軍属らしからぬ
この船の機関の維持や点検は予想以上に簡素なものだ。魔力が残っているか、ちゃんと接続されているかを確認し、絞りが動くかを念動で確かめ、最後に操作用の魔法を間違えなければいい。
しかしながら乗組員の点検、いや体調管理はそうはいかない。傷が出来たら魔法で治るなんて端的には言われているが魔法に治癒能力があるわけが無く、実際に例を挙げれば止血なんかは無理やり魔法で血管を繋ぐし、腕が吹き飛んだからと言って行うのは要するに【錬成】……なのだが相当な使い手でもなければちゃんとした腕になるわけが無い。となると外科的な面はほぼ魔法でやらなくとも手でやった方が綺麗に出来る。魔法では分からなくとも手で触れるからこそわかる感覚というのは大切だからだ。
さて、では内科の面ではどうなのか。こちらはもう少し魔法的だ。【鑑定】が現れたことで一気に発展し、原因さえわかれば念動によって細菌性の物でなら取り除けるようになった。しかし原因が理解できる、あるいは念動に影響させられる時に限った話で例えて言えば複合的な原因、いわゆる簡単な風邪などは治せない。加えて変異性の物――要するに癌の類も治せない。あくまで出来るのは抽出による取り除き、毒抜きなどだ、【│導者】、【│祭司】をはじめとする医療職の二次三次での差は知識と経験と練度の差によるものでやってること自体は同じなのが現実である。
そんな彼らも緊急時にいることで知識的にも役立つのは変わりない。アイヴィスにも医療班と称して【薬師】らと編成されたチームが乗艦している。そんな彼らの医務室には基本的に簡単な擦り傷、切り傷から時には戦闘による重症者、逆に腹痛まで様々な乗組員が運ばれてくる。医療班の彼らにとっては自分らのところに来ないことが一番ではあると憂いているのだが、一方で本来ならあり得ぬほど多種にわたる経験を積む場としてありがたがっているのも事実であった。
「せ、先生!こいつがまた……」
「はぁ……そこに寝かせておけ!」
ただし彼らも酒酔いなどで運ばれてくる輩だけはうんざりしていた。少なくとも連合軍のなりをしているのに日が沈む前から安全航行に入った途端に飲むのはどうかしている。
「……どうせ飲みすぎなんだろう?」
「えぇ、今度はあの化け物が怖いから酒を飲めば怖くなくなるなんてぬかしやして……」
今運び込まれたのはここの常連、しかも大抵が酒が原因という軍人の中でもよろしくないほうの【ドワーフ】の若者だ。種族的には樽で飲んでもピンピンしてるどころか冴えわたるといわれているはずなのだが彼は若いからか、それとも特殊なのか酒にめっぽう弱い。それでも毎度毎度こうして酒酔いで運ばれてくるのは彼自身を含めて「今度こそは大丈夫【ドワーフ】だから」と毎回挑戦するからだ。いい加減あきらめてほしいものだ。かといって乱雑に扱うことはしない、それとこれは話が違う。
しばらくすると例の青年が酔いから現実へと帰ってくる。
「おえぇ……先生、今回もだめだったぜ」
「いい加減あきらめてほしいんだがね、ほれ純水だ」
こういう時軽々しく水が作れるのも魔法様様といったところだ。不純物を意図的に取り除ける。
「あ、ありがてえ……あー……ガンガンする」
「……で?今度はあの化け物がもう一度現れたら怖いから酒を飲んだって?」
「あっ!あの野郎全部話しやがったな……そうだよ」
適当に注意してから担当部署に返す。一時しつこく説教まがいなことをしたが今更効果がなかったので労力の無駄だ。
「先生、そいつはどっちに」
「ん?それなら彼は調整室のほうに行ったよ。なんでもリースさんとティナさんでいいものがみれたとかいう話があっただのって……」
◇
――機関調整室、こちらも警戒度が下がった途端かなり緩くなっている。
「なぁなぁ聞いたか?また服着ないで寝てるって?」
「主語を言え、主語を……まぁどうせ班長のことだろ?」
話し込んでいるのは機関の調整役でちょうど今は交代になりフリーになった男たちだ。伝声管から聞こえてきた声からどうやらリィナがそのまま寝床に潜っていったときの布擦れの音をどうやらリースが着せてから寝かせたのに勘違いしたらしい。
「そうそう……そうなんだが……どうも艦長が今度は着せてから放り込んだらしいんだよ」
「はぁ……何を考えてるか察しはついたがやめとけ。そんなのは陸に降りた時だけにしとけよ」
「そうじゃないって、いやな……俺はあの艦長と班長が和やかに過ごしているのを拝めればそれでいいんだ。あれは天国だ、天使なんだ」
もう自分の世界に入って昇天している彼を止められる者はいない。むしろ周囲に同じような輩を増やしてしまった。ほぼ宗教みたいな域に達しているから恐ろしい。艦内の秩序が保たれているのは少なくともそういった影響があるのもまた事実なので下手に禁止するわけにもいかない。実際天使だとなにも問題を起こさないでいるのだからそこは自由にさせるべきなのだろう。軍は軍以外には関与すべきではない。
「……お前はあの二人を見ているだけでいいのか?」
「もちろんだとも!むしろ間に男がまぎれたらそいつは消さなきゃならない!」
聞いてる若者は息をあらげて宣言する彼を半ば尊敬まじりにあきれて苦笑いを返す。
――どうして私がこんなことを知っているかって?ちょうど今説教を兼ねて話をしようと部屋の目の前まで来たからだ。医務室から私の名前を叫びながらとんでもない速度でこの部屋に入っていったのをつけてきたらこんなことになっていた。