第6話
「はっ……ぅぐっ!」
学校から帰宅して自宅の玄関の中に入った直後、その場に沙耶はうずくまった。
突然襲ってきた腹部の激しい痛みに、ギュッと目を閉じて、歯を食いしばり両拳を握りしめる。体から脂汗が伝い流れる。
数分後。
徐々に痛みが引いていき、大きく息を吐きながら、ヨロヨロとゆっくり立ち上がる。
最近時々現れるようになったこの腹痛は、日を追うごとに、頻度と痛みの強さが増している感じがする。
通常の腹痛とは明らかに違う痛みに、鈍感な沙耶でもさすがにおかしいと感じる。今のところ自宅で1人でいる時にだけ起こっている。
ポタリ、鼻から1滴の血が落ちた。
「……」
自分の体になにが起きているのだろう……。
* * *
翌日、平日の水曜日。
学校が終わった後、沙耶は自宅近くの病院に行ったが休診。
別の病院に行くがそこも休診。
その少し先にあった病院も休診。
さらに先に進んだ場所の病院も休診。
「いつから病院は平日水曜日が休診になったの?」
思わず愚痴るのも当然。
まるで沙耶を拒むかのような休診三昧。
仕方ない明日出直そうと、トボトボ歩き続けていると、目の前に現れた大きく立派な建物。
星凌大総合病院。
「……」
こんな大きな病院で受付したら、診察まで何時間待たされるか分からない。
しかも只今午後4時。
今から診療なんてしてくれないだろう、そう思いながらも中に入り受付に行くと、笑顔ですぐに問診票を手渡された。書き込んで5分後には診察室に呼ばれる。
凄い……なんだこの回転寿司並みの速さは。
「こんにちは。えーと、初診の方だね」
「はい」
沙耶が診察室に入ると、丸顔で丸眼鏡を掛けた、人当たりの良さそうな医師が、机を前にして丸椅子に座っていた。
患者用の椅子に沙耶が座った後、問診票を見ながら言う。
「あれ、水崎さんはお母さんの名前は遥さん、ってもしかしてリトマに勤めてる?」
「えっ?」
「お母さんは製薬会社リトマの社員でしょ?」
突然寄越されたそんな言葉。
どうしてそれを知ってるんだろうと、沙耶の警戒心が強まる。
脳内で不審者警報が鳴る。
「お母さんの名前、水崎遥さんだよね?」
「個人情報なので教えられません」
「え、だって問診票の保護者名に書いてあるけど?」
「勝手に私の問診票を見ないでください」
「僕……医師なんだけど」
警戒心剥き出しで言う沙耶に、一瞬たじろいだ後、医師は苦笑しながらこう言った。
「僕は君のご両親と同じ大学だったんだよ。2人の事はよく知ってる。君は父親似だね、その話し方は崇そっくりだ」
「……お父さんを、知ってるんですか?」
「知ってるよ。彼は大学一のモテ男だったよ。遥さんは崇にベタ惚れだった」
初めて聞いた両親のそんな話。
沙耶がじっと医師の顔を見ていたら、優しい声音で自己紹介をした。
「僕の名前は久遠淳一。この病院に久遠は2人いるから、僕に用事がある時は『淳一先生』と言うと通じるから」
「11先生?」
「11じゃなくて、淳一。僕は内科・外科両方の治療を行っているんだ。凄いでしょ、そんな医師は滅多に存在しない。院内で僕はブラックジャックと呼ばれてるんだ。あ、ブラックジャックって漫画知ってる? 内科・外科の両方の治療に通じている、神の手を持つ無免許の天才外科医!」
診察とは全く関係のない話を、胸を張りドヤ顔で言い始めた目の前の自称・天才医師に、沙耶は低音で言った。
「11先生、医師免許持ってないんですか? 担当医のチェンジを希望します」
「淳一です。医師免許持ってます。チェンジは受け付けません」
本来の目的である診察を始めたのはそんな会話の後。
沙耶の症状と経過を詳しく訊いて、久遠は聴診器で肺・心臓などの音を聴き、腹部周辺を触診する。
カルテに文字を書き込みながら言う。
「特に問題ないみたいだけど。顔色いいし、血圧・脈拍正常、食欲旺盛、他に何か気になる症状はある?」
「時々、鼻血が出ます」
「ふぅん……今年は猛暑だから、冷たいチョコアイスでも食べ過ぎたかな? 一応、腹部のレントゲンを撮ってみようか。すぐに結果が分かるし、結果が分かれば安心して帰れるでしょ?」
「……はい」
のんびりとした口調での会話。
診察室は始終和みモード。
言われた通り腹部のレントゲン撮影をして、10分後に再び診察室に呼ばれた。
沙耶が患者用の椅子に座った直後、久遠は顔を見ながらすぐこう言った。
「沙耶ちゃん、明日学校を休んで病院に検査に来れないかな?」
「えっ?」
「気になる事があるから別の検査も受けて欲しいんだ。学校休めない?」
学校を休んで検査?
突然のそんな言葉に、馴れ馴れしく沙耶ちゃんと呼ばれた事を気に留める余裕もなく、沙耶は首を横に振った。
「休めません」
「じゃあ、学校が終わってからでいいよ。3時半でいいかな? その時間に検査予約入れておくから、必ず来てね。明日はいくつかの検査を受けてもらうから」
つい先ほどまでとは一変して、凛とした声音がそう言いながら、机の上に置かれたパソコンの患者名・水崎沙耶のページに、遠慮なく次々と検査項目を入力していく。
張り詰めた室内。
久遠の硬い表情が洒落にならない。
翌日、学校が終わってから沙耶は病院で検査を受けた。
検査結果は1週間後に出た。




