【竜】と言っても
【守護者】は笑みを絶やすことないが糸目からのぞかせるその奥の瞳は獣が獲物を選定する時の物だ。
「なんで【竜】が貴方みたいな娘っ子になるんかえ?知るだけならそのままできるやんけ」
「……知るだけじゃなくて体験したいと思ったからです」
「そうかえ……でもその器はどこでひろってきたんやえ?元の持ち主は……どうしたやぇ?」
目の前にいた【守護者】はサクヤを舐め回すようにじっくりと、また一歩、また一問と周囲を回りながら質問をしてはサクヤの反応を見定めている。
これがサクヤの言っていた「私よりも強い存在」である。
「……私にヒトへの興味を持たせた【ヒューマン】の物です……残念ながらその主は山中で死んでしまいましたよ……」
知らず知らずのうちに冷や汗が出始める。
「それは残念なお話やえなぁ。で、どうしてそれでそんな地位まで得てこの船にくるんやえ?何か考えがあって乗ってきたんやろ?」
「たはは……深く考えられてしまいましたがそれもただの興味です。それに【竜】種と言っても【竜(Ⅲ)】種ですよ私。何事もなくただただ創造主に魂をまとめられただけの種です。何か考えても他のⅠ種やⅡ種に殺されてしまいますよ」
笑って流そうとするサクヤの丁度背後に立った時、【守護者】の足取りが止まった。
彼女の手はサクヤの頭へと伸びる。
「Ⅲ種……そんな呼び方を知っているのは私たちだけのはずなんやけど……なぁ、どこで知った?」
「しくじりましたね……たはは……はは……」
力を持ってるなんていってヒトに擬態したところですぐに魂を四つまとめられた【竜(Ⅱ)】種やそれ以上の【竜(Ⅰ)】種に殺されてしまう、と言いたかったらしいがこれが墓穴となった。
瞬間逃げようとするサクヤだったがすでに【守護者】の手はサクヤをとらえていた。
「逃がすわけないやぇ」
「や、やめ」
「殺さんといてあげるかわりに……ちょいと手荒やけど全部みせてもらうやえ。声あげんといてな?」
「ひっ?!」
その手はサクヤを手繰り寄せ、頭をわしづかみにする。
握りつぶされそうな恐怖にサクヤは悶えるが【守護者】の前では何の意味もなさなかった。
「うあ……う……」
次第にサクヤの四肢は力なく垂れ、 【守護者】に掴まれて持ち上げられている形になる。
「……嘘はついていないんやねぇ。ただちょっと知り過ぎなんやぇ。誰に教えてもらったんかよう見せてな……」
確かにサクヤの身体は借り物なのは事実で、それでヒトに興味を持ったのも事実であった。
しかしこの世界ではまだ【竜】の呼称まで知る住人は当人を含めているはずが無いのに彼女は知っていた。
そしてそれがバレたことを「しまった」と言ったのだ。
その真意を知るべくサクヤの記憶を遡り続ける。
時折呻き声を上げるが 【守護者】も脳までほじくり返して殺すつもりは毛頭無い。
サクヤの記憶の映像にはパラディウムらしき都市が見え始めた。
とあるパラディウムの塔の一室で誰かと話している。
そこであらかたの説明を受けているがそもそも話している此奴はなんだ?少なくとも【守護者】ではない。
其奴はサクヤに常識も理解させ、サイヴァスに行くようにだけ告げた。
「北方のサイヴァスに行きなさい。確実にあなたは迎え入れられる」
ここでサクヤの記憶が飛びとびになり始めた。
大体ここ一月程のはずなのだがそれですら完璧に残っていない、明らかに消されている。
時たま見えることには見えるが恐らくサイヴァスに入る時、入ったあとのものばかりで繋がった映像ではないのも気になる。
「やっぱりパラディウムやなぁ……でも全く訳が分からないんやえ」
水面下で世界の感染源の側のパラディウムは何かのために動いている。
「まぁ、この子の怪しい部分は消しておくんやえ」
サクヤがここに来た目的はハッキリと分からないがパラディウムでの記憶は自分にコピーを取ってサクヤから消しておく。
一通り手筈を済ませ、気を失ったサクヤを甲板に横たえ、そして何事も無かったのようにサクヤをゆすり始めた。
「ほれほれ、起きるんやえ、綺麗な器が汚れてしまうし、風邪をひいてしまうんよ?」
「ん、んん……?っ?!い、いつの間に」
サクヤは目の前の存在に慌てて飛び起きて【守護者】から距離をとって警戒する。
「あら、起きたやえ」
「……誰?」
まだ完全に覚醒してないかと思ったがどうやら本能的に叩き起されたようだ。
既に魔力が彼女の近辺で練られ始めているのが手に取るように分かる。
しかし 【守護者】にはそんな物騒なことを起こすつもりは一切ない。
「可愛い娘っ子が風邪をひかない様に起こしてあげただけやえ。ちゃんと布団で寝るんよ」
そのままサクヤを残して空間に消えていく。
「あっ待て!」
サクヤはあの女性が聞いていた自分よりも強い存在であることだけは身体が把握した。
「んん……何だか軽くなった気がするけど……」
直前までの行動を振り返ってみようとしても微塵も思い出せない。
確かリースさんと話をした……ような気がする。でも甲板じゃ無かったはずだ……いや甲板だったのか?それすら曖昧だ。
「たはは……何で甲板まで出たんだったかな?……寝よ」
アイヴィスは少しの人気と少しの酒と共に夜の山々をゆっくりと抜けていく。