魔族都市 ②
「寄り道は禁止とのことなので残念かもしれませんがくれぐれも足を止めることのなきよう」
それでも急ぎは必要ないらしく先ほどのように魔力に包まれて移動にはならなかった。中央通りと言うだけあってかなり幅がありその路面はブロック間の隙間に線が一線入っているだけで歪みもなくきれいにつくられている。
「それにしても全く人影がないといいますか……」
「姫様がそう言いましたからね。姫様がそう言ったならば必ずそうなりますわ」
その言葉に恐怖すら覚えた。その言葉が意味するところは徹底された忠誠でありどんな末端にですらその姫様の言葉が届き尊守されるということである。しかもおそらくその発令は我々があの外側の門にたどり着いたときだろう。そこから塀内部を通っている間に実行されたということだ。一時間もたっていない間にそこまで徹底された行動があった、もはや国民総軍隊ともいえる統率といっても過言ではない。
異様さはそれだけでなく街並み、一軒一軒の細部をみると全く慌てた様子もなくしっかりと片づけられたように見える。裏通りにいるのかもしれないがすくなくともこちらから住人らしき存在は門番以後一切視界に入らない。
一つ一つだけでなく全体に目をむけてもそうだ。中央通りに面した建物は奥に向かうほどより大きく立派になっているだけでなくなぜか同じ造りが感じられないという異様さがある。家一軒となりは別の国とでもいうような違いでおそらく色から考えるに材質まで異なっているように見える。
「……一体何なんだここは……」
誰からともなくそんな言葉がこぼれる。当然だ、理解を超えた力を持つ者しかいない上に寒気のするほどの忠誠が徹底された街。おとぎ話以上の現実離れしたしたところにはそんな感想がもってこいだ。
「先ほどからさまざまなものに驚いているようですが逆に安心できることもあると思いますわよ?」
「……え?」
「まぁ見てからのお楽しみですね」
声で反応に気が付いたのだろう、こちらを見ることはないが声の調子から何やら思うところがあるような弾みがあった。もうしばらく歩くと左右に建物が消え広場、いやおそらく通りをつなぐ横大路みたいなものだろう、おそらくあと一、二区画歩くと城の正面に出そうな距離だ。
この通りにはなぜか先ほど城下に入る手前に見たのと同じ意匠なのか文字と魔法陣が並んでいる。先ほどまで止まらずと言ったアスタリアがなぜか中央で立ち止まった。
「長い間歩かせましたわね、お疲れ様ですわ」
「ま、まだ城まであると思うのだが……」
「いえ?ここで到着ですよ。えーっと……ここですわね……えいっ」
その光景はっきりと脳裏に焼き付いた。先ほどまでの異様な空間の印象は一瞬で幻想的な空間に変わった。彼女が片足を伸ばして中腰になるとそのままもう一方を軸にしてなぞるように一回転。足の軌跡は筆で描いたかのように光を灯し周囲の文字が集まって道幅と同じ直径の魔法陣を作り出していく。
アスタリア周辺には羽が舞い落ちるような光が煌き、その光は次第に魔法陣全体へと広がると次第に調査隊もその光の中へと入った。
「害はありませんからそのままお待ちくださいませ」
光がさらに強くなる。次第に目を開くのがためらわれるほどになりふいに目をつむると急に落下する浮遊感に襲われる、もう何があっても驚くのも疲れてきてしまった。
「……着きましたわ。怪我は……ありませんわね」
目が開けそうな光量になったころに声をかけられる。目を開くと今度は都市から一転して城の中庭と思しき場所に立っていた。
「姫様は正面入って奥ですわ。このまま一旦控室までお連れしますからそちらでお待ちくださいませ」
そう言ってそのまま中庭を抜け一室へ案内される。この部屋は案外我々の国と造りも環境も同じである意味安心感があった。その際アスタリアから他の【魔族】にバトンタッチがなされていたのだが……
――わずかな間ですがアスタリア様に代わりまして、私がここでは対応いたしますので気兼ねなく申し付けください。
「いや……そうではなくて……その何と言うか……」
指をさす先は一件初老の男性のように見える【魔族】の手で持っているある物だ。
――あぁ、こちらですか。私はこの世界の原理では会話も念話もできませんのでこの様な方法で意思疎通を図らせていただいております。
初老の彼は声を発することも門番のように頭の中に直接声を入れることもしてこない。代わりに彼の胸元には半透明の青白い四角いものが浮かんでいる。そこに読める言語で彼の言葉が表示されているのだ。
「……?ところで我々はどうして城まで歩かされたんです?最後のを見せてもらったがあれなら最初からできるのではないですか?」
――細かいところは伏せさせていただきますがそうですね……皆様が見ていた城はあくまで目印の者でございます。姫様がこちらに呼べばこちら、皆様が見ていた方に呼べばそちらにいけばいいことになっております。
聞けば聞くほどやはり不思議な体制だ。
しばらく彼と会話なりしているうちにいよいよその姫様の方へ通されることになった。