第10話
11月19日、駿が海外留学に行く前日夜。
沙耶と最後の食事という事で、今日の夕食は駿が作ると昨日言われた。
それはさておき。
土曜日の今日は学校は休日。
沙耶は明日の手術に備えて、朝から1日ずっと病院で検査をしていた。
駿にはその事を話していない、病気の事は今日まで気付かれていない。
夕方になり沙耶は自宅に帰宅するなり、キッチンに直行、夕食を作っていた駿に声をかける。
「駿、ただいま!」
「おかえり。てか、お前1日どこに行ってたんだ?」
「1人デートしてた。あのね、昨日駿にお守りを作ったの! 持ってくる」
そう言って、ドタドタと派手な音をさせて、沙耶は階段を上って行ったきり。
30分後に料理が完成。
今夜のメニューは2人の大好物のカツカレー。
駿は階下から2階に声をかける。
「沙耶ー、食事できたぞー!」
……返事なし。
時折なにか物音が聞こえる。
階段を上り沙耶の部屋の扉をノックして開けると、床のカーペットの上で、這いつくばりベッドの下を覗き込んでる彼女の姿。
目が合ったから駿は訊いてみた。
「なにやってんだ?」
「私、作ったお守りどこに置いたっけ?」
「……俺が知るかよ」
「あ、あった!」
ベッド脇に脱ぎ捨てたパジャマの下から、小さな青色の物体が現れる。
それを手に取り立ち上がって、駿に手渡した。
「はい、どうぞ」
それは掌サイズのズレた正方形、青色のフェルト生地で紐付きの、表に『お守り』とマジック書きされた、手作り感満載の超不格好お守り。
沙耶に手芸の才能は皆無らしい。
「カナダに行っても、このお守りがきっと絶対に、駿を守ってくれるから!」
4ヶ月間の海外留学先はカナダ。
笑顔でそう言う沙耶の、何本もの指に絆創膏が貼られているのに駿が気付く。
何度も針を指に刺し、慣れないながらも一生懸命作ったのだと、容易に想像できる。
時々そんな健気を見せつけられる。
沙耶らしい……。
手の中の不格好なお守りを見ながら、綺麗な微笑を浮かべ駿は言った。
「サンキュ」
「どういたしまして」
沙耶はにっこり笑顔でそう返事した後で、思い出したように訊いた。
「ねぇ、明日は空港にクラスの皆が見送りに来るの?」
「いや、来ない。海外留学の事は誰にも言ってないから」
「え……えええっ!?」
予想外の爆弾発言に、沙耶は目を見開いて驚く。
そういえば担任から、自分を含めクラスメートにひと言も、駿の海外留学についての話はなかったと今気付く。
「わざわざ言う必要もないだろ、期間はたった4ヶ月だし。面倒だから担任にも言わなくていいって話したんだ。クラスから俺1人消えても、誰も気付かないだろ」
「速攻で気付くと思う……女子は号泣すると思う」
目の前の見目麗しき王子の顔を見ながら、沙耶はそう即答。
月曜日以降の我がクラスの惨状が目に浮かぶ。
沙耶があげた自称・お守りを、ズボンのポケットに入れながら駿が言う。
「母さん、仕事が終わって明日の朝帰宅してから、その足で俺を空港まで車で送ってくれるらしい。明日の朝少し早いけど、お前見送りに来るだろ? 一緒に車に乗ればいい」
「私、行かない」
「は? なんでだよ?」
「泣いちゃうから」
そんな本音が思わず出る。
誤魔化す様にその後で沙耶は笑顔を作るが、うまく笑えたかは疑問。
駿は沙耶の顔をじっと見た後、ゆっくり近づいて、両手で優しく体を抱きしめた。
一瞬キョトンとする沙耶。
それから、自分も相手の大きな背中に両手を回し、いっぱいに抱きしめる。
あったかい……。
他人の温もりを初めて知る。
沙耶は自分以外の体温を知らない。両親に抱きしめられた記憶もない。
「沙耶」
「うん?」
「お前を抱いてもいいか?」
「……いいよ」
出会った頃は8才で子供だった2人は、いつの間にか成長して、大人の男女がするような事ができる年齢になっていた。
神様が寂しがり屋の少女に与えてくれた王子様。唯一無二の王子。
駿の綺麗な顔が近づいて、沙耶に唇を合わせた後、そのまま深いキスをする。
優しく舌を絡め、濃厚な大人のキス……。
この前したキスは触れるだけの軽いキスだった。いつの間にこんなキスを覚えたんだろう、どこで覚えたんだろうと心配する。
駿は自分の服を脱いだ。
初めて見る彼の裸は、程良く筋肉が付いた引き締まった全身。キレイ……。
そして沙耶をゆっくりベッドに押し倒し、服のボタンを外していく。
ギシリ、と鳴るベッドの音がどこか淫靡。
体を重ねるとリアルに伝わるお互いの体温。
熱い吐息。
身体が熱い。
鼓動が乱れて。
声が掠れて。
与えられる体の痛み…………その意味。
このまま時が止まってしまえばいいのに。
きっと2人がそう感じた瞬間。
この夜。
沙耶と駿は初めて…………ひとつになった。




