和やかに
「……裏切り、ですか」
男は思考を巡らせる。
言葉のあやを疑い、アウラの真意を探る。
しかしそんな裏のあるようなややこしい言い方はするだろうか?
「うむ、裏切りじゃ。存在までは消さぬし今すぐの話ではないから安心するんじゃな」
そう言ってにこやかにしているが全くもってにこやかにできるのか話ではない。
「……突然で驚きが隠せませんが……その真意は?」
「いやなに、お主には意識的に防御への考えが甘い。故に私が侵略者となってお主の世界を討ち取ってやる、という訳じゃ」
「……宣戦布告ですか」
「うーぬ……まぁそうじゃのう。それになんじゃ、ちゃんと防衛方法についてはしっかり手ほどきしてやるでな?それが私の裏切りまでの猶予じゃよ」
この言い様からそれが嘘ではないことは嫌でもわかる。
そしてそれは男にとっては世界が崩れるのではないかという不安を煽る。
さらにそのアウラの文言は男にある行動を焚きつけてしまう。
――ここで世界を守るべくアウラをつぶすべきか否か。
いや、防衛意識が薄いことはそれとなく自覚している。
現にこの前の災害対応したのはほとんどアウラだ、男は最後の事後処理に手を貸せたぐらいで外から見てたに等しい、実のところ災害時アウラが内部から壁を作ったせいで何もできなかったのだが対応したのがアウラであることには違いない。
敵になる、と宣言したが防衛について教えると言っているのが男の判断を遅らせる。
「……私に宣戦布告となれば世界を潰す者として当たらなくてはなりません」
使ったこともない破壊意思がアウラへとむけられる、思わずアウラは笑いそうになるのをこらえて敢えて無効化が少し遅れたかのようにふるまう。
「そうじゃな?じゃが貴様程度に……私がつぶせると思っておったか?年季が違うぞ?」
「……しかし創造主としての権能なら奪えるでしょう?」
「何をぬかしておる。私が無抵抗なわけあるまいて。相手を潰すときはな、相手の存在の逃げ場を潰し如何に壁を無効化して相手の存在を掻き消すか、じゃ……このようにのう!」
アウラの身体一部不定のモノへと変わる。
アウラの存在干渉がついに創造主たる男へ向けられたのだ。
男は慌てて防御概念を組み立ててみるがどうにも経験がない。
そもそも無効化とはどうやるんだ、先ほどの存在干渉だって少し感覚でこうだろうか?とやってみたレベルである。
そんな状態でアウラの干渉を防げるはずがない。
「っ?!」
「ほれ、何をしておる。そのままでは存在が消えてしまうぞ?壁をイメージするんじゃ。その壁が強固でどんなものにも対応した壁であればあるほど良いぞ。なんなら相手の干渉を具現化して叩き潰してもいいのう」
「こ、う……ですか……ねっ!」
「……及第点じゃな。甘くしてこれじゃあダメじゃの。裏切り後であればこのまま世界を乗っ取っておったな」
ここまでくれば男も気が付いた。
裏切るとは言うが本当に防衛術を教えてからだ、というのが裏もなく真意であることに。
これで男はアウラが正式に離反するまで敵となる存在に教えを乞うという不思議な形を取らざる得なくなった。
実のところアウラとてこの世界が好きな方だ、自分の世界ほどではないがそれでも作品の作品として愛している。
しかしなぜここにきてこのような形をとったのかというと……やはり駒を使ったダミーの戦いというのにアウラが慣れていなかったという何とも言い難い理由であった。
これはアウラのターゲットの取り方に依るところが大きく、アウラは相手の存在の階位の高さを利用して相手を指定する“癖”がある。
その存在を定めるモノであれば名前でもイメージでも特定できるのだがこの手は如何せん偽装がしやすく、中には名前を持たない者もいる。
そのためアウラは書き変わる可能性の最も薄い『その者がもつ権限』で特定するのだが、事前に半身と相談していた時にこれをすっかり抜いて考えていた。
「ダミーだから権限としては大丈夫」なんて抜かしていたがいざやってみたら恐ろしいことにダミーを総大将認定するところまではよかったのだが権限としては創造主がトップのままだ。そんなもんだから平然と権限のトップに狙いを定めると……結果として権限としてはトップの男を自然と狙って潰すという恐ろしいことがわかってしまったのだ。
かといって【守護者】に権限を下げると今度は戦いながら世界を守るという器用なことができない。
【守護者】は権限として一律なのですべての守護者を対象に効力を発揮してしまうのでできないのだ。
アウラはそのような顛末を受けて男には悪いがダミー案は提示するだけして結局いつも通り戦い、適当なところで男を封じ権限を奪取後に一通り工程を済ませ、何らかの原因で存在が抹消されたとしてここの世界から自分に関するすべてを書き換えて元の世界へ帰ることにした。
「まぁなんじゃ。せいぜい消えぬように頑張ってくれんかの。こちらとしても簡単に消えられると興冷めするからの」