憂い
男はどこともつかぬ空中からただぼんやりと世界を見ていた。
実体化した身体の吐息は白くなるほど冷たくなり、見通す空はいまだ陽の光を写してはいない。
「予想以上に静かというか……味気ないな」
そう思うようになったのはつい最近、特に魔物を潰したあたりからだ。
最初期の思うまま天地創造をした高揚感はどこへやら。
確かに己の人生ではまずありえないものばかりが進歩してきた、魔法に始まり果ては機動兵器と言わんばかりの鎧やら航空技術まで。
世界の住人にとっては技術が生まれてからそれこそ日進月歩の勢いで発展と改良が重ねられているのだが……創造主からみれば自発性がない。
なにも創造を失敗したとまでは言わないが、現に殆どが無からの開発ではないのが事実だ。
何かしらがもたらされた結果それを延長してここまで至っている。
取っかかりを与えたつもりが実はすべてを与えていたのやもしれぬ。
いっそ再び数千年ほど待ってみるのもだろうか?そうすればなにか作り出してくれるやもしれない。
そんなことに耽っていると無音の世界に生命の胎動を示す音が聞こえ始める。
世界がまた一日を動き始めようとしている。
「……あぁそろそろか」
技術は頭を抱えることばかりだが自然は作り上げた自分さえ素晴らしいと思っている。
自然、生命はまさに自ら生きようと数を増やし根を広げ土地をつくりあげる。
それに男のいた世界と違い環境状態が汚染されていない、澄んだ空気と大自然が勢いをつけ阻害されない限りお構い無しに広がり続けている。
「……よしよし、今度はまちがいないのう。にしても、こんなところにおったか」
突如、背後の空間がナイフで切られたかのような断面でスパッと裂け、内側からアウラが覗き込んでいた、始めてみる登場の仕方である。
「珍しい登場の仕方ですね」
「ん?あぁちょいといろいろあっての。こうして事前に確認してるんじゃよ。で、なにをしておるんじゃ」
一体こんなところで実体化してまで何を……と不思議そうに見てくるが、そういうアウラの息も白くなっていた。
「はぁ……なるほど。まぁもう少し待っててくださいよ。すぐにわかりますから、ほら、神様もこちらに」
「そうかの……じゃあ隣に失礼しようかの」
そう言って隣の宙に足を組み、頬づえをついて先ほどの男と同じようにぼんやりと遠くの空を見つめる。
男も何もしゃべらないと思い特に話を振るでもなくただただ待ち続ける。
しばらく無言で、吐息を白く染めながらその時を待つ二人。
空が焼け始める、まもなく日の出だ。
世界が変われど、自分の作った世界であれど神秘的で自分が創造主であることすら忘れるほどの存在感で魅せてくれる、ある一件でたまたま見つけたこの景観は男の新たな楽しみの一つであった。
「……なるほどのう、これを待っておったか」
しみじみと昇り始めた日に照らされてアウラは目を細めながら感慨深そうにしている。
「よくよく考えてみればこれの大元は神様でしたね」
そうである、男がそれを美しいと思うのも、日の出がかのように神々しさを持つのもすべて隣にいるこのアウラのなせる業であった。
「うぬ、まぁ私も感化されてこの美しさを同じ様に用意したんじゃよ。こうしてまた受け継がれたのを見ると色々と思う節があるのう。ハハッ……作ってよかったのう」
「しかし神様、個々がそれを美しいと思うかどうかは個体の感性によると思うのですがそこはどうなんです?」
「ん?私が美しい物として作ればそれは美しくなるし醜い物として作れば醜くなるだけじゃよ?個々で感性が違えどまぁランダム性のなせる業じゃな。いくら多くの生命が美しいと思うようにしても一定数はそうは思わないように作ったからの。皆が皆同じじゃったら気味が悪くてな」
ふむ……と男は日の出を眺めつつ考える。
「では神様はこれを美しい、と?」
「お、気がついたかの。そうじゃよ、中には私の感性と関係なく美しく思わせたものもあるんじゃが……これは私が元より美しいと思っておるぞ」
そう言ってくるりと回るアウラ。
日の出の光が次第に収まってくる、陽の光を受け目を細めざるを得なかったのが普通に見れるようになってきた。
「うむ……さてどう説明したものか」
なにやらウンウンと頷きながら思いを巡らせているらしい。
「なにか用があって来たのではなかったのですか?」
「いや、そうなんじゃが……こんな話の後にはちょいとするのがはばかられるのう……」
アウラのその言葉に男はアウラの方へと顔を向けた。
どうもそのまま流し聞くような話ではなさそうだ、と。
「……なにやらよろしくない話ですか?」
アウラが誤魔化すように自在に宙を飛んでいる、それを追っていると急に太陽を背中に受けるような位置で止まった。
「なに、お主のためにお主を裏切ると言うだけじゃ」
後光を背負うかの者は私を作った創造主だ。