠地に近づけば近付くほど強くなるなんて生ぬるい世界ではない、【勇者】が現れたとなった途端に自分に向けて一斉に本隊を仕向けて来て何度も致命傷を負った。
さらに【勇者】故か、いくら体が燃えようとも、剣が体を貫こうとも死ぬことはなく、次第に人間すら気味悪がられるようになっていった。
その結果得られたものは世界の全てを殺す力と化け物の【勇者】という評判だけだった。
残党が後で挙兵しても困るので幹部クラスは家族含めて皆殺しにした、化け物と泣き叫ばれたが元々化け物だ、今更なんだというのか。
ついに王の座にたどり着く、体は何度も切り落とされた腕を繋ぎ直して痛々しい接合部に加え空いた穴からはダラダラと血が流れているが死ぬ事は無い、痛みがない訳では無いがもう慣れてしまった。
部屋のどこからでも無く魔王の声がしてくる。
「……【勇者】よ、我が配下に留まらずその家族まで殺すとは殺人鬼と何が違うのだろうな。」
「この戦いがこうなる前に終わらなかったことを恨んでくれ。僕はただ全てを殺してこの戦いを終わらせる。最後はお前だ、出てこい。」
「まあ、まて。我が最後だ、悲しくも味方を巻き込む心配もない。全てを持って貴様を殺して同胞への餞としよう。と言ってもお前は死なないんだったな、実に無念だ。」
そういいながらどこからともなく霧が立ち込め【魔王】が中から現れてくるのがその殺気でわかる。
霧が晴れるとついに倒すべき【魔王】が姿が眼前に見えてきたのだが何か鎖でつながれた人らしき何かを連れている。
「……【魔王】、お前が最後ではなかったのか、それは何だ。」
「ククク……これか?これは私を【魔王】たらしめるペットだ。安心しろ【魔族】ではないし戦えるような奴ではないからな、本当に私が最後だ。」
そう言いながらソレを部屋の奥へ乱暴に投げ飛ばす、全身拘束具で固められており口には猿ぐつわまではめさせられている、拘束具の隙間から見える輪郭的に同い年ぐらいの少女だろう、最後まで人質を取る点は【魔王】の所業である。
剣を握る手にさらに力が籠る。
「最後まで人質か……相変わらず救いようがない悪者だな……【魔王】、殺してやる」
そう言って周囲の床にヒビが入り後ろに巻き上がっていく。
死なない【勇者】は己の体の破壊を厭わない、とうに人間が出せる速度以上の剣撃を魔法で身体改造させて繰り出していく。
体の保護に魔法は割かない、すべて殺すために繰り出す、腕だろうが頭だろうがその場から再生していく、これが化け物と言われた【勇者】の戦い方だ。
「クッ、さすが化け物とまで言われた【勇者】だ。お前は世界が滅んでも生きながらえるかもしれないからな、我の最大のパワーを何度でも叩き込んでやろう!」
1回の斬りこみで魔法に傷が無数に入る、いくら【魔王】とはいえ世界の理を無視するような【勇者】のような補正は一切ない、【魔王】はとてつもなく強いのは少なくとも世界の理の中での話なのだ。
【魔王】も己の命と同胞の仇討ちがかかっている、己の城など一切構わずに【勇者】を殺すためだけにすべての力を放っていく、その魔法で寿命も魂も燃え尽きることさえ厭わない。
――すべての【魔族】の安寧と平和のために。
そう言って人間に対抗するために宣戦布告し上手くいっていた、【勇者】が現れるまでは。
「【魔王】、何かを考えるとは、見た目に反して随分と余裕だな。」
「な、なんだとっ……アアアアアアアアアアアアア」
魔王の腕が1本飛んだ、すぐさま距離を取ってから治癒魔法で腕を生やし回復を図る。
あぁやはりこいつは化け物だ。
◇
周囲の物がすべて吹き飛んだ、形あるものはすべて大地の一部と化した、そういった残骸が戦いのすさまじさを物語っている。
「ち、畜生……ガ、ガハッ」
「…………【魔王】もやはり死ぬのだな」
血まみれの【勇者】の前には満身創痍の【魔王】が地に伏していた、しばらくすれば確実に事切れるだろう。
「【勇者】、お前は本当に化け物だ。」
「あぁそうだ。僕は化け物だ。帰っても化け物と呼ばれこのまま消えていくだろう。それでも【勇者】は【勇者】だ、この定めから逃れられたわけでもあるまい。」
【勇者】もこの戦いで最後だと思ったからか、【魔王】もこれ以上は無理だと悟ったからか、ぽつぽつと語り始めた。
そんな奇妙な空気のなか【魔王】が異様な行動に出た。
「………ケタケタケタケタケタ、なにが【勇者】だ。創造主よりも強い存在があってたまるか」
「……?何を言っている……?」
【魔王】のこれまでそれらしかった姿が水に流れるかのように剥がれていき不定形の存在になっていく。
「【神殺し】の化け物に一つ教えてやろう。お前は本当に世界にとっての異物だよ、本当になあっ!あぁそうだ。今だって命を伸ばすために世界の構造を作り替えたってのにお前は全く影響されていないじゃないか!」
「【魔王】、お前は何者だ……?それ以上動くなら完全に殺す」
【勇者】は姿を異様なものへと変えた【魔王】だったものに剣を向け斬りかかる。
「グッ……やっぱりお前は外から消すべきだった!種のために容認するべきではなかった!ガアアアアアッ消す!消してやる!世界のために、お前は不要だ!我が死んで世界が消える前にこの恨みを晴らすッ!お前は……へ……送っ……殺……」
空間が白く包まれる、そこから先アレが何を言っていたのかはわからない。
――【魔王】はその世界の創造主だった、創造主はどこからか現れた【勇者】に殺された、世界に降りている限り創造主でも作った世界の理に影響される、故に彼は殺された。
彼が世界に降りていた理由は彼にしかわからない、しかし彼は腹いせにほかの世界にその周囲の存在を名も知らぬ創造主のもとに送り込んだ、自分が味わったようにその転移先の世界の主も滅ぼされてしまえということであった。
「糞……何が起きたっていうんだ……」
薄暗い部屋で【勇者】は目を覚ました、空気の匂いが違う、一体ここはどこだというのか。
ただひとつわかるのは……
「――――ッ」
目隠しに猿ぐつわ……全身の拘束具……非常に先ほど見た気がする少女が横たわっているということだ。