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第9話 仁義なき焼肉(前編)

 それから何日かはアンバーさんにコーチを頼み、タンザナくんと一緒に走り、ユーディさんの講義をわからないなりに受ける、と言った生活が続いていました。ほかの仕事と言えば、アンバーさんの調理を手伝ったり、コーヒーを配ったりする程度です。右手の部屋はあまりに難解すぎるので、当分は封印することにしました。目に見えやすい作業のほうが、モチベーションも上がります。

 走り込みのフォームについてはタンザナくんが「かっこよくなったじゃん」と言ってくれまして、嬉しい限りです。アンバーさんは申し訳なさそうに「専門家に依頼したほうがいいんだろうけど」とおっしゃっていましたが、ぼくにとっては十分すぎるくらいに「専門的な」指導です。アンバーさんはひょっとして、この手の競技の選手か、そうでなくても関係者だったのでしょうか。

 そんなこんなで数日ばかり過ぎたときの話です。


 ***


 その日もちょっと早めに来たつもりではありましたが、なんと全員そろっていました。

 たいていはジェードさんかタンザナくんが一番乗りで、ぼくの後にいくらか遅れてユーディさん、一番最後にアンバーさん、という流れが定番になっておりました。

 だけれども今日は、全員そろっているのです。あの寝汚いと噂のアンバーさんまで!

 そしてもう一つ驚くべき点は――全員、私服ということでした。

 一応、軍人ですからして、ぼくたちはみんな軍服を着用して日々を送っております(着崩す人もいるにはいますが)。なのに今日は完全なる私服でした。各々の趣味を前面に押し出して、統一感などかけらもない、私服姿なのでした。

 それにぼくがあっけにとられていると、ちょっと煽情的に過ぎる私服を着たユーディさんが前に出てきて、ぼくの肩をぽこっと叩きます。

「今日は外でごはん食べるから、アガートくんも着替えてきてくれる?」

「えっと……はい」

 ぼくはすごすごと、自室に引っ込みました。


 ***


 私服と言っても、おしゃれな服は持っていません。ファッションって、難しくてどうにもとっつきにくいのです。その結果、ぼくのワードローブには無難な服ばかりが窮屈そうに詰まっています。その中から特に無難なものを取り出して、軍服を脱いで、着替えました。

 戻るとユーディさんに「予約してるから、早く!」とせかされて、わけのわからないままに外に出るのでした。


 ***


 連れていかれた先は、繁華街でした。

 同輩にはこのあたりに執心で、非番と言えば通っている方もいましたが、ぼくはあんまり好きになれません。臆病者と謗られそうですが……こういうところは、どうも、怖くって。

 でも、「保護者」の皆さんがいらっしゃるので、さほど恐怖は感じないでいられます。皆さんの派手な服装も、ひょっとしたら因縁をつけられないための「威嚇」なのでしょうか?

「ここだよー」

 ユーディさんに先導されるままたどり着いたのは、焼肉屋さんでした。

 ぼくでも知っているレベルの有名店で……軍人の、御用達です。

 ぼくは震えが来るのを感じました。なぜって、こんなところに入ったら、前の部署のお偉いさんやら同輩やらと顔を合わせるのではないかと思って……怖かったのです。

「なに、震えてるの?」

 首筋にひんやりした感触。ユーディさんの手のひらでした。彼女のあっけらかんとした、笑い声も降ってきます。

「意地悪な知り合いに会うの、怖い? 嫌味な元上司に、会いたくない? ……構うことないよ。鉢合わせしたって、アタシたちがぜったい、助けてあげる。だから安心して、ごはん食べよ。ってゆーか、部隊全体での外出許可もぎ取るの、滅茶苦茶大変だったんだかんね。皆で焼き肉なんて、今後、下手こいたらないかもしれないから……楽しんでいこうね!」

 それだけで、恐怖が散ったと言えば嘘になります。

 ぼくは、依然としてこの場所が、このお店が、怖い。ですが……。

 部隊のみんなと一緒なら、そんなに怖くもないかな。

 そう思い始めている、ぼくがいました。

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