カゴちゃんとただの聖剣 ②
その後は驚きの連続であった。
確かに我々【鍛冶師】は叩いて剣を鍛える、この【ドワーフ】も例にたがわず叩いているのだが……次元が違った。
我々の剣は魔法で鍛える、一度溶かして型に流し込み魔力を刀身全体の大きさで叩きつけて調整、最後に研磨する。
一方彼はどうだ、溶ける前に取り出し何度もハンマーで叩いて伸ばして、冷めたら再び熱し叩いて重ねている、彼が剣を作っていると言っていてもにわかには信じがたい光景だ……たとえるなら硬い布を何度もたたいてるかのようであった。
出来上がってきている剣の質についてもそうだ、作っていくうちに鋼とは思えない魔力量になっているではないか、もはやこの魔力量、強度はミスリル以上だろう。
「どんな魔法かと思ってたんだが……まさか魔法ですらなかったとは思えねぇな……こりゃすげぇ……」
「そうですね……別に魔法でたたいてもいいと思います。私にはこちらの方が楽なのですよ。ただ1回で作り上げようとせず何度も叩きなおすことでその素材もしっかりと姿と性質を見せてくれるということでございます。」
そういいながら【ドワーフ】が仕上げに刀身を研磨していくと自分の顔がはっきりと見え、鏡のようになっているではないか、研磨したばかりの剣は持っている人の顔が映るほどとは言われていたが、ここまではっきりと映り込んだのは【鍛冶師】になってから一度も見たことがない。
「本来ならここまで素早く作れることはないのですが……剣としては不十分やもしれませぬ、そちらもどちらかと言えば形ばかりの物でございます」
「こ、これで不十分……」
その剣は片刃でナイフやダガーの類をそのまま伸ばしたような見た目をしており、刃とは反対側に沿りがはいっている、長さもこの世界の一般的な背負い物の剣に近くまさに異質であった。
この世界で剣は質量と耐久をもって鈍器として叩き潰すだった、斬ることは固い装甲を持った魔物への対策が殴打より斬撃の方が効果が高かったために次第に汎用兵装として切れ味も求められていくようになっていったのだ。
しかし目の前にある剣は目的として斬ることしか考えてられていないのではないか、薄く、硬く、軽く、鋭く、全てを斬ることができそうな剣だが……これで不十分とは完全品は一体どのような品なのか想像することすらかなわない。
「なぁ執事の。この剣を買わせてはくれないか、出せる限りの金は出す。」
「……もともとこれはここに置いていくつもりでございます。お代は我々には不要なのでございますので、これは彼女を預かっているお礼だとでも思って下されば結構でございます。ただし……」
その後、例の【ドワーフ】にはこの剣は刀という品で、見せたり研究したりするのはかまわないがこれで戦ってはいけないこと、これ自体を売ってはいけないことを条件に引き渡してもらった。
同じころ、カゴも開放されたようだが完全に死んだ目をしている、相当絞られたのだろう。
「も、もう許して……うぅ」
どうやら説教はまだ続けられるだけの内容だったようだ。
「おとーさんが許してもマキナが許しません!いいですかあなたは……とまだ言いたいことはあったのですがトールの用事が済んだみたいですからマキナたちはここで帰りますね。……しっかりお役目を果たすのよ。」
「ひ、ひぃっ、こ、今度はしっかり遂げて見せますううううう」
「大事なお役目ですから頼みますよ。……それでは、ご迷惑をおかけしましたわ」
そう言って二人が帰っていき見えなくなってくるとカゴは預かった剣を持ってそこにへろへろと座り込む。
「け、消されてないですよね?……うぅ……生きた心地がしません……」
「俺には死んだ魚みたいに見えたけどな。なぁ、カゴちゃんよ、一体どんな話をしてたんだ?」
「あー……その……実は……」
急にカゴがしおらしくなった、まさか帰ってこいと言われたのではないだろうか、彼女はもうここの工房での家族みたいな仲間だ、作って世界に放っただけの奴らにひき渡すのもしたくない。
「帰るのか?」
「い、いえ……その……逆でして……こ、今後ともよろしくお願いします……」
そういって深々と頭を下げるカゴを慌てて【鍛冶師】がとめる。
「剣のことはもういいのか?」
「はい……渡した奴に憑いて、儀式のときにこっそり仕事してくれればいいと言われました……それにずっとここにいていいって……」
「どの剣でもよかったのかよ……なんて奴らだ……おい、お前ら仕事サボってずっと見てただろう?出てこい。」
それを聞いて物陰から一斉に弟子たちが出てくる、彼らは二人組が来てカゴが奥に逃げ込んだのを師匠が呼びに来てから心配でずっと見ていたのだ。
「カゴちゃん、ほんとか?!」
「連れていかれるのかと思って俺たちみんなピリピリしてみてたんだ。本当によかったよかった……」
カゴが慌てふためく、まさか自分がこんなに心配されていたなんて思ってもいなかったのだ。
実際のところは工房の関係者みんながカゴを家族のようにかわいがっていたのだ、決して【加護】をくれるありがたいだけの存在ではなかった、彼女は皆の娘のように大切にされていたのだ。
「み、みなさん……」
「おうし、今日は俺のおごりだ!お前ら、今日はカゴちゃんが改めて仲間になったんだ。祝わずにいられるか!」
「おおおおおおおっ!」
ある工房のとても長い一日がドンチャン騒ぎを経て終わろうとしているのであった――
◇
一方そのころ
「……トール、本当によかったんですか?連れ戻して別の子でもおとーさんは許したと思いますが。それに一本作っておいていくなんて相当な大盤振る舞いですね」
「……なんのことでございましょう。……そうですね一つ言うとすればあんなに幸せそうなのを奪うのはとても忍びないと思いまして、今後を願って餞別を送ったという感じでございましょうか」
トールが珍しく遠くを見つめるようにして言った、マキナには意味が理解できなかったがトールも創造主と同じように作った物に対してある気持ちを抱いたのだ。
「……創造主様、私にも娘を持つという気持ちが分かった気が致します……」
こうして二人はしばらく世界の状況把握という名目の観光を楽しんだ後、男の研究室に戻っていくのであった――