倣え
「いや、本当にすまんかった。この通りじゃ……」
アウラは申し訳ないと言いつつも内心非常に喜んでいた。
この龍神は自ら自発的に知を得ようとしたのだ、教えずとも情報を見て盗まんと集め始めたのだ。
丁度アウラが求めていた創造主の姿が形を変えてそこにはあった。
「……手を出した結果殺されかけるとは思わなかったぞ」
「だから言ったであろう、私は真に消す時は姿を見せずに行うと……あぁお主の方は異常はないかの?体の作りが普通じゃてな、何も無いとは思えぬ」
「と、とりあえず何も……」
「ふむ、まぁ何かあれば申せ。私の責任の範囲でなら色々としてやるからの」
そして今、アウラが心配しているのは龍神よりもこの近衛の身体についてだ。
龍神はとりあえず回復できたがこの近衛に関しては全く大丈夫なのかが分からなかったのである。
龍神のように世界が保持する巻き戻せる情報を持ち合わせた個体ではないので世界にある種としてのデータから適当な値を見繕って与えたのだが……要は当然ながらこれは彼が元々持っていた値なわけが無い。
と、そんな所に龍神が一つ話を持ちかけてきた。
この龍神は特段これといったダメージはなく、瞳の影響もあり存在を消されるまでは至っていなかった。
肩や首を回している様子から見るに全く気にすることはないだろう。
「ところでひとつ聞きたい」
「なんじゃ?詫びも兼ねて粗方の事に丁寧に答えてやるぞ?」
「どういう仕組みで攻撃してきた?この目の意味はなかったではないか」
「ふむ……」
この空間について聞いてくるかと思ったんじゃがの。
まぁ瞳についてはそう思うのは分からんでもないがの。
「その瞳は確かに絶対不変の物じゃが……あくまで不変は存在に関してじゃ。状態変化は不変の対象にはならん。例えばお主が死ぬのは存在が生から死に変わるから働くが怪我をする、病に陥ると言ったものはお主が生きている限り付随状態として瞳の効果は起きぬ」
「つまりさっきのは存在を消す攻撃ではないと言うんだな?」
「そうじゃの。今回は相手によっては情報を絞り出すつもりでもあったからの。お主みたいな存在だろうと無力化するものを選んでおる……挨拶程度の軽めにしておったんじゃが本来ならこんなふうにな?」
軽々しくアウラは手首を差し出しとそれをもう片方の手刀で切り落としてしまった。
流石にこれを見た二人は目を丸くして驚き、慌て、それとは対照的にアウラは何食わぬ顔で続ける。
特に驚くのは近衛の方だ。
「なっ?!」
「騒がしくするでない、良く見ておれ」
「いや、それよりも腕から血が……」
「ハッハッハこの身体はそんなヤワではないんじゃよ。全くもう……よいか?今この手は私の意識とは別の動きが出来る。それで此奴を……」
無理やり近衛を黙らせると切り離した手を先程の龍神が立っていた部屋の真ん中へ投げた。
すると手は命が吹き込まれたかのように動き始め、まさに一つの生命体のようになり、あたりを確認して床へ手の平をついた途端――
「今この時点で私はアレの接触を感知しておる。そしてこう……じゃな!」
バチンッという音とともに一瞬にして手は焼け焦げ所々に穴が開きピタリと動かなくなった。
それを手に取ろうと龍神が手を伸ばしたのをアウラははたき落として制止した。
「やめておくんじゃよ。伝染ってお主ももがき苦しむからの。あれはまだ死んでおらぬ」
「ほう……?じゃああれは何が起きたってんだ」
うむ、と龍神をとりあえず座らせ、近衛には仕事に帰ってもらう。
流石に彼にはこの話は世界を超えすぎる。
近衛が居なくなるとアウラは説明を始めた。
「まぁ細かい事は省くがまず権限の剥奪じゃ。【守護者】だろうと問答無用でその地に引き摺りだす。次に組織の破壊、最後にこの世界で最も強い劇毒の投与……まぁ何より大事なのは最初の権限剥奪じゃろ」
そう言って己の片割れに向かって吹き飛ばすように息を吹きかけるとまたたく間にその被害者となった手は塵となってどこかへ消えていった。
そのまま切り離した元の手首を掴み軽く揉んでから引き伸ばすようにするとにょきりと手が生えてくる。
「むしろその後よく分からん殺し方をすると思っていたんだが……あまりにも普通で驚いたぞ」
「そうかの?普通の手筈というのは大事じゃよ、あまりに普通故にたいして目立たないからの」
生えた断面や継ぎ目、可動域を確認しながらアウラは答え続ける。
「……意味があるのか?」
「もちろんじゃ。常に状態を確認してなければ行為としては直ぐに普通の命のやり取りに紛れ込ませられるからの。力を以て派手にやってみよ、目立って直ぐに他の奴らが嗅ぎつけてくる。それこそ見せしめ以外に旨みはあらんよ。こうして隠れているなら尚更じゃ」
どこか宙を仰ぎつつ考えながら聞いてくる龍神に嬉嬉として情報を与える。
此奴は少なくともそのままではなくひと手間ふた手間ひねりを入れて取り入れるかもしれない、と期待を込めてアウラは龍神を見ていた。
「……なるほど、大方理解した。呼び戻す形になってこっちこそ悪かったな」
「そう言わんでくれんか、謝るのこっちじゃ。それとお主の反応は把握したからの。次からこれを弄っている分には反応せぬ、好きに学ぶがよい」
「……それはありがたい事で」
「ハハッ他にも分からなければ聞くのじゃな、時が来たるまでに力をつけるのじゃぞ」
満足そうにアウラは立ち上がるとそのまま笑いながら世界に溶けていった。
「……ふむ、俺もできれば便利そうだな」