船上の混乱
アイヴィスはこっそりとアウラたちの手を受けて過去に大量の神器を運んだことがある。
その結果か乗組員は大抵神器を無意識のうちに手に持っている程だ。
故に船上では見えないものが見えるようになったとはならずに思わぬ搭乗者の発見となってしまった。
◇アイヴィス甲板にて
「それにしてもまさかこんなんになるなんてなぁ」
アイヴィスの船首に座り先を眺めている【守護者】、彼女もまた創造主より指示を受けて異物蔓延る戦地へと赴く最中であった。
風を正面から受け、髪がなびく。
まもなく目的地が見えるかどうかという頃、彼女の感覚に少々変化が生じた。
「やぇ?今なにか……変わったような気が……」
新しい身体を見回してみるが至って正常だ。
身につけていない鎧の方も特段異常は感じられない。
何だったのかとため息をついて頬杖をついた途端全く考えられない事象が起きた。
「なっ、お前はどこから忍び込んだ!」
「……やぇ?」
船が騒がしくなったと思い振り向くと皆がこちらを向いて私の事を不審者と言っているではないか。
どう見ても自分の姿が見えているとしか思えない。
一人の鎧を着た男が歩み寄ってくる。
「おい、君!」
「や、やぇ?!見えてるん……やぇ?」
「は?何を言って……」
なんということか、普通に会話出来ているではないか、これは大変だと慌てて船の別の位置へ存在を転移させて逃れる。
船の中はたちまちパニックに陥った。
いきなり少女が船首に現れたと思って声を掛けたら突然消えたのだ。
しかもそれを皆の目の前でやったとなれば自ずと幽霊だと騒ぎ出すのも自明だろう。
「い、いきなりどうゆう事やぇ……」
こっそりと物陰に隠れながら慌ただしくなった船内の様子を伺う。
船内はいきなり現れた存在を探しに慌ただしく兵士が行き来し始めていた。
「なんでいきなり見えるようになるんやぇ……力も変えてない言うに……どういう……」
せっかく風に当たっていたというのに……と呑気なことは言っていられない。
今の話だけをすれば即刻船から離脱、そのまま戦場へ赴けばいいだろう。
しかし今後を考えるとアイヴィスに居着きたいと思っている以上、仮に今後も姿が見え続けると仮定すると、ここでどうにか話をつけておいてしまいたいというのがある。
「どうするやぇ……うちはこのまま乗っていたいんやぇ……はぁ」
ひとまずさらに人気の無い船倉まで引っ込むと次の行動を考えるべく頭を抱えていた。
しかしこの際、アイヴィスを知る存在が乗船しているのが抜け落ちていた。
「あ、あなたが不審者ですか!……ってあれ?どこかで以前会いました?」
「っ、ここにもいて当然やぇ……ってあら?」
【竜】の娘、以前アイヴィスが警戒して脳みその中身から記憶の隅々まで覗いたサクヤがそこにはいた。
幸いにも他に兵は見えない。
このサクヤという娘は唯一常にアイヴィスの【守護者】の存在を感じ取れる者でかつ船内で唯一【守護者】と言葉を交わした住人であった。
今はアイヴィスは人に怯え、サクヤは不審者探しで気を詰めていたりと以前の出会いとは真逆に近い様子である。
下手に知らない兵士よりはマシだといった感じでサクヤへと近づく。
「……こうやって姿を見せるのは久しぶりやぇな」
「もしかして船内の不審者は貴方?」
「多分そう……やぇ。いきなり見えるようになってしまったんやぇ」
サクヤは船倉の扉が閉まってるか確かめると外から見えない位置へアイヴィスを誘導した。
「なるほど……でしたら正体を明かされては?」
「はぁ……だれが信じるんやぇ」
「それは……って、まだ力もありますよね?それを見せれば少なくとも人でないことは嫌でも分かりますよ!」
「そんな単純に言われても困るんやぇ……まぁなしではないんやけど……」
「でしたら……」
確かにサクヤの言うことは一理ある。
かといって人ならざる力を見せると言って何を見せればいいのだろう、艦をここで纏えばむしろ乗組員が空中に放り出されてしまう。
とすれば光線なり障壁から改変といった部類になるのだが視覚に訴えるのは印象に欠ける。
サクヤが目の前で色々案を出しているのを軽く流しつつアイヴィスなりに考え始めた……少なくとも歩いて行かずにまた転移で現れるのは決まりだ、その方が住人らしくなくていい。
「で艦長に話を通せば――って聞いてますか?」
「やぇ?こっちで考えてたやぇ」
サクヤがやはりそうでしたかと溜息で返事をする。
それでも彼女は話を棄てることはせずそのまま続けた。
「そうですか……とりあえずリース艦長の元へ行きましょう?」
「やぇ?……まぁ、悪くはないやぇ。で、その住人は……」
その艦長の所在を船に意識を這わせて瞬時に探し出した。
そしてサクヤの肩を掴み彼女ごとリースのいる艦橋へ転移させる。
突然の動作にサクヤは全く処理が追い付いていない。
「ふえっ?!」
「……貴方が艦長さんやぇ?」
「なっ」
いきなり現れた【守護者】に艦橋内部の空気は張り詰める。
その不審者はなにせ国からの派遣者をまるで人質のようにして連れてきたのだ、無理もない。
そんな空気をよそにあいかわらず気の抜けたような調子でアイヴィスは話し始めた。