書き換える者
代わり、それは何かに準じたもの。
代わりを決めた際は大抵その代わる前より何かしらの劣化をもたらす。
アウラは半ば後悔する様に愚痴り始めた。
「……全く、私も面倒に作り上げってしまったものよの」
「何をです?」
「……生き物じゃよ。種を独力で繁栄させるには共に競い、共に助け合い、共に知を共有することだと私は辿り着いての。お主たちは少なからずその影響を受けておる。個だけで繁栄できるようにしておればこのような手間を食う必要はなかったというに……まぁ私の思いが大方通じるのは有難いがの」
どうせ今話したところで後でこの当たりは変えずに消してしまうだろうから特段問題ない、そんな気持ちで垂れる言葉はアウラの珍しい身の上話も混じってくる。
「神というのは大変なんですなぁ」
「……そうじゃの。最初は何をすればいいのか分からんかったし、加減を間違えて大変なことにもなったのう」
「ふおっふおっ……教育もそうでしたでしょう?」
そう言われてきょとんとしてしまう。
確かにそうであった、全く勝手がわからずルルイエの伝手を頼ったのう。
「ハハハ、そう来たか……そうじゃ、同じじゃったよ。手探りに始まり数多の試行をへてしてようやく形になる、じゃな。こればかりは不変じゃよ」
話してる傍らどのような代わりを与えるか練り上げる。
できる限り違和感のないように細心の注意を払い、最終的になにかの理由で彼らから自然に消える理由を作らなくてはならない。
「そう言えばユラよ。お主に話があると言ったじゃろ?ペトラを代わり扱いした時の事じゃ。ペトラのなにをお主の代わりとしている?」
「話はそれでしたか……」
ユラの目が細まり、どう説明したものかと手が髭に伸びる。
「……ペトラを最初に作る時に人格をどうするかという問題がありましてな、アウラ様は作る時に苦労しなかったでしょうがこれがまた非常に難しく何度も失敗したのでございます」
「……ほう?それと代わりがどう繋がるんじゃ」
「最初はそれこそ物事に応答するだけ、質問一つに答え一つ。思考という概念が無いところから始まり……思考にパターン性を持たせてみたり、経験を蓄積するようにしてみたり……それでも人のようにはなりませんでな」
ペトラは今でこそ人とほぼ何ら変わらないぐらいに滑らかに動き、豊かな感性と思考を持つ。
それこそ常日頃からバージョンアップを繰り返しているとしてもその一体しか作っていないというのが信じられないほどに。
「……少なくとも私が初めて見た時はその過程の状態じゃな?」
「うむ、その後いくら無から用意しても作れない、ならば元に本物があれば良いのではないか……ということになりまして……もう答えが見えてきたのではありませんかな?」
思わずアウラがニヤリと笑う。
「見えてきた、と言うより確かに予測の通りじゃったよ。要はお主が人格の元なんじゃろ?……それにしてもあそこまで変わるんじゃのう……お陰で面白いものが分かったよ」
「それは何より。それにしても何故今これを?」
「あぁそれは……代わりに差し替えるものの為人が同じでも大丈夫かと思って……」
と言いかけたところで扉が開かれた。
「アウラ様、お連れしましたよ」
「……おお、助かるのう。三人ともこっちまで来てくれんか」
目的の三人が部屋に入ったところでこれ以上入られないようにこっそりとアウラは扉を壁と繋いで開かないようにしてしまった。
「まずはそうじゃな……いきなり呼び出したりしてすまんの」
あくまで申し訳なさそうに詫びを入れたアウラにライカは驚く。
「変な薬でも飲んだのか?なんか気持ち悪いよ……まぁ何も無かったから私は良いんだけどさ……こっそり戻ってきた上にいきなり一体なんだって言うんだい?」
「……ユラには話してあるんじゃが事情で学園には戻れなくなってしまってな。ひっそりと抜けなくてはならぬ内容故、せめて付き合いのあったお主たちには挨拶をしておこうと思ってな」
「なっ?!なんでそんな唐突に」
「そうですよアウラ先生!何が……」
流石に学園では教師だって辞める際には挨拶ぐらいはするものだ。
ひっそりと消えることならそれは捕まったか国に連れていかれたか、はたまた殺されるなり何なりで物理的に居なくなるかだ。
今のアウラの様子からはどれも当てはまらないようにしか見えない。
「なんと言おうかのう……まぁ故にな?私を忘れてもらわねばならんのじゃ……悪く思わんどくれよ」
アウラの本来の身体が遂に彼らの眼前に現れる。
初めて人ならぬ姿のアウラを目にしユラさえよろけて腰をついてしまいかけたがペトラが同じように驚きつつもすかさず抱えたために怪我は免れたようだ。
白い人型の存在になったアウラは自然と宙に浮き始め、瞳のあるべき位置から柔らかい光が炎の様に揺らめく。
『****** **……あ、あー。これで聞こえるかの』
「……そ、それがアウラ様の姿ですか」
唯一ペトラだけが恐れを抱きつつも言葉を吐き出した。
他の三人はもはや声も出ない。
『驚かせるようで悪いの。この姿でないとこれは出来なくてのう』
既に是非を問うまでもなく、アウラは彼らの記憶を作り替え始めていた。
彼等の見知った者の真の身体を見た驚きであった感情は未知との遭遇による驚きへと塗りつぶされていく。
未知との遭遇を作るためにもこの身体になることは『アウラ』の削除に最適だ。
記憶が作り変わったのを確認すると仕上げとばかりに片手を掲げ世界へと範囲を広げる。
住人であっても【守護者】であってもみな平等にアウラの改変の手に染まる。
それに合わせて書き変わったのを示すように眼前には学長を守る教師陣の姿があった。
『…………』
「学長を守れ!手を出させるな!」
「所長、大丈夫ですか?」
「う、うむ……しかしいきなりどういう事じゃ……」
『…………』
世界を書き換え終わるとこの部屋の扉を元に戻しておき開け閉めできるようにする。
そしてそのまま四人には声をかけることはなく世界をあとにする。
取り残された彼らは安堵のため息が零れ、余りにも理解を超える初の出来事に不安を覚えるだろう。
彼らのアウラがいた場所にはオーレリアという死んだ存在が入り込んでいる。
しかし生きた存在ではなく、ただ記憶を埋めるための痕跡だけの存在で、彼女は都合よくあの災害で死んだことになったのだ。