とある乗組員Aの証言
――おはよう、突然だが君はあの時何を見たんだ?
視界もふさがれているし動けない。確か甲板でのんびりと過ごしているうちに寝てしまったような覚えはあるのだが……声からして艦長だろうか?
「……あの時?一体いつのことでしょうか?」
――さすがに唐突過ぎたか、君の記憶にある最後の時の話だ
「えーっと……あぁ。突然隣の奴が光ったんですよ……確かに直前にそいつの声で目をつぶれと言ってたのは覚えているよ」
――あぁ、ちなみにその彼は無事だ。少々魔力切れ気味だったがね、さて本題にも踏み込もう、君をはじめとしてその魔法使い周辺にいた何人かがほかの魔物が黒い魔物……龍と言うらしいな、それ以外の何かが襲い掛かったと聞いた。君もそれを見たか?
声のトーンが一段階下がった。だんだんと違和感が出てくる。一体艦長でないなら誰なんだろう。こんな声の人は艦にはいないし単に口調が硬くなっているだけなんだろうか。
「それは……」
目覚めたばかりの脳を働かせ記憶を叩き起こしてみる。確かにあの時光った隣の奴は魔法使いだったし黒い奴に追われていたのも覚えている。その後……
――……覚えていないか
逆に安心しているように聞こえる。
「い、いえ……黒い何かというより人っぽかったような……アイヴィスから何か出てきたのはかすかに覚えていますがそれが何だったかまでは……」
――そう……はぁ……わかったやえ。ところで君はアイヴィスの守り神を信じるかえ?
口調が一気に変わった。艦長ではないという疑問は確信へと変わる。しかし何かしようにも声が出る程度でいまだ体が動かない。
「っ?!艦長じゃない?侵入者かっ」
――まぁまぁ……悪い方じゃないやぇ。それじゃあなぁ
全身に空気が流れ込んでくる感触がする。もしや声すら出ていなかったのではないか……急に何やらこの世の外と会話したのではないかと悪寒が背中を走った。
◇
「んー……やっぱり見えてたやえ……忘れさせるしかないかもしれなんねぇ」
そう言ってアイヴィスの人も来れないような場所で座っている黒い服に包まれているのは【守護者】である。
事前に魔物をドラゴンに作り替えたという話は届いており、魂三つに加え力を備えてはいるが彼らは知として襲いかかることはないと聞いていた。しかしそれが彼女のいるアイヴィスに襲いかかってきたとなって慌てて手を出したのだ。障壁にも力の一部を流しむりやりダメージを軽減させたがそれがなければどうなっていたことか考えるだけでも恐ろしい。さらに魔法使いの声も形も瞬間的に利用したし魔力も辻褄合わせに借りたが借りられた当人には影響がないようにしたのでまだ眠っているらしいが大丈夫だろう。
「にしても……あれはなんやったんやろうなぁ……叩いたときの感じも変やったし……」
実のところあの龍を潰したいところだったが【守護者】として殺してしまうと上に何を言われるかわからないのでそこまで力を直接振るうことはできなかった。目くらましをしてちょっと頭を揺らすことしかできなかったのが不満と言えば不満だ。あれがこの船を二度と脅かさないなどありえない話である。
そしてあの黒龍は頭を叩いたときやけに感触が軽かった。まるでハリボテ、あるいは風船と言うのがいいだろうか、あの大きさらしからぬ感触のなさであった。
「とりあえずみられてしもうたけぇ、手を貸したことは忘れてもらうやぇなぁ……」
そういって軽く手を空にかざし、人型の何かを見たことは忘れてもらう。実の所接触は禁止されていないが今後を考えるとまだ見られるべきではない。その代わりにほんの少しだけ船を押してやる。
彼らはほんの少し風が強くなったと思うだけだろう。丁度同じころ、少し肌にあたる風が冷たくなってくればいよいよ次の都市だ。
とてつもなく高い山々に囲まれた上で寒冷、乾燥気味で高所なその国では遊牧を主に文化が栄えている。革製品と言えばほとんどがこの国の物だ。そんな国の人々は当然山越えが遠出には必要で飛空艇でも極寒の山を超えるのには視界不良、体温の低下以外にも様々な危険が伴う。幾ら魔法がつかえたとしても危険なことには変わりない。そんな国がアイヴィスの様な移動手段を欲しがらないわけがなかった。彼らがアイヴィスに提供したのは温度、気圧の維持技術関係だ。山越えが常に付きまとう彼らが編み出した術や方法は高高度で活動が主軸となる大型艦には当然不可欠なものであった。
アイヴィスが山越えのために高度を上げるとさすがに寒くなってくるとそのままの恰好で甲板に出ているのは難しい。外に出ていた者もみな中に戻り、見張りもコートを上に羽織って戻ってきた。だんだんと視界も白っぽくなっていく。さすがに灯りなしでは見渡せなくなってくるとアイヴィス周辺に炎が灯される。このまま山を越えて視界が戻ってくればドックは目前だろう。
こう数日迷って全く筆が動かないという